再戦 7
『今更有象無象が増えたところで変わらんぞ!』
ぐっと頭を上に逸らしてからくりから炎を漏らし、短いチャージでブレスを吐いてくる。腐敗の炎が地面を焼き溶かし腐らせながら迫ってくる。
ヨミはそれを横に大きく飛ぶことで回避し、ステラはエマに抱えられて飛ぶことで回避する。
彼女たちが来てしまった以上、これ以上戦いを長引かせることはできない。エマの火力はヨミ同様に時間制限付きで、ステラは元王族で高度な剣術や魔術の訓練を受けているため、人間としてはそこそこ上位に食い込んでいる。
だがステラ本人の強さをこの世界の中で当てはめると結構下の方で、彼女が火力を出せているのは父親であるヴェルトの形見である、アスカロンによるものがほとんどだ。
そのアスカロンはトップクラスの竜特効が付いているため、火力面だけで言えば非常にありがたい。
ゴルドフレイの時のように、止めは彼女に任せた方がいいだろうかと思うが、先ほど『祝福されし聖人の剣』で攻撃してバーンロットはそれをやや慌てて回避していたので、解放したらすぐに敵視が向こうに向くだろう。
もしアスカロンを持っているのがアーネストとかであれば、彼を生贄にしてヨミが火力を一気に出して片を付けることもできたが、ステラなのでそういうわけにも行かない。
「『ミゼラブルダンス』!」
まだ地上に残っている二つの大きな血塊に、更にインベントリから五つ大きな血液パックを取り出して破り、その血液を支配下に置いて魔術を使う。
大量の血の武器を一気に生成し、出し惜しみなく一気に全て使って襲わせる。流石にあの数を全部操ることはできないので、全てAI操作だ。
血の武器の乱舞の檻の中に閉じ込められているバーンロットに向かって走り、縦横無尽に暴れ回る血の武器の間を踊るように潜り抜けていき、大鎌の間合いに持ち込む。
けたたましい硬質なものがぶつかり合う音が鳴り響き続け、血の武器と鱗が砕ける音が時々聞こえる。
バーンロットのHPは二本目があと少しで削り切れるところまで来ており、このチャンスを逃す手はないとヨミもギアをさらに上げる。
ヨミ自身も舞のように大鎌を振るい、攻撃を繰り返し叩きつける。
首を狙いたいが顔面や首は全ての生物に共通している弱点なので、そう簡単に狙わせてはくれない。
「大人しく、お姉様にその首を落とさせろ!」
『ミゼラブルダンス』が終了し隙間ができた瞬間、エマがコウモリの翼を羽ばたかせて上から攻撃を仕掛ける。
漆黒の影大剣を脳天に叩きつけるが、ほんのちょっとHPが削れただけで大したダメージに放っていない。
本来なら顔面は弱点なのに、鱗が硬いせいで弱点なのに弱点じゃなくなっている。
「やっぱり硬いな。ならこれはどうだ?」
すぐに離れるように指示を出そうとすると、ニッと笑みを浮かべてから頭にある影の中に潜って姿を消し、直後に特大の銀光の奔流が斬撃となって襲い掛かった。
特大の竜特効斬撃を食らい、HPをぐっと減らして地面を滑る。
じろりと大きなダメージを入れたステラを睨み付けるが、影から飛び出したエマがまた顔面を思い切り殴りつけ、ヨミと入れ替わりヨミは全放出と月光戦技で付けた傷に大鎌を思い切り叩きつける。
傷に攻撃を入れたのでヨミの攻撃も大きなダメージを入れることができ、三本目も順調に削れて行く。
じわじわ削れて行くのを見て嬉しく感じたが、よく考えなくてもまだ三分の一も減らしていないと気付くと、喜んでいる場合じゃないなと気を引き締める。
まだまだ殴りまくってやると踏み込もうとして、月光ゲージがもうあと一分もないくらいしか残っていなかったので、残りのゲージを全部使いながら、MPを全消費して暗影極大魔術『イクリプスデスサイズ』を発動。
斬赫爪の上にまとうように漆黒の特大の大鎌が現れ、それと相反するような純白の刃が重なる。
全力で地面を蹴ると、エマが察して動いてくれてバーンロットに向かって行く。
バーンロットの注意を引き、左腕に噛み付かれて腕が千切れ放り投げられる。
すぐに起き上がったエマは躊躇わずに嚙み千切られた部分より上を影の大剣で切り落とし、すぐに腕を再生させる。
命のストックがあると言っていたし、吸血鬼の特性として生命力が高く再生能力も高いので大丈夫だと分かっていても、腕が噛み千切られるのは心臓に悪い。
エマを振り払ったバーンロットはヨミの方を睨み付けるが、それを遮るように三度目の銀光の奔流が襲い掛かる。
祝福されし聖人の剣は威力が非常に高い分、消費するMPもかなりのものだ。
ステラのMP量が多くても、ほぼ最大火力を三連発もすればMP切れも近くなる。
無茶をさせてしまったなと感謝を心の中で述べ、ぐんと加速し間合いに入る。
戦技は発動しない。する必要もないくらい威力が高いからだ。
大きく振りかぶった、純白の刃をまとった漆黒の大鎌を体の発条を思い切り使って振るう。
本当は首を狙いたかったが、顔をこちらに向けてきたので狙いを変えて顔の傷を狙う。
傷はプレイヤー側が相手に意図的に作ることのできる弱点。そこへの攻撃は大きなダメージを与えることができ、場合によってはそのままクリティカルまで持っていける。
これで顔を思い切り斬り付けて終わらせてやるとピンポイントに顔の傷に極大魔術と月光戦技の合わせ技を叩き込む。
「いっ……けえええええええええええええええええええええええ!!」
全身の力を使って思い切り力を込め、大鎌が振り抜かれる。
これで大ダメージだと笑みを浮かべると、バーンロットが体を回転させて尻尾で思い切り殴りつけて来た。
自分から進む勢いが奴の攻撃によって加速して、顔面から地面に叩きつけられて自爆に近いような形で命を一つ犠牲にしてしまう。
すぐにストックを消費して立ち上がり、パックをインベントリから出そうとして、やめる。
バーンロットのHPは、三本目は削り切れて四本目も削れ、五本目の二割ほどを削っていた。
かなり大きなダメージを受けておりこのまま手持ちのバフを全部使ったら、ここで倒し切ることができそうだが、ヨミは武装を解除する。
『ふむ……。ここまでやられるとはな。やはり、貴様は我が認める強者だ』
「どーも」
『……一応、聞いておこうか。なぜ、武器をしまった』
「だって、お前もうそれ持たないんだろ?」
ヨミが武装を解除した理由。それは、バーンロット本体の力が入れられている人形に、大きな亀裂が入るのを見たからだ。
亀裂が大きくなるにつれてHPが減っていき、これ以上戦闘をしなくてもいいと判断したため、武器をしまった。
非常にあっけなさすぎる終わり方だが、エマもステラもこれで無事に帰れるのだから良しとする。
『貴様との戦いに興が乗りすぎたようだな。……さて、答え合わせだ。この人形に注いだ我が力、ここで零せば戻ることはない……という答えを期待していただろうが、残念ながらそんな都合のいいようにはいかぬ』
「残念」
『我はむしろ喜ばしいことだがな。貴様ほどの強者とまた次にまみえる時、我は全力全霊で貴様と戦えるのだ。それにだ、残念と言っておきながら貴様も嬉しそうに笑っているぞ』
「おっと、いけない」
ついつい本音が表情に漏れていたようだ。ここにはエマとステラしかいないので大丈夫だが、もし誰かいたら呆れられていたことだろう。
『次はいつ、貴様と戦えるのだろうなぁ。また近いうちに、我本体と戦うことになるやもしれぬなぁ』
「それは困ったなあ。最強の竜王なんかと戦ったら、こっちもただじゃ済まない」
『ただじゃ済まないなら結構だ。我らの目的は、人の世を終わらせ完全なる竜の時代を到来させることだからな。貴様を倒して、その一手を打つとしよう』
ビキビキと音を立てて亀裂が全体に広がっていく。いよいよ限界のようだ。
『吸血鬼。貴様の名は何という』
「ヨミだよ。ただのヨミ」
『ヨミか。覚えておこう。ではヨミ、次の戦いを楽しみにしているぞ』
バーンロットはそれだけを言い残して、人形の体が砕け散ってしまう。
『GREAT ENEMY DEFEATED』
『エリア【赫き腐敗の森】のボス【赫き王の偽りの器:バーンロット】が初めて討伐されました』
『ラストアタックプレイヤー:ヨミ』
『グランドキークエスト:【反逆の旗印:赫の章】をクリアしました。戦への挑戦権を獲得しました』
ウィンドウが表示され、戦いが完全に終了したことを伝える。
あっけない終わり方でやや不完全燃焼だが、もう一度ステラたちを活かしてフリーデンに返すことができるからいいじゃないかと、自分に言い聞かせる。
「もしかして、私たちが来なくてもお姉様一人で倒せていたのではないか?」
「あり得るね」
「そんなことないよ。二人が来てくれたおかげで、楽にはなったから。とはいえ、無茶してまで来たことについては少しお説教が必要かな」
腰に手を当てて、いかにも「ちょっと怒ってます」とアピールする。
ステラは無茶したことに困ったように笑みを浮かべ、エマはなぜかちょっと何かを期待するような眼差しを向けて来た。
時間も時間なのでもう町に戻ろうといい、エマがステラを抱えてコウモリの翼を生やして飛び、ヨミは最初はただ走っていき途中から影の鎖を木々に巻き付けたりして、高速立体機動しながら森をかけていった。
途中で不安になったので移動中にフレンドリストを見てノエルがいないことを確認して安心し、町に着いてそのままギルドハウスに引っ込んでログアウトした。
「詩乃ちゃぁん?」
「ぴぇ」
ログアウトしてヘッドセットを外したら、のえるがいた。
素敵な笑顔なのに圧を感じ怒っているのが分かる。なんでここにと質問しなくても、こっそりログインしていたのがバレたようだ。
「明日も学校なの、分かってるよねぇ?」
「は、はぃ……」
「ログインすることは別に悪いことじゃないよ? 詩乃ちゃんゲーマーだし、私もゲーマーだし。でもね、あまり夜更かししすぎると明日起きるの辛くなるし、お肌も荒れてよくないんだからね? そこんとこ理解してる?」
「は、はい……」
「そういうわけだから、今夜詩乃ちゃん私の抱き枕ね」
「それ、いつもと変わらない……」
「何か言った?」
「いえ、なにもっ」
何かもっとお仕置きとかお叱りを受けるものだとばかり思っていたが、のえるが詩乃の家に泊まる時とやることが変わらないので、ただのえるが抱き着きたいだけなんだなと思った。
少しだけドキドキしながらのえるをベッドに手招きし、横になったら腰に腕を回されて腰から抱き寄せられた。
豊かな柔らかい膨らみに顔を押し付けるような形になり、一気に心拍が上がって顔が熱くなる。やはり何度こうされても、この柔らかさには慣れない。
でものえるからこうして押し付けてくるのだし、中身は男のままなのもあり、のえるには少し申し訳ないが胸の柔らかさと匂いを堪能しながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。




