再戦 6
『やはり、貴様は今まで戦ってきたどの者よりも、強いな。この体とはいえ、ここまで長いこと立っていたのは貴様が初めてだ』
前脚の叩きつけを跳躍し、トリプルアクセルを決めるように回転してふわりと着地する。
舞判定はあるようでゲージはなおもたまり続けており、順調だとさらに調子を上げる。
するとバーンロットの方からヨミのことを称賛してきた。
「そりゃどうも。一応体が大きくなった分攻撃の振りが遅くなって、読みやすくなったからなんだけどね」
『それでも、だ。ここまで腐敗を長く受けても、大した影響を受けないというのも大きいだろう。そうやって舞を続けていられるのも、ある種の余裕の表れなのかもしれないな』
「お前の攻撃くらい、舞をしながらでも避けられるってことだよ」
『クッ、ハハハ! そうか! なら、その舞をする余裕がなくなるほどの密度で、攻撃を仕掛けたらどうなる?』
少し煽りすぎたと後悔するが、後悔先に立たずだ。
さらに調子を上げて全力で頭を回転させる。まだゾーンに入ることはできていないが、とにかく集中して一瞬のミスもしないようにしなければいけない。
バーンロットの体から腐敗の炎が立ち上がる。奴の体そのものが燃えているようにも見え、体の大きさは今まで戦ってきたどのグランド関連より小さいのに、威圧感はどのグランドよりも大きい。
四つの強靭な脚が触れている地面が熱で溶かされ、腐敗で腐る。焼け焦げる臭いと鼻に着く不快な腐敗臭が同時に襲い掛かってきて非常に不愉快だ。
背中の翼を羽ばたかせてついに飛び始める。ドラゴン系のエネミーがこうして飛び始めると、某狩猟ゲームと同じで近接系は攻撃が届かずどうしようもなくなる。
なので左手を伸ばして『ブルータルランサー』を発動させ、血の槍を連続で射出して攻撃する。
血の槍たちがが真っすぐ、飛翔するバーンロットの翼に向かって放たれるが、あっさりと回避されてしまいそこから口から腐敗の炎を僅かに漏らしながら、ヨミに向かって接近してくる。
噛みつきか至近距離によるブレスか。そのどちらかだと見せかけた体当たりや前脚による物理攻撃か。
深く集中して、口から炎を漏らしながら口を開け速度を落とすことなく突進してきたので、噛みつきだと判断して少し適当にやっている舞いから、再びトリプルアクセルに繋げるように跳躍する。
真下をバーンロットが通過していき、その胴体を撫でつけるように斬赫爪で攻撃するが、硬い鱗に傷がいくらか付く程度でまだまだろくなダメージにはならない。
こんなことなら人形態の時から夜空の星剣を取り出して固有戦技を使い、早々にHPを多く削っておくべきだったと反省する。
月下美人のゲージはあともう少しで蓄積が完了する。バーンロットも気付いているだろうし妨害してくるかもしれないが、戦ってて分かったがあれもそこそこ戦闘狂の気があるので、もしかしたら許してくれるかもしれない。
できるなら戦闘狂だから、ゲージ蓄積完了まで範囲攻撃は勘弁してくれと願いながら、地面を抉りながら停止してからまた飛び上がったバーンロットを睨み付ける。
『……ふむ。あともう少しか? 丁度いい。面白い余興を用意してくれるようだからな、待ってやろう』
「そのお心遣い感謝するよ」
ヨミの表情からあともう少しでゲージが溜まることを察してくれたようで、ホバリングしながら待ってくれる。
なんて優しい王様なのだろう。その優しさを見込んで、フリーデン付近から離れてくれやしないだろうか。
まあ無理だろうなと思いつつ最後の仕上げを行い、月下美人のゲージが溜まり切り、舞を止めてリタの真似をしたカーテシーで一礼をする。
「大変お待たせしました、赫の王。お望み通り、かつての焼き直しとさせていただきます。では手始めに……『月下血鬼』!」
月夜状態に移行し、五分間の強力なバフを獲得する。ここで『血濡れの殺人姫』を使ってもいいが、もう既にいくつか命を削ってしまっているので最大時間まで使うことはできない。
なのでこれよりもバフが強力、かつ強力なバフデバフが使える月魔術が使えるようになる月下美人の時に使った方がいい。
月光ゲージがMPバーの下に現れ、それがじわじわと減り始める。
このゲージがなくなった時、月夜状態が解除される。時間経過でなくとも、月光戦技を使うとゲージが消費され、持続時間が短くなる。
消費した量によって威力と攻撃範囲が拡張され、今の状態から一気に全部使うと最大範囲最高火力を叩き出せるが、戦技終了後には月夜状態が即解除される。
せっかく時間をかけて溜めたのに一回で全部使いきってしまうのはあまりにももったいないので、ここぞという時に月光戦技を使う。
大きな翼を羽ばたかせて飛翔するバーンロットに向かって跳躍。足場のない空中で飛ぶことのできないヨミが飛び出したところで、自由に飛べる王相手に圧倒的に不利になる。
しかしバーンロットは油断などしてくれないようだ。遥かな格下、取るに足らない雑魚だと思っていたヨミに、人形態の時に腕を落とされているから。ヨミのことを強者だと認めているから。
だからと言って引くようなことはせず、自ら前に進んでくる。口から腐敗の炎を漏らしながら、その顎を大きく開けて食らい付こうとしてくる。
二メートルほど手前で、衝突しないようにするためと失速したので加速を得るために、血のハンマーを足元に生成し、膝を曲げながら足を着けてタイミングを合わせて振りながら跳躍する。
バーンロットの上を通過していき、体から立ち上る腐敗の炎を受けてダメージを受けるが、スリップダメージ自体そこまで極端に痛いわけではなさそうだ。
ヨミが通り過ぎていきバーンロットが翼を羽ばたかせて急停止しようとしたので、もう一度足元にハンマーを作って同じように打ち出し、『雷禍・大鎌撃』と月光戦技を同時に起動し、大鎌の間合いを大幅に拡張。
グランドウェポンの大火力とそれを補強する月光戦技の合わせ技を、振り向いたバーンロットの顔面に思い切り叩き込む。
流石にここまで火力を重ねたら、弾かれることはなく鱗を斬り裂いて大きなダメージを入れてくれる。それでも全体で見たら微々たるものでしかないが。
影の鎖を伸ばして翼に巻き付け、某アメコミの蜘蛛の能力を持つヒーローのようにスイングして背中に乗ろうと試みるが、巻き付いた鎖を噛み付いて破壊したのでそのままぽーんと放り出される。
また血の武器を作ってそれを足場にしようと考えたが、思ったより地面が近かったのでやめて、影に落ちることで落下ダメージを回避する。
影の中を泳いでバーンロットの背中辺りから出ようと思ったが、そこまでの距離を移動できそうにないので諦めて、仕切り直しだと飛んでいるバーンロットから落ちている影から出る。
バーンロットの顔面の鱗は斬り裂かれて、二本目のHPバーも半分を切っている。
以前バーンロットと戦った時は左腕を落とすので精いっぱいで、しかもその落とした腕はあっという間に再生されたので、ほぼプラマイゼロみたいなものだった。
今回は再生をしてこないので比較的楽な戦いになってはいるものの、再生をしない代わりに鱗が固くなっているのであの時ほどダメージの通りはよくないかもしれない。
だがあの時と決定的に違うのは、格上と戦いすぎたおかげで基礎ステータスがもうすでにカンストしており、そこにさらに筋力値や魔力値を底上げする高レアリティ装備を着ているので、火力が段違いになっていること。
バフ系の魔術も習得しており、他にも色々と攻撃魔術も習得しているので、かなり鱗が固くなっているといってもダメージはそこそこ入れることができるはずだ。
「とはいっても、それでこれくらいしかダメージ入れられてないんだから、結局あいつは本気じゃなくても強いってことなんだろうけどさ」
翼を羽ばたかせてホバリングし、攻撃もせずどこかに移動するわけでもなく、ただそこに留まっているだけのバーンロットを見上げる。
ただそこにいるだけなのに威圧感や存在感がすさまじいが、あれはあくまで本体の力の一部が入れられた、本体のように二つの能力を使うことができる人形だ。
バーンロットが肯定したわけじゃないので不確定だが、今ここであの人形を倒すことができたらもしかしたら、本体の力を少し削ぐことができるかもしれない。
それはともかくとして、さっさと降りて来いと挑発するように左手をくいっとすると、すっと目を細めてから力強く翼を羽ばたかせ、真っすぐ墜落するように地面に降りる。
もうこれ以上歪になったりすることはないかもしれないが、絶対はないので頭の片隅に入れておき、バーンロットに向かって走る。
カウンターをするように噛み付こうとしてきたので、跳躍しながら体に捻りを加えて回転し、三連撃を叩き込む
そのまま首に着地して、翼の方に向かって走ろうとするがなおも体から立ち上がる腐敗の炎でHPがゴリゴリに減らされたので諦め、首を蹴って距離を取りつつ『カーネリアンビースト』を放って追撃をさせないようにする。
地面に着地すると血の獣がバーンロットのブレスによって破壊され、そのまま真っすぐ燃える腐敗のブレスがヨミに襲い掛かってきたので影に潜り、高速移動して足元から飛び出してすれ違いざまに鋭い一閃を入れる。
わずかだが確かな手ごたえを感じ、これなら月下美人状態に移行してバフを獲得し、更に月魔術によるバフと奥の手を併用すれば、鱗をやすやすと破壊して仕留めることができるかもしれない。
わざわざこんな風に地道に削る必要はないのだろうが、逆鱗を狙うにしたってバーンロットが結構動き回るので、場所の特定をしている余裕はない。
ボルトリント、アンボルト、ゴルドニール、ゴルドフレイとの戦闘経験からおおよその場所の予想はしているが、逆鱗の位置というのは個体差があるだろうし、逆鱗は竜に共通している弱点なので警戒されているだろう。
「にょわあ!?」
なにかこいつに大ダメージを入れるものはないだろうかと思っていたら、すぐ近くを光の奔流が通過していった。
その光は銀色で、バーンロットが少し慌てた様子でそれを避けたのを見て、すぐに誰が来たのかを把握する。
「ヨミ! 助けに来ました!」
「ステラ!? なんでここに……というかどうやってここまで!?」
「クロムが耐腐敗の装備をいくつか作ってくれたそうだぞ、お姉様。おかげで、強力な竜特効武器を持つステラをここに連れてくることが、」
「バカ! 相手はバーンロットなんだぞ!? 本体じゃない、本体の力が入れられた人形とはいえ、炎と腐敗の両方を使ってくるような相手なんだぞ!?」
少し得意げに話しているエマの言葉を遮り、ブリッツグライフェンのパーツを取り出して盾を作り、それをステラの前に置く。
NPCは死んだら復活しない。エマは十五回、他の吸血鬼は十回は最大で復活できるが、その最大数を超えてしまえば当然死ぬ。
エマもステラも、今となっては大切な仲間で、大切な友達だ。助けに来てくれるのは嬉しいことだが、こんな場所で失いたくなんてない。
「大丈夫だよ、ヨミ。クロム様がとても強い防御用装備をいくつも作ってくれたから、バーンロット相手でも少しは立ち回れるから」
「でも……」
「安心しろお姉様。私は命のストックを最大数持っているからそんなすぐにはくたばらないし、死んででもステラを守ってやる。だから、お姉様は安心して背中を私たちに任せて、王と思い切り戦ってくるといいさ」
少し前までは竜王に怯えて、家族や故郷を滅ぼされたトラウマで立ち向かうこともできなかった吸血鬼のお姫様に、故郷も家族も全てを滅ぼされてもなお憎悪のみで動き続け、その果てに自らの手で止めを刺すことができた、本人は特別な力を持たない薔薇の姫騎士。
それが今や、本体じゃないとはいえ最強の赫竜王を目の前にしても怯えず、堂々と胸を張って背中を任せろと言っている。
本当は今すぐにでもフリーデンに引き返してほしいが、バーンロットに捕捉されてしまっている以上背を向けて退散することは難しいだろう。
「……絶対に、死なないでよ」
苦渋の決断だが、エマとステラの参戦を許す。
ヨミと共に戦いヨミの役に立てると二人ともぱっと表情を明るくさせてから、真剣なものに切り替えて、エマは『レイヴンウェポン』で漆黒の大剣を作り、ステラはアスカロンを両手でしっかりと持って構える。
「もしかしたらの話だけど、今ここであれを倒したら赫竜王を少しは弱体化できるかもしれない。だから、」
「今ここであれを倒して、あくまでお姉様の希望ではあるがバーンロットの弱体化を狙う」
「こんな形で最強の竜王と戦うことになるとは思わなかったわ。あの時は守られたばかりだったけど、今回は私がヨミのことを守るから」
「頼もしいけど、ほどほどに。ボクらみたいに女神の加護を受けているわけじゃないんだから、本当に、絶対に死なないで」
「分かっているわよ、ヨミ。あなたも、無茶はしないで」
「それは約束しかねるかもね」
ステラのアスカロンを警戒していたバーンロットが、びりびりとお腹に響く低い咆哮を上げたので、気を引き締める。
何度目か分からない仕切り直しをし、残り時間が少なくなってきた月下血鬼をここからは一秒も無駄にしないためにと、エマとステラを後ろに置き去りにして前へと飛び出した。




