再戦 5
鎖を巻き取って移動し地面に着地すると同時に、すぐのその場から飛びのく。
すぐあとに見えない熱の斬撃が通過していき、地面に深々と傷を刻む。
「あんまり自分の領地を破壊しないほうがいいんじゃないの!?」
「ここは我の住処だ。どう扱おうが、貴様の知ったことではなかろう」
「自分の家や部屋は大切にするもんだよ! 『ジェットファランクス』!」
多めにMPを消費して大量の漆黒の槍を横に広く展開し、両端から射出していく。
ジェット機もかくやという速度で槍がバーンロットに飛んでいくが、極大魔術でもブリッツグライフェンの全放出でもないただの魔術なので、一本一本はさほどダメージが期待できない。
だがそれがいくつも当たり続ければ、微々たるダメージも積み重なって大きなダメージとなる。
とはいえそれでもまだ二本目を削り切ることができずにいるので、王は一筋縄じゃ行かないなと長く息を吐く。
「それよりも、普通のゲームだったら時間経過でこういう破壊されたものは修復されるし、FDOもそこは同じだけど……今回はどうなんだろう」
エマが話していたことだが、バーンロットが焼き腐らせた土地は植物が一切育たず生物も住みつけない、永遠に赫く腐った場所になっているという。
もとよりこの森はバーンロットの漏れ出す腐敗の影響か何かで赫く腐っているが、今回の戦いでは漏れ出た腐敗ではなく、本体そのものの力が入れられた人形が本気で炎と腐敗を使った結果の破壊だ。
公式の付けたバーンロットの設定が適応されるのなら、炎と腐敗で破壊された場所は二度と元に戻らないということになる。
流石にそこまではしないだろうと思いたいが、メインコンテンツの難易度をここまで難しくしている運営なので、やりかねないという悪い意味での信頼がある。
「まぁだ変化すんのか……」
その辺はシンカーを含めて色々考えようと意識をバーンロットに向け直すと、また歪になるのを見てうんざりする。
変身とかは男の子のロマンだが、あまり変身しすぎるとうんざりする。
願いを叶える七つの珠を集める伝説的バトル漫画の、やたら上司として見るなら理想的と言われる敵は、絶望感を読者にたっぷりと与えていたので上手く使えばそう感じさせられるが、バーンロットのは少し違う。
絶望感を叩き込んでくる変身ではなく、本体から分けられている力が半ば暴走しているような形での変身、というより変形だ。
「む……これ以上はこの人形が持たぬか。いや、貴様がこの体にここまで傷を入れているからか? どちらでもいい。……この世にも、ここまで我を愉しませてくれる者がいるとはな。それも吸血鬼に」
「あまり吸血鬼にいい思い出がなさそうな感じじゃん」
「奴らは命を保持することが何よりも強み。ゆえに、死んだところでどうとでもなると考えているのが多く、強いには強いが我からすればただの烏合だった。だが貴様は、命を保持できることを活かしつつ、貴様自信が強くあろうとしている。戦い方は、今まで見て来た吸血鬼の中では一番だ。誇っていいぞ」
「はいはいそうですか。お褒め頂きありがとうございます」
こんな怪物に褒められたところで嬉しくもないのだが、向こうはその吸血鬼がここまで戦えることが嬉しくてたまらないようだ。
「以前貴様が使った、全身が赤くなる魔術。それは使わないのか」
「使いたいけど、そう簡単に使うわけにはいかない代物なんでね」
「そうか、残念だ。なら、貴様がそれを使わざるを得ないほど、こちらが追い込んでやるとしよう」
そう言ってバーンロットがますます変化する。なんでまだ変身するんだよとツッコミを入れそうになったが、だんだん人から完全に外れていき眷族よりは小さい、大きさで言うと大人のアフリカゾウより大きい程度の、赫い竜となっていた。
『ここまで姿を変えてしまえば、この人形は二度と人の形には戻れぬ。代わりに、この姿となった以上、今まで以上の強さとなる。さっさとあの血まみれの姿にならねば、食い殺されるか焼き腐らされるぞ?』
楽しそうな声で話すバーンロット。本当に、実に楽しそうだ。
奴がここまでやってくれたのだから、こちらもそれに応えなければ不作法と言うものだが、やはりまだ使うわけにはいかない。
「ボクの奥の手を御所望のようだけど、悪いね。まだあれを使うわけにはいかないんだ」
『そうか。では宣言通り、あれを使わざるを得ない状況にしてやるとしよう!』
そう叫ぶと口を大きく開けて、いきなり炎ブレスを放ってくる。
きっちりとただの炎ではなく、触れたものを焼いて腐らせているので腐敗も混ざっているようだ。
食らえばほぼ即死だし、即死せずとも王の腐敗によってゴリゴリHPを削られてやられるだろう。
ブレスを掻い潜ってトップスピードで接近し、その速度と体の発条と遠心力を使った薙ぎ払いを首に放つが、人形態の時よりも鱗が頑丈になっているようで切っ先がほんの少し鱗に食い込む程度で、さっきまである程度入れることのできていたダメージが入れづらくなった。
その一回の攻撃で、こいつを倒すにはやはり奥の手を使うしかないのだろうなと判断し、夜空の星剣を取り出す。
「『ウェポンアウェイク』───『月の揺り籠』!」
偽物の小さな月を作り出し、バフを獲得する。
MPは残っている吸血バフと、高めまくった自然回復量と速度でどんどん回復していく。
偽物の月を出したことでまずはそれによって筋力にバフを得て、更に満月なので吸血鬼としての能力で再生能力の向上と、身体能力の向上が入る。
そして月光を浴びているので月下血鬼の月光ゲージと星月の耳飾りのゲージも溜めることが可能となり、最強状態になるための準備が始められる。
月光ゲージは月光を浴びるだけで増えていくので、耳飾りの方のゲージを貯めるために、大鎌を踊るように振るう。
バーンロットが前脚を叩きつけ、噛みつき、ブレスを放ってくるがそれらをひらひらと回避し、回転を加えながら大鎌を叩きつける。
バフを獲得して筋力が上がっているため、さっき一撃入れた時よりはダメージが入っているがまだまだ雀の涙程度だ。
「塵も積もれば山となる! ちりつもラッシュだ!」
どんなに硬いものでも、同じ場所にずっと攻撃を入れ続ければいずれは壊れる。
それを狙って、できるだけ同じ場所を狙い続けるヨミ。狙うのはもちろん、クリティカルできる首だ。
月下美人状態になるためのゲージもじわじわ溜まってきているし、このまま舞うように攻撃を続ける。というか続けないといけない。
これは途中で舞を止めてしまうと、最初からやり直しになってしまうのだ。まだ溜まり始めたばかりなのでいいが、あともう少しというところでキャンセルされたらブチ切れて奥の手を衝動的に使ってしまいそうだ。
前脚を薙ぎ払うように攻撃して来て、ヨミはそれを体を仰け反らせながら回避。
この回避の仕方だと、その後舞を続けても舞判定にはなってくれないようで、少し溜まっていたゲージがリセットされてしまう。
なら回避は体の仰け反り以外にしようと決めて、もう一度舞を舞うように大鎌を振るう。
集中力がどんどん増していき、バーンロットの体勢からあり得る行動をいくつも予測を立てて、予測した攻撃全てに対応できる体の動きをイメージしてそれをなぞる。
前脚の薙ぎ払いをギリギリのところで下がって回避し、通り過ぎていく前に大鎌を叩きつけ、戻した前脚で上から叩きつけようとしてきたのでジャンプしながら距離を取り、突進しながらの噛みつきをくるりと身を翻しながら躱す。
どれだけ恐ろしい攻撃でも当たらなければ怖くなんてない。数々の自己バフを重ね掛けし、集中力がノリにノッている今なら、リアルの時間も深夜に差し掛かり吸血鬼としての本領を発揮している今なら、最高のパフォーマンスで戦える。
調子も出てきたのでこのまま舞いを続け、ゲージが溜まり次第奥の手の『血濡れの殺人姫』を同時発動させて、一気に片を付けてやろうと妖しい笑みを王に向けた。




