再戦 2
「うそん……」
どう考えても、あの時のブレスの威力よりも高い。あの時点で喰らえばほぼ即死レベルだったが、今回のは喰らわなくても分かる。
死ぬ。
影から飛び出ると体を作り上げている鱗という鱗の隙間から炎を噴射して、もはや炎の怪物と化したバーンロットがジェット機もかくやという速度で突進してくる。
距離を詰められる前に大きく横に跳んで回避しようとするが、振り上げられている大剣が音の壁を破壊する音を鳴らしながら振り下ろされて、衝撃波に炎を乗せて斬撃を飛ばしてきた。
その攻撃自体は以前見たことがあるので、直撃を受けずにギリギリで回避してHPを少しだけ削る程度に抑えたが、それの回避を行ったせいでバーンロットの剣の間合いに捉えられてしまった。
背中にブリッツグライフェンのパーツを全て出して、それを盾に変形させながら血壊魔術と暗影魔術両方で盾を複数枚生成する。
これで盾戦技を使えばより防げるだろうが、使い慣れていないそれを使っている余裕はない。
「うえぇ!?」
多少威力を弱める程度はできるだろうと思っていたのだが、血と影の盾を紙でも切るようにやすやすと破壊して来て、盾形態ブリッツグライフェンと衝突し、そのまま体が吹っ飛ばされる。
すさまじい速度で吹っ飛ばされ、木に叩きつけられるだけでも大ダメージを受けてしまうので、咄嗟に影の鎖を伸ばすことで軌道を強制的に変更して、どうにか体勢を整えてから木の幹に着地する。
すぐに距離を詰めなければいけないとぱっと顔をあげると、全身から吹き上がっている炎が口に収束していくのが見え、これはヤバいと地面に降りると同時に影にまた落ちる。
直後に、地面に降りる際上に上がった髪の毛先を炎が掠めていき、そこからちりちりと髪を少しずつ焼きながら、一緒に腐敗が昇ってくる。
大急ぎで距離を取って姿が見えない場所に飛び出て、すぐに焼かれた毛先を刀形態のブリッツグライフェンで切り落とす。
ノエルがいたら発狂しそうだが、ゲームの中なので少しすれば髪の毛も元通りになる。
「ヤバすぎる……。炎に触れるだけでも耐性ないボクは危険なのに、更に炎自体に腐敗が乗っかってるのかよ。こりゃ確かに腐敗の炎だな……」
ちらりと身を潜めている木の陰から顔を覗かせると、しっかり捕捉されているようでヨミのいる方を向きながら、また炎を口に収束させている。
舌打ちをして影の中に潜り、素早く移動しながら少しずつ接近する。
「見えているぞ」
できるだけ木が残っている場所を選び姿を隠しながら移動しているが、どれだけ素早く移動しても捕捉されて、少しずつ姿を隠す場所がなくなっていく。
このままだとじり貧なので、ここは少し強気にいった方がいいなと『ブラッディアーマー』と『ブラッドクリエイト』を発動して、まだ使い慣れていない刀から最近使用頻度の多い大鎌に変形させて、バーンロットに接近する。
ぐるん、と回転するように振り返りながらその勢いを使って真垂直の振り下ろしが繰り出されるが、血の盾を作ってそれに角度を少し付けることで直接防ぐのではなく盾の上を滑らせるように受け流す。
受け流された大剣が地面に叩きつけられて、特大の地雷でも爆発したのかと思うほど地面を抉り飛ばしてゾッとするが、姿勢を崩しているのでエネルギーを消費して大鎌の切れ味を上昇させヨミ自身を強化して攻撃速度と威力を上昇させる。
狙うは言うまでもなく首。流石にグランドウェポンだし、直撃すればそこそこダメージが入るだろうと期待したが、刃先が少し食い込んで鱗を傷つけるだけだった。
「嘘だろおい!?」
これはいけないと後ろに下がろうとするが、急に伸ばされた左腕に首を掴まれてしまう。
「っ、っ、っ……!?」
万力のような強さで締め上げられてHPが急速に減っていく。掴まれているところが熱い。
放させようと抵抗するがびくともせず、右手に持つ大剣で腹部を貫かれて、内側から炎と腐敗で焼き腐らされて即死する。
ごみでも捨てるように放り投げられ、地面に背中が着くと同時にストックを消費して復活し、お返しだと全放出の『雷禍・大鎌撃』を叩き込み、HPをいくらか減らして後ろに下がる。
「流石は吸血鬼だな。しぶとい」
「そりゃ、命を奪って自らのものにする種族だからね」
「その雷、琥珀のものか。人に敗れ、人の持つ武器に落ちてもなお、その力は失われていないか。……神より賜りしその力、貴様らが持つようなものではない」
「だから壊すって? 冗談じゃないね、これはボクの相棒なんだ。こんなに使い勝手のいい武器、壊されちゃ困る」
切れたバフを再度かけ直し、一部のパーツを残してブリッツグライフェンをしまい、斬赫爪を取り出す。
耐久値はブリッツグライフェンの方が高いが、攻撃性能は斬赫爪の方がまだ上だ。
腐敗の能力はバーンロットには決して効くことはないので、ここからはこの武器の物理性能に頼るように戦うしかない。
かっこいいしロマンがあるからと大鎌に作り上げてもらったが、正直大鎌より普通の剣にしてもらった方が使いやすい。
もちろん大鎌は突き刺す攻撃の威力や、その重さとリーチの長さを生かした遠心力による一撃の強さがあるが、間合いが長く重い武器だとどうしても振りが遅くなる。
バーンロットの持つ大剣は、武器の特性上こちらも振りが遅いが、本体のスペックがヨミを遥かに凌駕しているので振り出しから普通に音を超えてくる。
ゴルドフレイという怪物のおかげで音速には多少の慣れはあるが、あれと違って音速以上の攻撃がガンガン飛んでくる可能性がある。
斬赫爪に装備を切り替えて残したパーツを斬赫爪と接続させると、両手でしっかりと大剣を持って構え地面を爆発させるような力強さで踏み込んでくる。
ヨミが『ブラッドドッペル』で自分の分身体を二体作り上げ、本体は血の武器を大量生成して一気に襲わせる『ミゼラブルダンス』、分身は『クリムソンドレイク』を使って襲撃する。
バーンロットに血の武器が乱舞を繰り出して甲高い音が響くが、鱗に少し傷をつけるだけで与えるダメージは微々たるものだ。
そこに二つの血の龍が同時に襲い掛かり、バーンロットを後方に押し退けていく。
すかさずヨミがダッシュで飛び出していき、分身体の一つが大きな血のハンマーを作り上げてぐっと横に構えるのを見て、よくできているなと感心して跳躍する。
タイミングよくハンマーの面に足を着け、分身が思い切り振り抜いてヨミが射出される。
「『バニッシュオンスロート』!」
単発、しかし一回で五連ヒットする変わり種戦技をバーンロットの首に叩き込む。
間延びしたような音が響き、一本目のHPを三分の一まで削ることに成功する。やはり人の姿を取っている時は、他の竜王たちと違って耐久力は低くダメージが比較的通りやすいようだ。
それもあくまでこの人形態の時だけの話なのは分かっているので、強者と認めつつも本気を出していない今のうちにここで倒してしまえば、最強をここで排除できる。
と、ここまで自分で考えて違和感を感じる。
戦ってきた竜王は今のところ、この赫竜王を除けば二体。どれも、人の言葉を話すことはしたが、人の姿になることは決してなかった。
シンカーにも竜王は人の姿を取るのかと聞いたことはあるが、残されている文献を読む限りではそういった記述はないという。
もちろん竜王が関わった国はほぼ確実に滅んでいるので、仮に人の姿になっていたのだとしても、その記録が残されていないのも違和感はない。
しかしだ。これまで戦ってきた竜王は、数を一気に殲滅するという意味でも大きな体を活かした広い範囲の攻撃をするため、体の大きさを変えなかったと捉えることもできるが、そもそも人の姿になることすらできないと考えることもできる。
つまりどういうことが言いたいのかというと、
「お前、やっぱり本体じゃないな……!?」
証拠や情報がなさすぎるためあくまでヨミ個人の考察程度にとどまっていたが、人の姿をして小型化、および力の制限が入っているが、最強の竜王にしては九本と少なすぎるHP。
始めたばかりの頃に奥の手を使ってやっとのこと腕を落としたが、初心者でも落とすことができる程度にしかない耐久度。
踏ん張って受け止めることもできないが、竜王の物理攻撃を知っている身としては、最強というにはほど遠い攻撃の重さ。
それらを踏まえて、竜王と戦ったからこそこのような答えに行きついた。
猛攻を辛うじて捌きながら本体じゃないと指摘するとぴくりと反応し、僅かな隙にヨミの攻撃をねじ込んで堅固な鱗の鎧を僅かに剥がす。
バーンロットの攻撃が異常に重いため、エネルギーは瞬く間に満タンまで蓄積され、斬赫爪に接続しているパーツを右足に集めてブーツに変形させながら、固有戦技を発動。
『雷霆・脚撃』で鱗が剥がれた箇所に横蹴りを減り込ませ、そこから更に亀裂を全身に広げさせて蹴り飛ばす。
落雷のような轟音を響かせ、バーンロットは蹴り飛ばされて木を薙ぎ倒し地面を抉り、岩に叩きつけられて停止する。
無理やり作り上げた弱点に最大火力をクリティカルヒットさせたが、ブーツ越しにでもまるで鋼鉄でも蹴ったかのような感触があったし、派手に吹っ飛んでいるので大したダメージにはなっていないだろうと舌打ちする。
ブーツを分解して再び斬赫爪に接続し、影に潜って接近して岩に減り込んでいるバーンロットの首を目がけて、暗影極大魔術『イクリプスデスサイズ』を発動。
漆黒の特大の大鎌が振り下ろされて、動かないバーンロットの首に叩きつけられる。
減り込んでいる岩ごとそのまま振り抜こうとしたが、蹴りを入れた時にも感じた鋼鉄のような硬さに負けて、押し込めずに極大魔術が終了してしまう。
「……ふむ、我が人の姿を取っているというのではなく、我が作り出した人形だといつ気が付いた?」
一本目のHPを削り切り、二本目を二割ほど減らすことができているのでまずはそれで良しとしようと、極大魔術でも仕留めきれず下がりそうになったモチベーションを維持させていると、岩から抜け出したバーンロットが問いかけてくる。
「お前と戦った後、あくまで人の姿を取っているだけで本気じゃないと思っていた。ぶっちゃけついさっきまでそう思ってた」
『人の姿を取っているが、人と戦うのに竜の姿となる必要はなく、また創造主たる竜神たちにしか見せるつもりがないからである。』
初めてバーンロットと戦った時に表示された、ウィンドウに書かれていた言葉。
これを読んで、ほとんどのプレイヤーは竜の姿である本体がそのまま人の姿になっている、と考える。
日本のアニメやゲーム、漫画でもなじみ深い、人間以外の生物の擬人化。要はそれだと、ヨミも思っていた。
どの作品でも、人の姿となったドラゴンは本来の姿と比べると弱体化されている。一部の例外はあるのだろうが、ヨミが知っているものの中ではどれもがそうだ。
だからバーンロットと戦っても、HPが少ないことや初心者状態でも、人の姿をしているからどうにか生還できたのだと思っていた。
だが明確に違うと言えるのは、竜王は自らの『血』と『鱗』を使って眷属を生み出すことができる。
一つの能力につき、生み出せる眷族は一つ。三原色も眷属は一体かと思ったが、それは先日のグランドーンによって否定され、三原色は二体いる可能性が出て来た。
「お前のそれは、眷属を作り出す能力を応用して作った、自分の大幅な劣化版を人の形にしたものだろ。だから炎と、腐敗の両方が使える。今のお前がそんなに歪なのは、竜王の力が強すぎてその器に負荷がかかってそうなっているから。そうだろ」
「見事だ。貴様の言う通り、これは人形だ。だがこの人形には我がいる。ゆえに本体ではないが、我がいるがゆえに本体ともいえる」
「……へぇ。じゃあさ、その人形をぶっ壊したら、その中に入っている分のお前の力は、お前に戻らずどっかに消えるってことでいいのか?」
「どうとでも受け取るといい。我が言えるのはこれだけだ。戦いの合間の語りこれまで。戦いの最中は言葉は不要。さて、続きを始めよう」
本当の意味での本体がより力を送り込んだのか、人形がより歪に変貌する。
もはや竜の人、竜人と言ってもいい程竜の特徴が出てきており、黒く空洞に見えていた目のところには、右目だけが金色の虹彩に縦に鋭い瞳孔の瞳が現れ、顔全体は竜にそれに近くなった。
腕も足も人のものから竜のものと言って方がしっくりくるほどとなり、背中の翼はより大きく禍々しいものとなる。
だが人形自体が王の力に負けているのか、悍ましいくらいに歪で今にでも自壊してしまいそうだ。
勝てるような相手ではないと分かり切っているが、こんな化け物を前にしたヨミの顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。




