再戦 1
エマと二人で赫き腐敗の森に入って三十分。
森の奥まで行くとヤバいのがいるのでそこまで行かないよう、マップを逐一確認しながらうろうろ彷徨い、エネミーを倒していく。
刀戦技は速度、切れ味、攻撃力共に非常に高く、特に竜道に関しては間合いを無視してでの斬撃で、戦技であって固有戦技ではないためMPの消費もない。
ただ、流石にプレイヤーがこれを入手した場合間合い無視の高火力の一般戦技は強すぎるようで、十秒程度のクールタイムが設けられている。
そう思うと、これをノータイムで連射してきた妖鎧武者がいかにバグなのかが分かるが、あれは晴翔流剣術を編み出した張本人だと分かったので創始者補正でもあったのだと思うことにした。
「むぅ……。いくら腐敗の影響を私たちは受けないとはいえ、こうもずっと鼻の奥を刺すような臭いは不愉快になるな。服や髪に匂いも付くし……。何より、お姉様の素晴らしい香りが台無しになってしまう」
「これは一旦戻ったらシャワーかなー」
「ならば一緒に入ろう」
「い、一緒……は、ちょっと遠慮しようかな……」
「もう既に一緒に温泉に入った仲じゃないか。今更恥ずかしがることもないだろう」
シズは妹で何も思わないし、ノエルは頻繁に一緒に入りすぎてある程度慣れて来た。
だがエマとは片手で数えられる程度にしか一緒に入っていないので、ヨミと同じで未成熟なのに妙な艶めかしさのあるあの裸体は、刺激が強すぎる。
ステラに頼んで抑えてもらおうかと思ったが、最近のステラもだんだんエマサイドになりつつあるので、最悪の場合三人で入ることになってしまう。
未成年であるため、大事な部分は絶対に見えないようになっているが、思春期には女の子の肌というのは見えるだけでとてつもない刺激物だ。
どうにかしてエマを諦めさせようと口を回し、また膝枕をするからと言ったら諦めてくれた。
やっぱりみんなこれが好きなのかと、リアルと変わらずむちむちな自分の太ももに触れ、確かにこれだけ太ももが太いと寝心地もいいだろうなと納得することにした。
この間ノエルに膝枕してやったし、甘え方が変な甘え方になっているので、ここは一つ昔みたいに彼女に膝枕をおねだりしてみようかと考える。
「しっかし、毎回ここ来るたびに思うけどさ、腐敗の力がここまで広く広がってるのってすごいよね」
「そうだな。だがこれはあくまで、王から漏れ出た程度のものだと思うぞ。なにせ赫竜王は竜王最強。自分で意識的にこの腐敗の霧を撒いているのであれば、こうして植物が残るはずがない。過去に、赫竜王にやられ植物は決して生えず、湧き出た水は瞬く間に腐り、足を踏み入れた生物が内側から腐り崩れていくのを見たことがある。例え、腐敗に耐性のある吸血鬼でも、奴が自分で放った腐敗に触れれば流石に腐るからな」
「マジで格が段違いじゃないか。あんなのと戦ってよく生き残ったなボク……」
赫竜王の話を知れば知るほど、ますますなんであの時生き残れたのかが分からない。
絶対に本気じゃないとはいえ、相性は最悪中の最悪。この世界で竜神を除けば最大火力の炎が使える相手だ。相性なんて最悪という表現でも足りないくらいだ。
それでいてえげつないくらい高い再生能力を有しており、落とした腕も瞬く間に再生する。
黄竜王は落とされた首を再生できずにいたが、再生させないようにNPC含め二百人で立ち回っていたのが大きいだろう。
あれだけ再生能力が高いと、何かしらのアイテムを使うか特殊なスキルで再生を阻害させるしかないかもしれない。
しかしそんなものなんて存在するのだろうか。あるいは、竜特効というものが再生能力を一時的に著しく落とすものなのではないかと自分なりに考えていると、何かを耳が拾った。
エマも同じで、『レイヴンウェポン』で影の特大剣を作り上げて構え、ヨミも納刀されているブリッツグライフェンの柄に手を添えて、即戦技を使えるように構える。
聞こえてくるのは足音だ。そこそこ重い。
しかし、聞き覚えがある。金属同士が擦れるような、しかし金属とはまた別の、硬いものがぶつかるような、そんな音。
その瞬間、その場から空気が消失したと錯覚するほどの大瀑布のようなプレッシャーに、呼吸が一瞬止まる。
「……エマ、逃げて」
絞り出すように声を出し、エマに指示を出す。
「え? なぜ───」
「いいから逃げて!!!! お前まであれに巻き込むわけにはいかないんだ!!!!」
有無を言わせぬよう怒号を上げ、驚いたように目を丸くしたエマがフレイヤから渡された強制帰還の魔導兵装を起動させて、フリーデンへと転移する。
次々とバフをかけて、血液パックも取り出して一つ飲み干して更にバフを獲得する。
聞こえてきたのは、重い足音とガシャ、ガシャ、という鎧が擦れるような音。
妖鎧武者よりは少し大柄だが、大柄な人間と同じ程度の体躯の、赫い鱗のようなものでできた鎧を身にまとった男が、鱗を寄せ集めて作ったような大剣を持って姿を見せた。
『ENCOUNT GRAND ENEMY【LORD OF RED :BURNROT】』
眼前に表示されたウィンドウは、相も変わらず死刑宣告と同義であった。
「よぉ、久しぶりだな、赫竜王」
「……琥珀の奴の力を感じたから足を運んでみたら、やはりお前か。確かに、久方ぶりだな」
今もなお放たれ続けている、大瀑布のようなプレッシャー。
体の大きさなんて、今まで戦ってきた竜王と比較して全然小さいのに、表示されているHPバーも少ないのに、ただそこにいて大剣を持っているだけで、こいつにはまだ勝てないと本能が叫ぶ。
『血濡れの殺人姫』を最初から使うわけにはいかない。あれを一回でも使ってしまえば、『ソウルサクリファイス』を使うたびに奥の手まで一緒に再起動する。
何より、あの時は運よく一回も死なずにどうにか生還できたが、こいつがもう一度見逃してくれるとは限らない。
「中々、足を運んでくれなかったのでな。暇していたぞ」
「そうかい。それは悪いことをしたね、王様。できればもう少し、暇してくれれば助かるんだけど」
「そうもいかん。それに、貴様は我が認めた強者だ。こうして強者とここで再びまみえ、得物を交えずに帰すわけにはいかない」
「あ、そっすか」
表面上はできるだけ冷静を繕っているが、内面はかなり焦っているしビビっている。
第一、何で森の奥まで行ってないのに遭遇するんだよ! と心の中で声を大にして叫ぶ。
「お前の身にまとっているもの、腰に下げている得物、全て琥珀のものか」
「琥珀……アンボルトのこと?」
「あぁ。奴は我らの中では最弱に等しい。真の最弱は紫だが、琥珀はそれに並ぶほど弱かった。同胞の中でも、見下されるような奴だった。かくいう我も、奴のことは格下としか見ておらん」
「なんかそうらしいね。黄竜王は下から数えたほうが早いくらいだっていうし、そんな奴の装備に身を包んだボクなんか、お前の暇潰しにもならないと、」
「我にとって他の竜王はただの同胞だ。奴らは勝手に我のことを兄だの、蒼のことを姉だのと呼ぶが、我は同胞を兄妹と呼ぶ愚かなことはせん。だが、それでも一応は同じ父と母から生まれた、同じ血を流す同胞だ。貴様ら人間は、家族とやらを殺されたらその仇を取るのだろう?」
猛烈に嫌な予感がする。
話し合いで解決できるような相手じゃないし、エマは既に転移で逃げているので別にここでワンサイドゲームでボコられて逃げるという手もあるが、もしそれをしたらこいつはブチ切れてフリーデンに襲撃しそうだ。
爆発的に増したプレッシャーに危うく押し潰されそうになると、ただの人の形態からメギメギと金属が歪んでひしゃげるような音を鳴らしながら変貌し、体は二メートルを超え背中からは翼を生やし、バーンロットは歪な怪人と化す。
「敵討ちというわけではないが、貴様ら人間や吸血鬼共に倣って、同じ父と母より生まれし同胞の敵討ちとさせてもらおう」
『グランドキークエスト:【反逆の旗印】が更新されました』
『更新されたグランドキークエストは【赫の章】となります』
表示されたウィンドウを見て表情が固まり、やっぱりこれはソロでやるようにできておらず、チームやギルド単位、国家単位で協力を仰いでようやく挑戦するための土俵に数歩近付くレベルの難易度だ。
何をどうトチ狂ったら、こんなクソ難易度のものをメインコンテンツにしてそれにゴーサインを出すのだろうかと、運営の正気を本気で疑う。
色々と気になりすぎることが書かれているし、バーンロットとの二戦目を始めてまさかのキークエストの更新が行われ、まさか赫竜王まで国家防衛のグランドクエストに参加するのかと絶望しそうになる。
「あの時は竜言語だったな。なら今回は、分かりやすく貴様らの言葉で使うとしよう」
「なに───」
「■■───■■■」
全身を覆っている鱗アーマーのようなものの隙間から、強烈な炎が漏れ出てくる。
フルフェイスヘルムっぽい何かが、口と思しき線から大きく開く。
あの時の記憶がフラッシュバックして、悪寒を通り越した寒気を感じて影の中に落ちる。
直後に、影の中にいたからよかったものの、影の中にいてもなお聴力が一時消失して『SOUND LOST』の表示がされるほどの、アンボルトの必殺技である雷王の崩雫以上の大爆音が体中に響き、ヨミがいた場所からその後方数百メートルが炎に飲み込まれ、燃えるでもなくその場から消滅した。




