晴翔流剣術道場
危うく寝坊しそうになりのえるに叩き起こされ、大急ぎで朝食を食べて学校に向かうというアクシデントがあった後、日中ずっと刀戦技のことばかりが頭の中に残っており、勉強に身が入らなかった。
もちろんのえるにそれを見抜かれて軽いお叱りを受けたりもしたが、詩乃がどれだけ刀戦技を楽しみにしているのかをよく知っているので、本当に軽いお小言程度で済んだ。
学校が終わり、速攻で帰宅して本日出された課題を倒した後、夕飯の支度をする時間だったので泣く泣く夕飯の準備に移り、久々に帰宅した両親を含め家族四人で夕食を取った。
すぐにお風呂に入ってリラックスし、焦りすぎるのはよくないなと起きた時からずっと焦り続けていることに気付いて脱力した。
お風呂から上がって歯を磨き、詩乃にとって大分暑い日になってきたのでホットパンツに薄手のシャツとラフな格好に着替えてから部屋に直行し、デバイスとヘッドギアを着けてログインした。
もちろん配信をするつもりなので枠を作っていると、そこにノエルやがってきて、少し遅れてアニマとシズ、最後にシエルとヘカテー、美琴、アーネスト、ゼーレがやって来た。
ジンは仕事が立て込んでてログインできないか遅れると、メッセージが届いた。
「ゼーレ、久しぶりだね」
「おひさ。ゼルの奴がマジでいらんことしてくれたおかげで、ログインできなくて参ったわ」
「何したのさ」
「聞かない方が精神衛生上いいわよ。ギリギリ犯罪者にはならなかったからよかったけど」
それだけでなんとなく何をしようとしたのか分かったので、何も聞かないでおく。
配信の準備も終わったので、そのまま配信をスタート。今までろくに告知をしてきていないが、配信を始めると通知が届くように設定してくれているのか、すぐにリスナーが集まってくれた。
「んで、これから晴翔流剣術道場に行くわけだけど、あそこプレイヤーだと門前払い食らう場所だよ?」
「それは前にも聞いたかな。一応手札はあるから、それを試してみるって感じにはなると思う」
”いよいよ、刀戦技が習得できるかもしれない瞬間に立ち会えるのか……”
”ヨミちゃん未発見の情報の発見率、高すぎる問題”
”RE社社長のご令嬢の美琴ちゃんですら知らない情報を、自力で見つけ出す一般プレイヤー”
”お前のような一般プレイヤーがいてたまるか”
”普通に最強ギルドのマスターが揃ってる”
”フレイヤちゃんは活動拠点のウェスタイアン地方で、ドリルで鉱石掘削してるから来れないね”
フレイヤは何やってんだとコメント欄を見て苦笑する。
美琴に目を向けると、彼女も困ったような顔をしており、通常運転なんだなと呆れる。
「一年以上も習得方法が不明だった刀戦技。もしかしたら、ボクの持っている条件で習得できるかもしれない。あんなド派手でカッコいい戦技、是非とも使ってみたいね」
「カナタさんとサクラさんは来なかったんですね」
「あー……あの二人はちょっと、やることがあってね」
何か含みのあるような言葉の濁し方だったが、あまりプライベートに突っ込むわけにはいかないので、口をつぐむ。
「本当、ヨミといると話題に事欠かないな」
「シエルもなんだかんだで話題に事欠かないサイドの人間だろ」
「お前ほどじゃないさ。それに俺の場合は、お前と姉さんっていう美人の幼馴染と姉がいることが原因で、よくないほうでの注目を浴びてるだけだ」
「ますます親近感がわくな、シエル」
「アーネストもイリヤっていう美人な妹がいるからな。お前の気持ちがよく分かるよ」
ゴールデンウィークの温泉旅行以降、なんだか妙に仲よくなった男子二人。
共通点として美人な姉や妹を持っており、どっちも高身長なイケメン。声もいいためか、女性人気が非常に高い男性プレイヤーでFDO内では有名だ。
男性プレイヤーから嫉妬や羨望の眼差しを向けられることが多く、その苦労を共有できる仲間になったから、妙に親しくなったのだろう。
適当に雑談をしながら歩いていき、途中でゼーレの愚痴を聞かされながら進むこと四十分ほど。
前回の配信を切る前にNPCが教えてくれた通り看板を見つけたのでその案内通りに進み、広い敷地に大きな屋敷があるのを見つける。
大きな門扉は派手さはないのに目が引き寄せられる魅力があり、かけられている看板には達筆な字で『晴翔流剣術道場』と書かれている。
「さてさてさーて、どんな試練が待ち受けているのやら」
「そこのお前たち、何者だ」
早速戸を叩いて自分たちの存在を知らせようとすると、後ろから声をかけられる。
振り向くと腰に刀を差した若い男性が、険しい表情でヨミたちを見ていた。
一目でわかった。この男性は、ものすごく強い。
「えっと、」
「お前たちは女神様の加護を受けた冒険者だろう。お前たちのような超常の存在に、教えられることはないと思うが」
「いや、ちょっと、」
「お引き取りを願おう。従わないのなら、斬る」
物騒すぎんだろこの人!? とぎょっと目を剥く。しかも冗談でも脅しでもなく、本気でやろうとしているのか右手で刀の柄に手を触れている。
「ぼ、ボクは波寄町の澤田治さんから、この道場でお孫さんの澤田透治さんに会いに来たんです!」
プレイヤー同士にはできないが、プレイヤーからNPCであれば発動する調べるコマンドで、今まさに抜刀しようとしているこの男性がこの道場の師範である澤田透治なのが分かった。
なので咄嗟に波寄町の薬草店のおじいさんの治の名前を出したら、ぴくりと反応した。
「爺ちゃんの紹介か? 手紙も何も届いていないが」
「晴翔流剣術について、伺いたいことがありまして」
「興味を持ってくれるのはありがたい。央京都を守ってくださった美琴様も来てくれるほどだ、師範として嬉しい限りだが、女神様の加護を受けた冒険者には我々にはない強さがある。教えられることはないと思うが」
「秘剣『牙竜天征』。これに覚えはありますか」
「……どこでそれを知った」
これが正解だったかと安堵し、インベントリから夢籠りの長刀を取り出して透治に見せる。
すると信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開く。
「なるほど。これは失礼した、諸君らは私の客のようだ。案内しよう」
僅かに見せていた敵意を伏せ、門を開けてくれる。
門の向こうに見えているのは立派な敷地で、きちんと手入れが施されている。
「連れの皆も入るといい。この銀髪のお嬢さんと美琴様の連れだ。悪いやつではないだろうし、何か悪事を働くというのならこの私が斬る」
「これ以上ないくらい安心できる言葉だね」
少し皮肉を込めてゼーレがいい、ヘカテーがあまりそう言うことを言ってはいけないぞと、脇腹に少し強めに手刀を入れていた。
透治に案内されていると、離れた場所にある道場に人がおり、そこから掛け声や木刀がぶつかり合う音が聞こえて来た。
シズの練習を覗きに行った時に聞こえた音と似ており、ちらりとシズを見ると嬉しそうな顔をしていた。
しばらく無言のままあとをついていくと、屋敷の中に入ってそのまま客間に通される。
貴族の子息令嬢も通う場所とのことなので、月謝などで裕福な暮らしができているのか、あるいは剣術の腕で衛兵や冒険者をしていて、その報酬で生活しているのか、客間もお金がかかっているのが分かる。
全員で座布団に座り、対面に透治が座るとやっと口を開いてくれる。
「まず、この刀はどこで手に入れたものだ」
「波寄町の近くにある松の森の中で戦った、妖鎧武者から手に入れました。晴翔流剣術を使う個体で、牙竜天征はその個体が最後に使った技です」
「……そうか。そんなところにいたのか」
軽く説明をすると、透治が深く深く息を吐く。
まるで、ずっと探していたもののありかをやっと知ったかのように、自分で見つけることができずに他の人に見つけてもらい、自分の無力さを呪うかのように。
「牙竜天征は、確かに秘剣だ。ただし、晴翔流剣術の技の中には存在しない」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。かつてこの剣術を極めた者が、最後の最後に完成させた失われた秘剣。書に書き記すでもなく、弟子に継承させるでもなく、技を作り上げた本人が死ぬことで失伝したもの。それが牙竜天征だ」
「晴翔流なのに、正式に残されなかった秘剣」
なんてロマンのあるものなのだろうか。
「この流派は、竜を斬ることを目標として作られた。ゆえに名前に竜の名前が多く入っている。この長刀も、太く頑丈な竜の首を斬り落とすために作られたもの。……ずっとずっと昔に、紛失したとして大騒ぎになったものだと、先代からもよく聞かされたな」
「話の腰を折るようで悪いが、その秘剣の使い手というのは一体誰だったんだ?」
話が長くなりそうだと思ったのか、アーネストが割り込む。
少しくらいいいじゃないかとも思ったが、ここにいる全員は学生だ。あまり話が長くなりすぎて本題に入るのが遅くなったら、また明日起きるのが辛くなってしまう。
「秘剣の使い手は晴翔流剣術開祖、初代師範の一条嶄士郎だ。この流派の開祖にして、歴代最強の剣士だった。最後は、緑竜に挑んで敗れたと聞かされていたがな」
「……あ、だから妖鎧武者」
妖鎧武者と遭遇した際のウィンドウに描かれていたフレーバーを思い出す。
かつては生者だったが志半ばで倒れ、未練のみでこの世に残った不浄なる者。そう書かれていた。
源流は天翔流剣術という不尽御嶽の麓にある剣術道場で、そこから派生したのがこの晴翔流剣術。
晴翔流は竜を斬ることを目的とした剣術で、それゆえに竜の名を多く関しているとついさっき透治が話したばかりだ。
なら、この流派の開祖である嶄士郎が緑竜グリンヘッグに挑みに行ったというのは、納得ができる。
そして志半ばで倒れ、竜を倒したいという強い未練を残し、それを原動力に朽ちた体だけでこの世に留まり続け、目的を忘れて破壊衝動に駆られるがまま行動を続けていた。
「この刀の正しき名は斬竜刀。数百年も前の刀がこうして綺麗な状態で残っていることは不思議でならないが、またこうしてここに戻ってきてくれた。何かの縁だ、当時この刀を打った長命種の職人が鍛冶場を構えているし、これと同じ性能のものを作ってもらうといい」
「え゛」
返してくれるのではないのかと口にする前に、ウィンドウが表示されて【『夢籠りの長刀』が師範澤田透治に譲渡されました】と書かれているのを見て、撃沈する。
せっかく超カッコいい長刀をゲットして、これからもちまちま使って行こうと思っていたのに、あんまりだ。
ヨミが苦労してあの刀を手に入れたことを知っているメンツは、同情の眼差しを向け、ヘカテーがよしよしと頭を撫でてくれた。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな。銀髪のお嬢さん、名前は?」
「……ヨミです」
「ヨミ、か。……最近貴族の間で噂になっているな。可憐だとは聞いていたが、噂以上だ。おっと、話しが逸れそうだったな。ヨミ、初代様の成れの果てである妖鎧武者を倒した実力者である君と、一つ手合わせをさせてほしい。その実力に間違いがなければ、君に晴翔流剣術を授けよう」
『バトルアーツリリースクエスト:【竜斬りを夢見た侍たち】が発生しました』
ウィンドウが表示され、それを見てテンションが一気に跳ね上がった。
何しろバトルアーツリリースクエストとあり、名前通りなら戦技の解放が行われるクエストということだ。
これでやっと刀戦技だと思った瞬間、追加で表示されたウィンドウを見て全員びしりと固まった。
二つ目のウィンドウには、こう書かれていた。
『グランドキークエスト:【反逆の旗印】が発生しました』




