本来の目的
学校も終わり放課後。
のえると空と一緒にちょっとだけ寄り道して、クレープを買い食いしてから帰宅。
相変わらず課題が出たので帰宅後すぐに机に向かって速攻で終わらせ、終わらせた頃には夕飯の支度をする時間になっていた。
詩月は今日は剣道部の部活動の日なので帰りは遅く、夕飯の準備が終わって一人でもそもそ食べている時に帰って来た。
汗をかいたからとまずはシャワーを浴びに行き、ラフな部屋着に着替えてからダイニングに戻ってきて、姉妹水入らずな夕飯を楽しんだ。
「お父さんもお母さんも今日帰り遅いね」
「帰ってる途中で長引くって連絡あったよ」
「あらら、残念。お姉ちゃんの美味しい手料理が、一番美味しい時に食べられないって今頃嘆いてるかもね」
「あの人の舌には絶対に変なフィルター付いてるよ」
切り分けた鶏もも肉の照り焼きを一切れ齧り、美味しくできたと改めて満足気に頷く。
「今日もこの後ログインするの?」
「そうだね。また配信でもしながら、マッピングしながら央京都を目指す感じだね」
「昨日のアニマちゃんとは会わないの?」
「連絡はするよ。でも昨日のこともあるし会えるかどうかは分からないかな」
輝かしい実績を持つ詩乃でも、グランドーンとはまともに戦えなかった。
ソロじゃないためめちゃくちゃに動き回るということもできず、場所が場所だから派手な攻撃をすることもできない。
それなのに相手はあの最奥の間が崩壊することもいとわずに苛烈な攻撃を仕掛けてきて、詩乃の心理的なこともあって防戦一方になってしまった。
負けるための防戦をしたおかげで情報こそ集まったが、アニマからすればグランドすら倒したことのある詩乃が負けたということが中々信じられなかっただろう。
なんだか悪いことをしてしまったし、今日ログインして会えたら謝っておかないといけない。
「ヒノイズルの央京都かー。ねね、私も一緒についてっていい?」
「どうせいい生地があるかもしれないから、でしょ」
「いぐざくとりー」
「ボクはいいけど、お前はそれでいいの? 中間考査、もう少ししたらあるんだよ?」
「それについては問題なし」
「あとお前受験生だろいいのかそれで」
「それも問題なし。色んな過去問やりまくって合格点を常に出し続けてるから、これを維持すればお姉ちゃんと同じ高校行ける」
「なんだかんだで優秀なんだよなあ」
詩乃も勉強は日々怠らずにやっているので、中間考査も上位の方に食い込むことはできるだろう。
毎日ゲームをしているがちゃんと予習復習は欠かしていないし、授業にも付いていけてるし、今日の休み明けテストも手応えがあった。
英語も数学も、ケアレスミスさえなければ満点か九十点台は硬いだろう。
「シズの学校でも、休み明けテストあったよな」
「あったよー。全然余裕でした、ぶい」
やはりうちの妹は優秀だとふっと微笑みを浮かべる。
二年生最後の成績表も、十段階評価中全部十だったし、別にそこまで心配する必要もないなと安心する。
「じゃあ今日はシズがついてくるってことでいいんだな?」
「もち。でもどうせのえるお姉ちゃんも来ると思うよ? のえるお姉ちゃんたちの夕飯の時間ってうちよりちょっと早めだし、あっちはおばさんが専業主婦だからその分あの双子は自分の勉強に時間を割けるし」
「そこは羨ましいんだよなー。急いで課題を終わらせる必要もないっていうところが羨ましい」
「そう言いながらのえるお姉ちゃんたちよりもいい成績叩き出してんだけどね、うちのお姉ちゃんは」
自分で家事をやるようになると、時間配分などが上手くなる。
どのようにスケジュールを立てればいいのかが分かるようになるので、削れる部分は削って時間を確保することもでき、それで得た時間を勉強にあてがうこともできる。
詩月も似たような理由で、部活動に青春を楽しむ代わりに自分の一日をちゃんとスケジュール立てて行動していて、時間をちゃんと確保しており、その確保した時間で勉強をしている。
その勉強している姿というのを見せることがないので、周りからすれば遊んでいたり部活をしているだけなのに、いきなり好成績を叩き出す才女に見えているわけなのだが。
「中間かー。勉強は好きだけどテストは苦手ー」
「ボクはそうでもないよ。学んできたことをそれだけ身に着けているかを証明できる時間だし」
「それを言えるのは一部の優等生だけですー」
「そりゃ、ボクは優等生で通ってますから」
もう何度もしてきたやり取りをして、少し無言になってからお互いにくすっと笑う。
兄妹から姉妹になってから、息子から娘になってから会話がうんと増えて、ただでさえ近かった家族との距離がもっと近づいた。
両親の親バカが超加速してちょっとウザいところもあるが、それは愛情表現の一つだし、性別が変わっても、何なら純粋な人間じゃなくなっても娘として愛してくれているんだなと強く感じる。
こんな幸せな家庭に生まれることができてよかったと、しみじみと思った。
♢
「シズの言う通りだったな」
「え、なにが?」
姉妹で一緒にお風呂に入り、洗いっこしたりして入浴を済ませた後、歯を磨いて自室に戻りFDOにログインした。
ベッドから起き上がってフレンドリストを開くが、昨日登録したばかりのアニマの名前は半透明になっており、まだログインしていなかった。
すると、昨日のうちにヨミが解放したワープポイントを使ってきたのか、ノエルが宿の前でスタンバイしていた。
とりあえず開幕捕獲されないようにとちょっと距離を取った。
「ヨミちゃん、アニマちゃんはどう?」
「まだインしてないみたいだね。ログインするのが遅くなっているだけであってほしいけどね」
とはいえ、あれほどの一方的な戦いだったのだ。ヨミはもう慣れたが、アニマはまだ中学一年生に上がったばかりという。
メンタル的にもまだ不安定なところはあるだろうし、あんなのがきっかけで引退しなければいいがと、少し心配してしまう。
「よし、じゃあまずは本来の目的に戻ろう」
「央京都だよね。昨日はてっきりヨミちゃんが進めてるものだとばかり思ってたから、陽之原村から進んでないって知ってちょっとびっくりしちゃった」
「本当はあの遺跡の近くにも村があったっぽいから、そこのワープポイントを開放しておけばよかったんだけどね」
すっかり失念していた。場所は覚えているし、昨日ログアウトする前にピンを刺して登録しておいたので、また行こうと思えば行けるのだが。
しかし元々の目的は遺跡の探索などではなく、刀戦技を習得するために必要な剣術書の解読条件を知るために、晴翔流剣術道場がある央京都に向かうことだ。
波寄町から歩いて二日程度だと言っていたし、ここから二人で少し全力で走っていけば、日付が変わる前までには辿り着くだろう。道を間違わなければ。
「そうと決まれば、しゅっぱーつ!」
「あ、ちょっと待って。シズも、」
「待ってえええええええええええええええええ!!」
「忍法、身代わりの術!」
「むぎゃ!?」
ずっと開きっぱなしになっているフレンドリストにあるシズの名前が明るくなっており、もう既にここにいることはなんとなく分かっていたので警戒していたら、案の定出発するタイミングで飛び出してきた。
なので来ると分かっていたためノエルを引っ張り寄せて身代わりにして、シズはノエルに体当たりして、体当たりされたノエルが奇妙な声を上げて地面に倒れた。
「ちっ、しくじったか……」
「お前の性格考えれば絶対に来るって分かってたからな」
「次こそはっ」
「何を目標にしてんだ」
「と、とりあえずそろそろ私の上から降りてぇ……」
シズの下敷きになっていたノエルが抗議の声を上げ、やっとシズが上から降りる。
そしてすぐに抱き着かれてわしゃわしゃされていた。
てっきり身代わりにしたヨミに向かってくるのかと思ったが、実行犯のシズの方に行ってくれて助かった。
「明日、覚悟してね」
「待って何をする気!?」
「明日、ヨミちゃんのことを目いっぱい可愛くしてあげる。学校中の男子が振り返るくらい」
「これ以上目立たせないでぇ!?」
ただでさえ高嶺の花みたいな扱いを受けつつあるのに、これ以上可愛くされたらたまったものじゃない。
告白をずっと断り続けているからか、やっと少し落ち着いてきたところだったのに、また男子たちに火がついたらと思うと嫌だ。
頼むからノエルがしようとしていることを止めてくれと懇願したが、これ以上食い下がるならもっと可愛くすると言われたので、大人しく罰を受けることになった。




