土石竜対策会議
「ヨミちゃぁん」
「ぴぃっ」
昼休みになったので美月も誘ってのえると一緒に中庭でお弁当を食べようと歩いていたら、美琴に声をかけられた。
いつもの綺麗な声なのに、どことなく冷たさを感じてびくりと震える。
理由は言わなくとも分かっている。昨日の件だろう。
きちんと説明しようと振り向いたら、気付いたら目の前に巨峰が接近しており、咄嗟に後ろに下がって逃げようとしたが足の長さなどで間に合わず、しっかり捕獲されて極上の柔らかさといい匂いのする巨峰に顔を埋めてしまった。
どうしてのえるを含め、可愛いもの好きなグラマラスなお姉さん方は、自分をこうして捕獲するのが好きなのだろうかと、じたばたともがき逃げようとしながら心の中で叫んだ。
解放された後、美琴と彼女の後ろにいた美桜と華奈樹も交えて、六人でお昼を食べることになり、そこできちんと美琴に説明をした。
「つまり、そのアニマちゃんについて行ったら、グランリーフ関連の情報が埋まってる遺跡だったと」
「はい。多分ですけど、アーカーシャはここ把握してますよ。情報の精度がよくないから公表していないだけで」
あの考察ガチ勢がここを知らないはずがない。この世界のメインストーリーでもあるグランドエネミーの情報は、意外と変なところに転がっていることもあり、あの考察ギルドはそれを徹底的に調べ上げている。
バーンロットやロットヴルムのように、あの場所に行かない限り遭遇することはできないエネミーはともかく、ランダムエンカのゴルドフレイとゴルドニール、名前だけしか分かっていなかったアンボルトと、シエルが討伐したことで名前が明らかになり、自力で辛うじて遺跡を見つけそこを守護していたボルトリント。
配信を行っているため戦い方や行動パターンなどがある程度知られている、緑竜王グランリーフと蒼竜王ウォータイス。
他の紫竜王や灰竜王はどうかは知らないが、名前は確実に知っているはずだ。
「しっかし驚いたよ。グランリーフの眷属が二体いるなんてさ」
「でも考えてみると、妥当なんですよね。四色は能力が一つ、だから眷族も同時に一体しか作れない。しかし三原色は能力が二つ。それぞれの属性の眷属が作れる。当たり前のことなのに、気付きませんでした」
「その理屈だと、最強の竜王の眷属がもう一体いることになるけど。ただでさえ腐敗のほうの赫竜が化け物みたいに強いのに、同等の炎の赫竜がいるってことでしょ?」
「ボクの大天敵じゃないっすか……」
炎耐性マイナス値最大のヨミ。通常のプレイヤーの倍以上炎攻撃のダメージが通り、それがグランド関連の強力なエネミーからのものなら、基本即死だろう。
しかもこれであくまで眷属。竜王となったらどんな規模と威力のものなのか、想像も付かない。
爆撃みたいなブレスを撃ってくること、一部に強烈な熱をまとわせる攻撃をしてくることは、初日に経験済みだ。
あれは本気じゃないので、あの倍以上のものだと仮定して、げんなりする。
「アーネストくんも朝からメッセージがうるさかったよ。もしかしたら俺たちがグランドに勝てずに、最後は必ず本気形態で負けるのは挑戦権が完全ではないからなんじゃないかって」
「挑戦権ってもの自体が結構曖昧なんですよね。眷属を倒したら手に入れることができる、報酬を全部受け取れるものって認識ですけど」
「ゴルドフレイを見る感じそうかもね。私も昨日、やっぱり報酬が欲しくなってマーリンさんのところに行って、性能のいいアクセサリー貰ったし」
「でもそれだと、眷属を倒せずにそのままあれに参加した人以外の人は、報酬を全部受け取れないっていう不公平が発生するんですよね」
「何なら、別に挑戦権なしでも戦えるんでしょ? 詩乃ちゃん初日に赫竜王と戦ってるわけだし」
「私も、グランリーフとの最初の戦いは、眷属討伐なしでフィールド内に足を踏み入れちゃっていきなりだったから、極論別になくても平気なのよね」
ではこの挑戦権とは何なのだろうか、と全員で頭を捻って考えてみるが、答えは出てこなかった。
「グランドとかあたしには無縁すぎる話過ぎて、話しに入れないんだけど」
唯一、ただの商人としてFDOを堪能している美月が、ちょっといづらそうに口を開く。
「美月ちゃんごめんねー? 今日お店でたくさん買い物するからさ」
「ちょ、一々くっつかないでよ。……ただでさえのえるとの差を視覚的に感じてるのに、直接感覚に訴えかけてこないで」
居心地の悪そうな美月にぎゅーっと抱き着くのえる。
人懐っこくスキンシップがちょっと激し目なのえるらしい、相手の宥め方だ。
「で、目下の問題はあれをどうやって倒すかよね」
「あの最奥の間も結構広いですけど、ゴルドフレイやロットヴルムとの戦いのことを考えると、比較すると狭く感じてしまいますね」
「そして周りは洞窟のようになっていて、相手は土を操る。こっちは生き埋めになるリスクがあって、相手はその心配はない。圧倒的にこっちが不利だね」
「攻略するとしたら、グランドーンに土操作をさせずにとにかく攻撃を続けるとか、そんな脳筋プレイになりますけど……」
竜王の眷属の力はその程度で抑え込めないことくらい、グランドと戦ったことのない美月以外全員知っている。
「これも攻略法をきちんと探さないとダメな感じかもですね」
「今回が初の発見で未討伐。強さも初期値のままで、赫竜ソロ討伐の経験がある詩乃ちゃんでも、時間稼ぎしかできなかった。そう考えると、あちこち探しまわって攻略法を見つけ出すしかないのかも」
「ロットヴルム初討伐に関しては、本当に運が強かっただけなんですけどね」
運がいい程度で倒せるような怪物ではなかったが、あの時の詩乃の強さを考えると本当に運の要素も強かった。
ひとまずは、グランドーンの討伐は当分は見送り。最優先はあれの討伐方法の模索だ。
詩乃はシンカーと連絡が取れる状態なので、情報料として使わずに余りまくってるグランドの素材を渡して、何か聞き出せないか試してみる。
美琴たちは央京都にいる衛兵や、帝直属の近衛兵、国軍などに話を聞いて回るそうだ。
「そう言えば、波寄町の人が美琴さんのことを様付けで呼んでたんですけど」
あの時は適当に流していたが、NPCがプレイヤーに対してそういった敬意の込めた呼び方をするのはよほどのことだ。
詩乃はグランド初の討伐者ということで、マーリンの娘のリリアーナからは、彼女が王族でそういう口調で過ごすことが当たり前だからだろうが、様付けで呼ばれている。
美琴は種族は魔神族という魔族の中でも特にレアな種族で、魔族系最上位の種族。名前に神が入っているし、それが理由なのではないかと思って聞いてみたのだが、なんかものすごく微妙な顔をされる。
「え、何ですかその顔」
「いやー……、私の様呼びはねー……」
「美琴が討伐した緑竜グリンヘッグ、最初どこにいたと思う?」
言い渋る美琴をよそに、美桜が詩乃に聞いてくる。
「うーん……ロットヴルムはバーンロットがいる森の近く。ボルトリントはアンボルトが住む琥珀の谷から結構離れてたし……待って」
なんでわざわざそんな質問をしたのか。すぐに思いいたる。
「緑竜王の眷属グリンヘッグは、央京都の近くまで侵攻していたの。この時点で美琴はこの国の帝と色々あって仲良くなっちゃってて、友達を見捨てることなんてできないって、撃退しに向かったの。それがショートストーリークエスト【民を愛する帝の心】とグランドキークエスト【緑の王への挑戦権】のクリア条件だったの」
「なんかとんでもない発生の仕方ですね?」
「あの国の皇室って、昔から緑竜王と深い因縁がありますからね。あの時緑竜が攻めてきたのも、百年に一度の侵攻の時で、防衛に失敗していたら遷都することになっていたそうです」
「最初は美琴一人で、遅れて私と華奈樹が合流して、三人でどうにかして連携して少しずつ削ってたら、央京都の兵士が全員出てきて総出でやっと討伐できたのよね」
想像以上のビッグイベントになっていたようだ。
しかもNPCも参加するタイプのクエストとして発生していたようで、一回目の眷属はソロ、二回目は四人、三回目は五人、四回目は比較的マシで十数人ほどだったが、強敵相手に挑むには少なすぎる数だった。
なので、一回目でNPC込みとはいえ大人数でレイドをクリアした美琴が、少し羨ましい。
しかし、それだけならどうしてそんなにも言い淀んでいるのだろうか。
別に何も変なところはないのだし、そんな反応をする理由が分からない。
「緑竜を討伐した後、美琴は皇室に伝わる三種の神器とは別に作られた、雷神から帝に与えられた神器っていう設定の『雷薙』を報酬として受け取ったの。今でも相棒として使いまくってるの知ってるから性能とかは言わないね。で、まあ美琴ってゲームの姿がまんまでしょ? 帝に惚れられちゃって、あの日以降何度も求婚されてんのよね」
「わお」
NPCがプレイヤーに好意を抱く。詩乃もエマからちょっと危ない方向での好意を向けられているのでそこには驚きはしなかったが、美琴に好意を抱いたNPCのFDO内での地位の高さに驚いた。
そして納得した。あわや遷都することになるかもしれなかった強敵を討伐し、かつ帝に気に入られて何度も求婚される。
AIっぽさを感じず人間にしか思えないこの世界のNPCたちは、リアルの人間と同様に噂を広げていき、それが波寄町まで届いたのだろう。
あとは、美琴自身があの町でその噂が広がった後に、あの町を助けるようなことをして様付けが定着したのだろう。
「この世界じゃ、眷属を倒すだけでも救国の英雄みたいな立ち位置になるからね。それが三原色のものとなればなおさらよ」
「じゃあボクって、あの世界じゃすごいことになってるんですね」
「ヨミちゃんの名前、こっちの貴族にまで届いてるよ。可愛い女の子ってことも知られてるから、ヒノイズルにいるって知られたら貴族たちがこぞって囲おうとしてくるかもね」
「ボクのこと道連れにしようとしてません?」
なんだか仲間を見つけた、みたいな顔をしているようにも見えたので、ちょっとだけ距離を取ろうとしたがすぐ隣にのえるがいたため、離れることができなかった。
「……自分で言うのは嫌ですけど、リアルと同じでこんな小柄で胸が小さい女の子を娶りたいって人いるんですかね」
「確かにそこで多少は弾けるだろうけど、それ以上に美少女ちゃんだから結構いると思うよ」
「……でもボク吸血鬼です」
「それを言うなら、帝に求婚されてる私は魔神族よ」
もう何も言い返せない。
「ダメですよー。詩乃ちゃん、もといヨミちゃんは男なんかには渡しませんー」
「のえる、それはすさまじい誤解を招く発言」
「今更でしょ」
「美月なんか言った?」
「うんにゃ、何も」
「そう言えば、この間伯爵家の人に誘われてお茶したんですけど、その時にヨミさんの名前が挙がってましたよ。その人の息子がヨミさんと同じくらいだから、ぜひ結婚させたいって」
お弁当を食べ終えた華奈樹が、自分の水筒の蓋を湯呑にしてお茶を一口飲んだ後に、そう口を開いた。
「絶対にその伯爵家の人にボクのことを紹介しないでください」
「でも詩乃ちゃん、今央京都に向かってる途中じゃなかった?」
「そうなの?」
「えぇ、まあ。ボクが妖鎧武者のレア個体と戦ったのは知ってますよね? そいつの使ってた剣技、あいつだけのものじゃなくてちゃんと流派としてあるみたいでして。その道場が央京都にあるんです」
「あー、央京都の道場って言ったらあそこかな。前にもしかしたら入門したら刀戦技が使えるかもって門を叩いたけど、普通に門前払いされてダメだったのよね」
何か必要なものがあるのかもしれないと首をかしげていた美琴を見て、それならあの夢籠りの長刀だろうなと詩乃は一人で結論付ける。
あとは波寄町の薬草専門店の店長の名前を出せば、あるいは中に入ることができるのかもしれない。
「もし道場の中に入ることができたら教えてくれるかしら。紹介程度でそんな簡単に入れるとは思わないけどね」
「やれるだけやってみます。流石にずっと門を閉ざしたままってわけじゃないでしょうし、何かしらのクエストを発生させてクリアすれば、門を開くかもしれませんし」
それで多くのプレイヤーも刀戦技が習得できればそれだけやりごたえが増えるし、万々歳だ。
それまでに一足先に刀戦技を習得して使いこなせるように鍛錬しておかないとなと、最後の一つのタコウィンナーを口の中に放り込んで咀嚼した。




