休み明けの憂鬱
ゴールデンウィークが明け、再び学校生活が始まった。
休みが終わり、友達と学校で会えると喜ぶ生徒、憂鬱になっている様子の生徒、課題をギリギリで終わらせたのか寝不足そうな生徒と多種多様だ。
そしてのえると空と一緒に登校している詩乃はというと、少し気分が沈んでいる。
課題は温泉旅行に行く前までに速攻で全部終わらせたし、やり残したこともないので大丈夫だ。
ではなぜ気分が沈んでいるのか。それは昨日の夜のことだ。
「まさか、あんなのと戦うことになるなんてね」
「なんでこんな簡単なことを思いつかなかったんだろう……」
美琴から聞かされていたグランリーフの眷属、グリンヘッグとは別の緑竜王の眷属、土石竜グランドーン。
三原色の眷属なだけあって非常に強く、ストックしてある命を全部使っても本当に四分間の足止めにしかならなかった。
単純な強さだけで言えばロットヴルムの方が上だが、厄介さはグランドーンの方が上のように感じた。
あの最奥の間は遺跡の地下にあり、そこにグランドーンがいた。周りは洞窟のようになっており岩肌がむき出しで、相手は土を操る。
周りには奴が十分に能力を発揮できる土や岩ばかりで、こちらは崩れることを警戒しないといけないが、相手はそんなことを気にせずにガンガン攻撃をしてくる。
ボルトリントと戦った時、三原色と四色とで能力の使用頻度が違うと思っていたが、そんなことはなかった。
思い返せば、ロットヴルムは腐敗を与えられており、あの時フィールドが時間経過で腐敗して足場が非常に悪くなっていた。
分かりやすく能力が使用されていたわけではないので、三原色と四色で使用頻度に差があると勘違いしていた。
「でもさ、一応はグランリーフに関する情報を集めることはできたんだよね?」
「ある程度はね。配信に張り付いてたシンカーさんが、ボクとアニマちゃんが死に戻りした後に情報を言い値で買うから売ってくれってDM送ってきてたし、間違いなくグランド関連。自力で解きたいから、それまでは売らないって断ったけど」
「あの人は相変わらずだねぇ。それで、そのアニマちゃんは?」
「ボクがいても負け戦になったのがよほど驚いたのか、ログアウトする前に合流したらちょっと気落ちしてたね。悪いことしちゃったなあ」
アニマも本気でこのゲームに打ち込んで、自分なりに頑張ってスキルやステータスを上げてそれなりに強くなっていただろうに、それが全く歯が立たないような相手と戦う羽目になって、それは中々に堪えるだろう。
大丈夫だと心配させないようにふるまっていたが、体が少しだけ震えているのを見逃さなかった。
「あれの攻略、どうする?」
「そりゃやるさ。でも、今までの眷属と違ってフィールドの広さが狭い。連れていける数も、そんなに多くないと思うよ」
広い部屋だったとはいえ、地下室だ。百人くらいなら入るが、それ以上は厳しい。
死ぬほど頑張れば一人でも攻略できないこともない程度に一回目は調整がされているので、そんなに人数はいらないだろう。
そもそも眷族自体、一回負けたら次にリポップする際に前の個体よりも強化されて復活するようになっている。
人数に関係なく前の個体より強くなるのか、あるいは前の個体を倒したプレイヤーの数に応じて強化幅が変わるのかは分からない。詩乃的には、シエルがソロ討伐したボルトリントと詩乃がソロ討伐したロットヴルムから、前者だとは思っている。
「美琴さんも誘ってく?」
「もちろん。グランリーフ討伐は美琴さんの悲願でしょ」
「絶対にアーネストさんとか来そうだよね」
「呼ばなくても勝手に来るだろあれは。ところで空はどうしてそんなに大人しいんだ」
いつもだったら会話にすぐに混ざりに来る空が、今日はやけに大人しい。
体調でも悪いのかと顔を覗き込むと、額を人差し指で軽く押される。
「ただの寝不足だ、気にすんな」
「FDOにはログインしてなかったけど」
「ゲームイベントがあるっつったろ。ずっとFDO漬けだったから、また調整のためにFPSやってたんだよ」
「あ、なるほど」
そう言えば大きなゲームイベントがあることを忘れていた。そのイベントで空がエキシビジョンマッチに参加すると言っていたので、あまりFDOにばかりかまけている場合ではないのだ。
「しっかし、三原色は一筋縄じゃ行かないんだな。一体倒したら挑戦権を獲得してるから、てっきり一体だけでいいもんだとばかり思ってた」
「ボクも。倒したから挑戦権を得た、っていうところが罠なのかもね」
「じゃあ最初から挑戦権二分の一、みたいな感じにしろやって感じだがな。苦労するな、これから」
「詩乃ちゃんは早速、今日もあそこに行くの?」
「アニマちゃんと連絡が取れればね。あそこを見つけた、というかボクがあそこまで行けたのはアニマちゃんのおかげだし、ボクが勝手に進ませるわけにはいかないでしょ」
結構ショックを受けていた様子だったので、昨日ログアウト前に連絡先を交換したが、もしかしたら返事が返ってこないかもしれない。
返ってこなかったら来なかったで、元々も予定だった央京都に向かうだけだ。
「私、アニマちゃんに会ってみたいかも」
「言うと思った」
朝食を食べている時にアワーチューブに切り抜きが上がり、それを見たことで事の顛末を知ったのえる。
無類の可愛いもの好きでそのセンサーに引っかかっているのと、年上のお姉さんだし詩乃よりは上手に話を聞けるのは確実なので、色々と誤魔化せていたがメンタルヘルスは大事なのでどのみちのえるとは会わせようと思っていた。
「アニマちゃんを脅していた連中、諦めたと思うか?」
「いんや、諦めてないだろうね。むしろ前よりも酷くなってると思う」
「じゃあなおさらアニマちゃんに会わないとね。もしあの悪い人たちが襲ってきたら、ボッコボコにしてやるんだから」
「頼りになる脳筋騎士だこと。まあ、あいつらプレイヤースキルはともかく装備はアニマちゃんに頼り切りだったから、襲われてものえるならワンパンできるでしょ」
プレイヤースキルは、褒める部分がそれなりにあった。その相手が勝負を挑んだのがヨミだったためにあっさりと負けてしまったが、もしトップ層以外のプレイヤーであれば、あの連携でやられていたことだろう。
「それより、目下の問題はゴールデンウィーク明けのテストなんだがな」
「うぐっ……。せっかく朝から詩乃ちゃんを見て楽しんでたのに……」
「まあ、のえるだって勉強できるんだし、今日の休み明けテストはそこまで危機感を持たなくても、」
大丈夫だろ、と言いかけたところでのえるの顔を見て、これはもしやと眉を顰める。
「課題はちゃんとやったよね?」
「やったよ!? 何なら一緒に全部やったじゃん!?」
「だね。じゃあ復習は?」
さっと目を逸らされた。
「………………だって詩乃ちゃんだって復習してなかったじゃん」
「昨日はね。その前まではきちんとやってたよ。旅行中の時も、デバイスを使ってこっそりやってたし」
「裏切者ぉ……」
「姉さんの自業自得だな。これは、姉さんがクラスでビリかもな」
「確か成績悪いと補習だっけ」
「やだー!? 放課後は詩乃ちゃんと一緒に放課後デートがしたいー!」
「南無」
「詩乃ちゃん酷い!?」
とまあ、こんな風に騒いでいるが、のえるもゲーム内じゃ脳筋だが現実だと普通に才女なので、なんだかんだで平均以上は取れるだろう。
それが分かっているので、詩乃は空の悪ふざけに乗っかっている。
ウソ泣きをしたのえるが抱き着こうとしてきたのでひらりと避けると、そのままじりじりとにじり寄って来た。まるで警戒心の強いネコに、逃げられないようにするかのように。
対する詩乃も少しずつ近付いてくるのえるから少しずつ離れていき、本物の猫が二人の間をてちてちと通り過ぎていったのを合図に、のえるによる詩乃捕獲作戦が実行され、詩乃はギリギリ捕まらない程度の速さでのえるから逃げ回りながら、学校へと向かった。




