辿り着いた深奥
「どうせボクは、年下の女の子に泣きつくような雑魚なんだ……」
少し前にグールと鉢合わせて、思わずアニマに抱き着いてガチ泣きしかけてしまい、それ以降リスナーからは慰めているとは思えない慰めの言葉と、アニマからはなんか妙に温かい視線を向けられていた。
壁の方を向いて膝を抱えてしゃがみこみ、年下の女の子の前でとんでもない無様を晒してしまったことに強烈な羞恥心と、年下の女の子に頼り切りになってしまったという自己嫌悪に陥り、ぶつぶつと呟く。
その背中からは哀愁が漂っているが、今まで一度も見せたことのないいじけ方に、リスナーは心配するどころかむしろ歓喜していた。
「ぼ、ぼくとしてはヨミさんもちゃんと弱いところもあるんだなって実感しましたけど」
「だからって、ボク高校一年生だよ? アニマちゃん多分中学生とかでしょ?」
「そうですね。今年で中一です」
「FDOじゃ散々、最強格だの怖いもの知らずだの自他ともに認める戦闘狂だの言われてて、実際はホラー耐性なしの雑魚なんて思われたくなかったよ……」
「初配信の時点でグールに悲鳴上げてませんでした?」
「思い出させないでぇ……」
もうすでにあの時点で、実は怖いものは怖いのだということが知られているのだと再認識させられて、顔を膝に埋めてしまう。
見てられなくなったのか、アニマが隣に座ってよしよしと優しい手付きで頭を撫でてくれて、年下なのにとてもお姉さん身を感じて甘えそうになってしまった。
これ以上リスナーに餌を与え、自分にダメージを入れるようなことをしてたまるかと自制して、ちょっと不機嫌です、みたいに頬を少し膨らませて顔を少しだけ逸らした。
もう失うものもないに等しいので、行動が少し幼稚になっているような気がする。
「………………そろそろいこっか」
しばらくアニマに宥められ続けていると、だんだん羞恥心が勝ってきたのですっくと立ちあがり、お尻に着いた砂埃をぱぱっと払い落とす。
「はい、行きましょう。多分もう少しだと思いますから」
アニマも立ち上がりながらそう言う。心なしか、彼女の顔はどことなく満足気な感じがした。
アニマには兄がいて、末っ子だと言っていたので年齢差はどうしようもないが、お姉さんムーブをすることができて満足しているのかもしれない。
「今回はアニマちゃんを助けるような形でグランドの情報を手に入れることになっちゃってるから、何か報酬として渡そうかなって今ふと思ったんだけど」
「いえ、大丈夫です。助けてもらった上に攻略を手伝ってもらっていますから、これ以上は貰えそうにないです」
「……ええ子やなぁ」
”礼儀正しすぎるロリっ子”
”礼儀正しいからこそ、ずっと脅されてた相手の脅しが効いてたんだろうな”
”意図してやったわけじゃないのに、ラストアタック取っちゃったのは別に悪いことじゃないのに”
”ワイだったらラスアタ取られても、それがアニマちゃんやヨミちゃんみたいな女の子だったら速攻で許す”
”俺もノエルお姉ちゃんとか美琴ちゃん、フレイヤちゃん、リタちゃん、イリヤちゃん辺りだったら絶対に許す。ただしアーネストにシエル、テメーはダメだ”
”こんなところでもヘイトを向けられる男衆”
”奴らはハーレムだったり、くそ可愛い妹持ちのリア充だから”
何があってもリスナーはブレることを知らないなと呆れ、ウィンドウを横の方にずらしてから歩き出す。
あまりエネルギーが長続きしないからと使用を控えていたという灯りをアニマが取り出してくれて、その光の恩恵にあずかった。
視界が悪かったのでいきなりグロテスクな化け物と鉢合わせていたので、これからはそれもなくなるのだと思うと気が楽だ。
やはり陽の光とか炎の有無に関係なく光源を生み出せる道具の開発は、人類史上最高の発明だと、アニマが起動させたバレーボールくらいの浮遊する発光機に手を合わせておいた。
♢
さらに進むこと一時間。
まだ日を跨いでいないが、旅行の疲れというのもあるので早めにログアウトしないと明日に響く。
しかしどうせならここを攻略してからログアウトしようと、寝不足になりそうだが攻略を優先した。
そうして進み続け、ヨミとアニマは遺跡の最奥に到着した。
最奥の間に繋がると思しき場所は、巨大な扉で封鎖されている。
「いかにもボスがいますよーって場所だね」
「ですね。でもここに来るまでにも色んな壁画が描かれていて、それだけでも結構な情報が集まりましたよね」
「だね。ヒノイズル皇国って国自体は千年以上前から続いてるけど、一度国が滅びかけていたって知って驚いたよ」
日本がモデルというだけあり、ヒノイズル皇国の歴史はものすごく長い。
てっきり緑竜王が前の国を滅ぼした後でできた場所なのかと思っていたが、一度も滅びることなく千年以上も続いているのは予想外だった。
むしろよく緑竜王に襲われても滅びずに済んだなと思ったが、ほぼ敗北のような痛み分けで撃退することができていたらしい描写の壁画があった。
それに描かれていたのは、ヒノイズル皇国の術理である呪術、それを増幅していると思しき勾玉。降りかかる災厄を跳ね返す鏡に、悪しきを断ち切る剣。それを用いて戦う三人の勇者と言うものだった。
間違いなく三種の神器だろそれ、と目を輝かせ、もしやこの遺跡にあるのではないだろうかとテンションを上げたが、アニマによって否定された。
三種の神器というのはヒノイズル皇国の皇族が所持しており、一度隠密系に極振りしたプレイヤーが盗み出そうとしたらしいのだが、三種の神器全て堅牢な守りによって指先一つどころか埃一つ付かないように管理されていたという噂があるそうだ。
しかしここまであからさまに竜王に関する情報が散りばめられている遺跡に、竜特効のものがないはずがないと頭を捻り、幼少期に聞いた昔話を思い出した。
この国はどうか知らないが、昔話にあるヤマタノオロチ。それを倒したスサノオが持っており、酒で酔って眠ってしまったヤマタノオロチの首を斬り尾を切った剣の名前が、天羽々斬剣だ。
もしかしたらそれがあるかもしれないとまたテンションを上げ、アニマも日本神話の剣を手に入れられるかもしれないと、目を輝かせていた。
「よし、じゃあ早速入ろう」
「はい。戦闘準備はばっちりです!」
武装を展開済みのアニマがぐっと両手で拳を作る。
なんて可愛い生き物なのだろうかと微笑みながら、扉に手を触れさせてぐっと押し込む。
開けるという動作がされたとシステムが認識し、軽く押し込むだけで扉が勝手に開いていく。
ゴゴゴ……と音を立ててゆっくりと開いていくが、ヨミもアニマもノエルやフレイヤたちのように育っていないし、さっさとクリアしてしまいたいという欲求があったので、開き切る前に体を滑り込ませた。
広間は真っ暗、ではなくなんか光る苔のようなものがあったので、そこはファンタジーなのかと苦笑する。
「あ、灯り着けますね」
薄暗かった部屋を一気に照らすほどの光量が、アニマがチャージしていた発光機によって放たれる。
フルチャージじゃないのですぐになくなってしまうと言っていたが、ヨミがここで本気を出してしまえば問題ない。
「おぉう、これは……」
「なんとも形容しがたいですね……」
最奥の間にいたのは、土くれでできた歪な竜だった。
翼はなく、赫き腐敗の森にいるスカーレットリザードのような、陸地オンリーのドラゴンのようだ。
『ENCOUNT GREAT ENEMY【DIRT DRAGON :GROUNDAN】』
『ENEMY NAME:土石竜グランドーン
緑竜王グランリーフの血と鱗より生まれた、土の力を与えられた眷属。かつて王を退けたことのある剣、その作り手が作り上げた姉妹剣を封印するため、自ら遺跡に残り続けると決意し陽の光が当たらないこの場所に残り続けている。酷く凶暴であり、王と神の言葉以外の全ては雑音と認識している
強さ:背を向けて逃げることすら不可能』
グランド関連なのでいると思っていたら本当にいた。しかし、知っている名前ではなかった。
美琴から、グランリーフの眷属は緑竜グリンヘッグだと聞かされている。能力は、緑竜王の持つ能力の内、自然を操る能力だとも教えてくれた。
と、ここで思い出す。三原色は、どんな能力を持っているのか。
赫竜王バーンロットは『炎』と『腐敗』、蒼竜王ウォータイスは『水』と『氷』、緑竜王グランリーフは『自然』と『大地』。
三原色のみ、二種類の能力を竜神によって与えられている。
王は自分の血と鱗を用いて一つの能力につき一体の眷属を作り出すと決まったわけじゃないが、アンボルトもゴルドフレイも一体しか作っていない。
だが三原色はどうだ。四色の竜王よりもずっと強い力を持っており、最強格のギルドが束になっても勝つことができない正真正銘の化け物。
二種類の能力を持っているのなら、それぞれの属性の眷属を作り出していてもおかしくない。
美琴もアーネストも、一年近くグランドに挑み続けているのに勝てずにいるのは、挑戦権を持っているがそれは完全なものではなく、本当はもう一種類の眷属を倒さなければ完全な挑戦権の獲得ができず、三原色を倒すことができないからではないのだろうか。
「ヨ、ヨミさん……」
「これは……ちょっとまずいかもね……」
ヨミはあの時よりもずっと強くなった。ロットヴルムと初めて戦った時、ステータスも装備も全く揃っていない状態で、二時間以上もかけてやっと倒せた。
もしもう一度、今のステータスでやれと言われたらできないと言える自信があるくらい奴は強かった。何しろ、最強の竜王が作り上げた眷族なのだから。
そして今目の前にいる、侵入者によって目を覚ましたグランドーンもまた、四色とは比べ物にならないほどの強さを誇る王によって生み出された眷属。
装備は揃っている。スキルもステータスも充実している。それなのに、勝てるイメージが湧かない。
アニマも二人だけでは勝てないと悟ったようで、体を震わせている。
「……あまり、こういう手段はとりたくはないけど。アニマちゃん、ひたすら逃げ回って。そして少しでも、この広間の中にある壁画か何かを撮影でも何でもいいから記録して」
「ヨミさんは……?」
「ボクは……ストックを全部使いつくしてでも、こいつを全力で足止めをする」
『ブラッドイグナイト』と『フィジカルエンハンス』を同時に起動。夜空の星剣を取り出して固有戦技を発動させてバフを獲得し、血液パックでMPを回復させつつ筋力バフを獲得。
常にいつでも発動できるようにしている奥の手を使ってすぐに動けるように構え、相棒のブリッツグライフェンを大鎌に変形させる。
「即死せずに持たせられるのは四分だけ。それまで、壁画の方をお願い」
勝てるような相手ではない。いつもだったら燃えてくるのだが、今回は時間がない。
こういう時に学生という身分を少し恨むと歯噛みして、目でアニマに壁画を頼むと再度お願いする。
こんな、負けることを前提としたつまらない戦いをしなければいけないことに腹を立てつつ、アニマが離れて行ったところで『血濡れの殺人姫』を開放。
血の魔王が降臨し、負けるために本気で土石竜に向かって走り出した。




