ファンタジーで遺跡と言ったら
アニマと一緒に臨時パーティーを組み、苔むして朽ちている遺跡を進み始めて三十分ほどが過ぎた。
二人が今いる遺跡は、推測していた通りグランリーフに関係する場所だったのか、それと思しき壁画などが随所に残されている。
「ヨミさん、こっちにもありました」
「これで八つ目。かなりハイペースというか、狭い範囲にたくさん書かれているのね」
竜王という存在が現れたのは九百年ほど前の話だが、既に文明は大きく発展し文字も作られている。
当時の技術というのは現在のこの世界のものよりもはるかに進んでいるはずなのにどうして壁画なのかと思ったが、技術は一番進んでいたのは最初に滅ぼされた太古の栄華を極めた大国パラディース王国で、他の国々はかの国ほど文明が発展していなかったのかもしれない。
現に、アンブロジアズ魔導王国は魔導技術に科学技術がかなり発展しているし、ノーザンフロスト王国も、ステラの故郷であったエヴァンデール王国も、軍事技術は飛空艇などの造船技術が進んでいる。
しかしヒノイズル皇国は魔導王国や軍事王国と比較すると、科学技術や魔導技術がそこまで発展していないように感じる。
それに、文字と言うものがない時代は壁画などで当時のことを伝え残しそれが現代まで残されているという例もあるのだし、文字で残して一部の人間しか理解できないようにするより、抽象的にはなるが大まかな状況の把握ができる絵で残したほうが確実だと判断して、壁画が残されたのかもしれない。
「ただ、シンカーさん曰くアンブロジアズとかにあるグランドの情報は石板に文字として刻まれている、みたいなことを言ってたし、ほんの少しだけ歴史書とか編纂所が残されてて、そこから辛うじてグランドの情報を読み取れたって言ってたから、全部が全部絵ってわけじゃないのか」
「このゲームって、本当に頭おかしいくらい作り込まれてますよね」
「ほんとにね。その辺のNPCから受けられるクエストが、実はグランドに関わっているってなってても驚かないよ」
セラの救出クエストは、事前にアルマからロットヴルムのことを聞いており、ちゃんとグランドの知識があればそのクエストがグランドに繋がっていると分かるようになっている。
ステラのクエストも、エマのクエストも、どちらもゴルドフレイによって滅ぼされたという情報がきちんとあり、本人の口から知らされるか、ステラが身に着けていた衣服にある紋章を見て、それがエヴァンデール王国のものだと気付ければ、グランド直通のクエストだと分かる。
なので今ヨミが適当に言ったように、その辺にいるような普通のNPCから受けるクエストが、実はグランドと直通でした、ということはないだろうがいつか本当にそう言うことがあってもおかしくないくらい、キモいくらいにFDOの世界は作り込まれている。
「こんな作り込まれている世界なのに、ボクは考察なんて放り投げてクエストが発生したから、ステラとエマを助けたいからって理由だけでグランドやっちゃったから、攻略の一番前にいるって自覚はあるのに知識がほとんどないってちぐはぐな状態になってんだよね」
「アンボルトが下から二番目って知ったのだって結構後のことだって言ってましたしね」
「シエル経由でクエスト発生させたし、ボクは考察とか好きっちゃ好きだけど戦う方が優先だから」
「そんなだからロリっ子戦闘狂って言われるんじゃないですか?」
「そんな言われ方してんの!?」
ただの戦闘狂というのならまだいいが、ロリっ子と言われるのだけは勘弁してほしい。
じろりとカメラの方を見て、無言の圧力でリスナーに白状するように促すが、小柄で幼い容姿のせいで威圧感がまるでないのか、見つめられて嬉しいというコメントだけが返って来た。
「……はぁ。もうどう言っても陰でロリって言われるのはやめられないみたいだし、一々噛み付くのやめようかな」
”ヨミちゃん直々にロリと呼んでもいいという許可を出したということでよろしいか?”
”本人がついに許可を出した”
”正式にヨミちゃんにロリって言える”
”ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高ロリっ子最高”
”いやまて、今ここに映ってるのはどっちもロリだ。ただロリって書き込むと、どっちのロリか分からないロリよ”
”どっちだっていい。ただし紳士諸君、YESロリータNOタッチの精神を忘れずに”
「人の配信のコメント欄で変な団結力を見せないでくれます!? あまり酷いようならNGワードに登録するからな!?」
「多分、ヨミさんのことをからかいたいだけな人の集まりだと思うんです」
「余計に酷いわ!?」
好きな女の子に意地悪をしたくなる精神なのだとしたら、中身は小学生なのかとツッコみたくなる。
だがヨミがどれだけツッコんでも、リスナーは直接殴られる心配がないからかどこ吹く風みたいな反応をするかもしれない。
NGワードを設定してもあまりひどいようなら、強気な男口調にして配信するぞと脅してみたら、それはそれで需要があるから是非ともやってほしいと言われて頭を抱えた。
「……あ、ヨミさん。また敵性反応です」
「みたいだね。リスナーの変な癖を見たことを、エネミーで晴らしちゃおう」
少し広めの通路とはいえ長物だと壁に当たってしまいそうなので、ブリッツグライフェンを片手剣にして右手に構える。
アニマはショットガンを取り出して装備して、中折れ式のバレルにエネルギー弾を装填して戻す。
キュイー……という独特なチャージ音を鳴らしながら構えているのを見て、もしヨミが最初に機械人族を選んで、アニマと同じ神機族を選択できていたら、間違いなくそれを選んでいただろうと確信を持って言えるほど、ロマンに溢れている。
あとでアニマの装備を少し貸してもらおうかなと思いながら、開幕『ヴォーパルブラスト』をぶちかましてやろうとぐっと弓を引くように構えたところで、びしりと固まる。
暗闇に浮かんで見えるシルエットが人の形をしていた。まずこの時点で猛烈に嫌な予感しかしなかったが、エネミーがこちらに進んでくるたびに硬質なもの同士が当たるこつん、こつん、という音が鼓膜を震わせる。
ここは遺跡。これだけ朽ちているのだし、何かお宝があるかもと期待してはいるトレジャーハンターも多くいるだろう。
ちゃんと生還できるハンターもいれば、帰還できなかったハンターもいる。
帰還できずにここで息絶えたハンターは、時間をかけて肉が腐り落ちていき、やがて骨となる。
そしてここはファンタジーな世界。死体が動くなんてあたりまえではないが、死体が動くなんてこともある。
要するに、姿を見せたのはスケルトンであった。
「ひっ……」
何度も言うように、ヨミはホラーが大の苦手だ。幼少期の頃、テレビでサブスクしているアプリでアニメを見ていたのに、お風呂の時間だから入って上って戻ってきたら、着信音という最恐ホラー映画にすり替えられて以降、ホラーがダメになった。
スケルトンが姿を見せると、カタカタカタと顎を動かして鳴らし、ぎこちない動きで大股で近付いてくる。
しかし、しかしだ。一体だけなのだし速攻で決めてしまえば問題ないだろうと気丈に振舞い、ぎゅうっと槍形態の相棒を強く握り直して、エネルギーを消費して離れた場所から核を破壊しようとしたところで、再び硬直する。
最初に姿を見せたスケルトンの後ろから、ぞくぞくとスケルトンが姿を見せたのだ。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああ!?!? 『ウェポンアウェイク・全放出』───『雷禍・槍撃』ぅ!?」
「ちょ、ヨミさん!?」
致命的なまでに、それこそホラー耐性マイナス値カンストしているレベルでダメなヨミに取って、骨の集団は恐怖でしかない。
これ以上骨を見てたまるかとたまっているエネルギーを全部使い、フルパワーからは程遠い全放出を使い、槍を投擲しつつ電磁加速で貫通力と威力を上げる。
雷を撒き散らしながらスケルトンを蹴散らしていったが、前述の通りフルパワーからは程遠いため全ての破壊はできず、一体のスケルトンの頭部に突き刺さって止まってしまう。
今の投擲でかなりの数減らしたが、それでもまだまだ大量に湧いており、ぞぞぞっと背筋を震わせる。
「来るな来るな来るな!? お願い来ないでえええええええええええええ!?」
『クリムソンドレイク』を使って血の龍を作り、また一気に殲滅しようとするが、スケルトンの中に魔術を使える個体であるスケルトンソーサラーが混じっていたようで、血の龍が相殺されてしまう。
”実にいい事件性のある悲鳴だ”
”美少女の悲鳴でしか得られない栄養がある”
”ヨミちゃんの悲鳴は、いずれ万病にも効くようになる”
”あぁ~。実に脳にクる特上の悲鳴だぁ”
”一瞬で涙目になって顔を真っ青にしながら悲鳴を上げるのいいゾ~”
”普段つよつよな分、こういうよわよわなところを見るととてもときめく”
”分かる。護ってあげたくなる”
”怖いよね、よしよしって抱きしめながら慰めてあげたい”
悲鳴を上げてから早速、リスナーたちは愉悦に浸っているようで変なコメントを書き込んでくる。
どうせ今それを読む余裕がないと思っているようだが、怖くなりすぎて一周回って変な余裕ができてしまっているので、ちゃんと読めている。
「よ、ヨミさん、これ使ってみます? エネルギー弾のバーストタイプのアサルトですけど」
「使うっ」
アニマが取り出したアサルトを受け取り、軽く説明を受けてからしっかりと構えて引き金を引く。
火薬の炸裂音ではなく、いかにもなエネルギー弾の発射音にいつもだったら心躍るが、今はまた次第に余裕がなくなってきたので、ひたすら引き金を引き続ける。
しかしながら、銃関連のスキルは全くとっていないし、ガンズバレットオンラインでは、メインが刀でサブが拳銃だったのは射撃がへたくそすぎてろくに当たらないからだったのを失念しており、数があるので当たりはするが大したダメージにはならない。
「当たらないいいいいいいいいいいいいいいい」
「銃の右側にレバーがあって、それを下に向けるとバースト分を単発に切り替えて威力を上げることができます!」
「ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
単発ならまだ何とか当てられるかもと可能性に縋りつき、アニマの指示通りにレバーを下に下げてから一番手前にいる個体の胸に見える核に照準を定めて引き金を引く。
想像以上に強い反動を受けて狙いがブレ頭が弾けるだけだったが、今の一回で反動は把握したと修正して、引き金を引き続ける。
射撃がへたくそすぎてどうしようもないからGBOでは近接に逃げたのに、恐怖のあまりこんなタイミングで射撃の才能の開花したのか、あるいは限界すぎて一時的なのか、自分でもびっくりするくらい射撃が当たった。
一方でアニマは、彼女自身のスキルなのかキィィィィィ……という駆動音を鳴らしながらスケルトンに突っ込んでいき、格闘で殴ったり蹴り飛ばし、ショットガンで殴りつけて倒してから至近距離でチャージしたショットガンを撃って確実に仕留めていた。
時にはショットガンをしまい、SMGを二丁取り出して至近距離でエネルギー弾をばら撒くことで削り倒し、再びショットガンに切り替えて一撃でスケルトンを粉々にしていた。
自分の方が年上でお姉さんだから、気丈に振舞って怖いのを我慢しようと決めていたのに、あっさりと恐怖に負けて悲鳴を上げてしまいみっともないところを見せてしまったと気落ちしそうになるが、アニマが取りこぼしたスケルトンが走ってきたので声にならない悲鳴を上げて、引き金を引いて核を吹っ飛ばした。
スケルトンの大軍は五分とかからずに殲滅し終え、大量の骨と核となる核石を入手し、銃を扱ったからか銃スキルを獲得して熟練度も少し上がっていた。
「みっともないところをお見せしました……」
「いえ、お気になさらず。むしろ、ヨミさんも怖いものあるんだなって」
「ホラーだけは昔からダメなんだ……」
「吸血鬼さんなのに」
くすくすとおかしそうに笑うアニマ。
年下の女の子に笑われたと恥ずかしくなり、さっと顔を背ける。
「こ、これで進めるようになったんだし、行くよっ」
「はぁい」
ずんずんとヨミが先陣を切って進み、アニマがその後ろをついてくる。
内心、またあれが出てくるんじゃないかとびくびくしているが、もうこれ以上無様は晒せないと今度こそ気丈に振舞ってやると新たに覚悟を胸にする。
そしてその十分後、今度はグールのお出ましとなり、スケルトンの時以上の悲鳴を上げてアニマに飛びつき、年上のお姉さんの威厳は遂に粉微塵になってしまった。




