番外編 新年あけましておめでとうございます
大晦日がすぎ、一月一日の元旦が訪れる。
のえると一緒にお正月を迎え、前もって初詣は陽が昇ってからにしようと約束しているので、二人でベッドに潜り込んだ。
しっかりとのえるに抱き枕にされて、いい匂いでぶん殴られるわ去年よりも少し成長したらしい胸に顔を埋めて、その柔らかさに圧倒されるわで寝付けなかったが、一定のリズムで刻み続ける鼓動とのえるの体温で眠気が訪れて眠ることができた。
下手したらその内、のえるなしで眠れない体になってしまうのではないかと危惧したが、もしそうなったらそうなったでいいやと思考放棄した。
そしてぐっすりと睡眠を取って目を覚ました後、詩音がお雑煮を作ってくれていたのでそれを食べ、早速初詣に行こうという話になった。
「おー! 詩乃ちゃん超綺麗!」
「あ、ありがと。のえるもすごく綺麗だよ」
「えへへー。ありがとー。色違いの同じデザインのにしたんだー」
詩乃は銀髪に色白の肌に合わせてか、白をベースとした花柄の振袖、のえるは薄桃色の同じ柄同じデザインの振袖に袖を通している。
ちゃんと簪も用意されており、お互いに簪を贈るような感じで髪に挿し合った。
「うーん、やっぱり元がいいと何着てもすさまじい美少女っぷりですな」
「なんでお前だけ普通に洋服なんだよ」
「だって振袖歩きづらいんだもーん」
「母さん」
「ちゃーんと、シズの分も用意してあるわよー」
「なんで!?」
「そりゃ、自分の愛娘の振袖は是非とも毎年見たいんだもの。去年は逃げられちゃったけど、今年こそは着てもらうわよ」
再び逃げようとしたシズだったが、先回していた正宗によって捕獲され、詩音に脱衣所に連行された。
「お姉ちゃんの薄情者……」
「まあまあ。シズもその振袖よく似合ってるじゃん」
「お姉ちゃんほど美人じゃないし、のえるお姉ちゃんほどダイナマイトボディじゃないから、並びたくないんだよぉ……」
「そういえば、のえるなんだか……」
「うん、補正下着付けて小さくしてる。大きいと太って見えちゃうし、せっかく綺麗な振袖にしわが寄っちゃうからね」
「どうりでなんか違和感あると思った。のえるお姉ちゃん、今後もその補正下着付けたら?」
「中学生の時に一週間着けて過ごしたけど、金具が限界を迎えて天に召されました」
「あ……」
あまりにも男子にからかわれたりするものだから、補正下着で胸を小さくして過ごしていたこともあったが、あっという間に金具の方が天に召されてしまい結局普通の下着に戻ったことを思い出す。
冷静に考えて、大きい胸を小さく見せるための補正下着の金具が逝かれるってどんだけなんだよと、今はその補正下着で小さくなっている本来のサイズは大玉メロン級のそれに目を向ける。
「そういえば空は?」
「うちの玄関で待ってるって」
「どうせあいつは洋服なんだろうな」
「空兄は幸せ者だねぇ。振袖着た女の子三人に囲まれて初詣に行けるんだからさ」
「年始早々に、嫉妬の視線のオンパレードになりそうだね」
三人で笑い、準備もできたので家を出る。
まずは隣の東雲宅に向かい、呼び鈴を押して空を呼び出す。
案の定、空は紋付き袴ではなく洋服だった。
「おぉう……」
「あんだよ」
「姉さんがめちゃくちゃ張り切って振袖選んでたからどんなもんかと思ったけど、想像以上だな。つーか髪の色も相まってあれだな。雪女っぽさがあるな」
「振袖着た女の子に対しての感想がそれ?」
「似合ってるって意味だよ。……より、お嬢様感が増して可愛いじゃないか」
「褒めてる気がしねぇ……」
時間に余裕があるのなら、こいつを引きずり込んで袴に着替えさせてやりたいが、着付けの知識とか持ち合わせていないし、詩乃がそんなことしたら絶対に変な雰囲気になりそうなので、ちょっと恨みの籠った視線を向けるだけに止める。
いい加減に神社に向かわないと待ち人を待たせ続けることになるので、両親を含め七人で神社に向かう。
新年すぐに初詣に行くと人が多いから、陽が昇ってからと考える人は思いのほか多かったようで、振袖や袴を着た人があちこちに見受けられる。
見事な晴天で太陽が出ているが、真冬で夏程日差しが強くないのでこれくらいなら耐えられると思い、日傘は差していない。
なので銀髪紅眼の色白美少女な詩乃の姿が惜しげもなくさらされており、ちらちらと視線が向けられる。
女の子になったばかりの頃は、視線に非常に敏感でずっと気にしていたし、胸や下半身に向けられる情欲交じりの視線に具合が悪くなったりもしたが、すっかり慣れて来た。
今は太い太ももは振袖に隠れており見えていないので、情欲の視線は思ったより少なく、好奇の視線が主に集中している。
「やっぱり視線が集中してるね」
「のえるが綺麗だからだよ」
「詩乃ちゃんもだよー」
「これさ、美琴さんたちが加わったらもっとすごいことになるね」
「新年早々殺意の視線が殺到する……」
「どんまい」
「他人事だと思ってぇ……!」
ギリィ……! と恨めし気な視線を向けられるが、どこ吹く風だ。
もし詩乃が男のままであったら、空と同じような視線を向けられていたかもしれない。のえるは言わずもがな、詩月だって贔屓目に見なくても結構な美人さんなので、男二人女の子二人でも嫉妬や羨望の眼差しにさらされていた。
だが今は、詩乃は女の子だ。嫉妬や羨望ではなく、「あ、あの子可愛いな」みたいな好奇な視線が主だ。
改めて、普段は色んな意味で詩乃以上の視線を集めるのえるのことがすごいなと実感し、繋いでいる手にひっそりと少しだけ力を入れた。
♢
「みんなあけおめー」
「あけましておめでとうございます。想像以上に美琴さんの新年の挨拶が緩い」
「誰よりもお嬢様感があるから、きちっと言うのかと思ってました」
「そお? そういうのってどっちかっていうと華奈樹とかだと思うんだけど」
「昔はもっとしっかり挨拶していたのに、随分東京の今時の女子高生みたいに……」
「いやいや、場所は関係ないでしょ。美桜だってそうなんだから」
「華奈樹がしっかりしすぎているだけだと思うよ」
神社に着くと、美琴、華奈樹、美桜の三人が鳥居の前で待っていた。
灯里、ルナ、柚子の三人はお手洗いに行っているようでこの場にはおらず、フレイヤ、シルヴィア、アーネスト、イリヤのイギリス組は電車に乗り遅れたようで到着が少し遅れるそうだ。
先にお参りを済ませてしまうのは少し可哀そうなので、横にはけてフレイヤたちが来るのを待つ。
「お参り終わったらそのまま私の家に集合でいいのよね」
「はい。美琴さんのお家にお邪魔するの、楽しみにしていたんです」
「絶対すごいお家に住んでそう」
「のえるちゃん、それはいわゆる偏見だよ。前も言ったけど、ちょっと大きめな一軒家でお屋敷じゃないの」
「世界的企業の社長のご令嬢だから、全く想像できない」
前から美琴から、家は想像しているような大豪邸ではなく詩乃の家より少し大きいくらいの一軒家だと説明されている。
だがRE社社長とI&Mの社長の両親を持ち、美琴もモデルで活躍して配信も軌道に乗っており、それで一軒家だと言われても想像が付かない。
「やっぱみんな、美琴先輩のおうちを大豪邸ってイメージしちゃうんだね」
「私も最初はそうだったよ。でも実際に行ってみたら結構普通でびっくりしちゃった」
「私は今でも信じられないよ」
戻ってきていたらしい灯里たちも会話に加わる。どうやら灯里とルナも美琴の家を最初はテンプレ的な屋敷だと思っていたようだが、実際に行くとイメージと違いすぎて驚いたらしい。
みんなからイメージと違うと言われ続けている美琴は微妙な表情をしており、美桜にけらけらと笑われていた。
しばらく待っていると遅れていたフレイヤたちが到着し、ようやく全員で境内に入る。
初詣に来る人というのは毎年かなり多く、どれだけ時代が進もうともこういう伝統的なことは残り続けるものなんだなと、変に感慨深くなった。
詩乃ははぐれないようにのえるとしっかりと手を繋ぎ、後ろからやけに生暖かい視線を感じるが、極力無視をした。
参拝客が多く列が進む速度は亀の如しで、暇すぎたので全員でしりとりでもして時間を潰した。
最初にまさかのフレイヤが脱落し、次にアーネスト、三番目にルナが敗れ、最後は空と詩乃の一騎打ちとなった。
お互いにどうにかして負かせてやると意気込んで白熱し、お互いに終わりを「り」で縛ったり、逆に「り」で返したりして互いに苦しんだ。
あともう少しで順番が回ってくるというところで、言葉のストックが先に尽きたのは詩乃で、空に敗北を喫した。
「ぐや゛じい゛……!」
「ふははははは! お前のその恨めしい視線が心地いいよ」
「クリスマスでもやったあの乱闘ゲームまたやるから、そこでまたボッコボコにしてやる……!」
「いいよかかってこいや。今度こそストック残してお前を撃墜してやる」
しりとり合戦に勝利した空は、新年早々詩乃相手に何かしらの勝負で一本先取したことがよほど嬉しいようで、実に清々しい顔をしている。
そんな双子の弟を見てのえるは呆れたような笑みを浮かべ、負けてしまった詩乃の頭を慰めるように優しく撫でてくれている。
ようやく詩乃たちの番になり、先に詩乃とのえるがお参りをする。
詩乃がお願いすることは、自分を含め全員が無病息災であるということ。そしてずっと今の関係が壊れずに続いてほしいということ。
頼むから今のこの心地よくて楽しい関係を壊さないでくれと念入りに神様にお願いするように、少し長めに手を合わせてお参りをして、終わりの所作をしてから後続に譲る。
「ちょっと長くお願い事してたね」
「うん。みんな無病息災であることと、今の関係が壊れずにずっと続いてほしいって」
「……そっか。えへへ、そっかぁ」
「な、なんだよ」
「ううん。神頼みをしてまで、関係が続いてほしいんだなーって」
「……そりゃ、そうだよ。もちろん、神様の手なんか借りないで、ずっと続いたほうがいいとは思ってるけどさ」
具体的なことは伏せたのに、やはりのえるには隠し事はできないかと少し恥ずかしくなりつつ、寄り添って暖を取る。
近くにおしること甘酒を配っているところがあったので、一足先に二人でそこに向かい、詩乃が甘酒、のえるがおしるこを受け取った。
「はー、あったまるー」
「お正月って言ったら甘酒とおしるこだよね。ねえ、のえるの一口貰っていい?」
「いいよ。じゃあ私も詩乃ちゃんの一口貰うね」
お互いのものを交換して、一口飲む。
小豆の甘さが口に広がり、ほっと一息つく。
浮かんでいる小さなおもちも食べたいが、これはのえるのものだし美琴の家でおしるこを振舞うと言われているので、ここは小豆の方で我慢する。
「……なに?」
「詩乃ちゃんって、結局お酒に弱くならなかったね」
「何を期待してたんだよ」
「創作じゃ、甘酒でも酔っぱらっちゃうくらいお酒に弱い女の子ってよく出てくるからさ」
「流石にそこまで弱くはないよ。ニンニクとかはちょっと苦手になっちゃったけど、極端に味覚が変化したわけじゃないし。こうなるだけで色んなものに弱くなるんじゃ、生活するのも一苦労だろ」
「それもそうだね。でもいつか、酔っぱらった詩乃ちゃんとか見てみたいなー」
「二十歳になるまでのお預けだね」
のえるから甘酒を返してもらい、残り少なかったので全部飲み干してすぐ近くにあるごみ箱に捨てる。
未成年なのでお酒なんて飲まないし、それに伴ってどれくらい弱いのかは分からないが、のえるが期待しているほど弱くはないと思っている。
だがもしものすごく弱いのだとしても、酔っぱらった姿を見せるのはのえるの前だけかもしれないなと、もきゅもきゅとおしるこのおもちを美味しそうに食べているのえるを見て思った。
「のえる」
「んー?」
「来年も、みんなで、こうしてここに来ようね」
「それ、すっごくフラグに聞こえるのは気のせい?」
「ここは現実で創作物の世界の中じゃないんだから」
「ふふふっ。そうだね、またみんなで、来年来ようね」
次々とお参りを終えて、おしるこや甘酒を受け取っていく仲間たちを眺めながら、二人で約束する。
のえるに寄り添い、心の中でひっそりと、今年一年は心の中にしまいきれないほど幸せな年になりますようにと、そう願った。




