メカッ娘救出戦
出発しようとしたところで飛び込んで来た、機械人族の少女。
少女のカーソルは緑でPKではないのは明らかだが、後から来た男たち三人は真っ赤なカーソルでPKであることを示していた。
男たちが出てくると、少女は体をびくりと震わせて歯をかちかちと慣らし、顔を青くして涙をこぼしている。それだけで、ただ事ではないのは確かだ。
「おいおいおい、逃げた先には銀髪のお姫様ってか? こりゃツイてるねぇ」
「なあ兄貴、あの銀髪……」
「やべぇぞ、FDO最強格の一人、血の魔王のヨミだ」
ひとまず機械人族の少女を自分の後ろに立たせて、ヨミが自ら盾になる。
背中に隠れた少女はぎゅっと強く服を握り、ぴったりとくっつく。
”オイオイオイ”
”死ぬわアイツ”
”今更だけど、機械人族って少ないよね。特に女の子”
”可愛いなー”
”そんな可愛いメカ娘を泣かせるだなんて、許せん”
”まあヨミちゃんがどうにかしてくれるっしょ”
”PS最強格だから、PK程度どうにでもなる”
コメント欄は盛り上がりを見せているが、ヨミの心配はしていない。これまで、超希少なアイテムを持っているため幾度となくPKに狙われて、その都度撃退して命のストックを確保していたことが原因だ。
相手は果たして強いのかと言われれば、正直装備の質が悪いので強くないと言えるだろう。普通にワンスディアでも買えるような初期装備だ。
だが、油断はしない。ヨミが全く反応できないほどの光学迷彩による潜伏に、少女が身に着けている上位勢が付けているような装備。
武器類を一つも持っていないのは気がかりだが、上位勢の装備を身に着けることができる程度の実力を持つ少女が、初期装備の男たちに怖がるわけがない。
ならば考えられるのは、装備類だけ初期装備でプレイヤースキルの飛びぬけたプレイヤーか、あるいは機械人族に対する強烈なカウンターを有しているかのどちらかだ。
「よお吸血鬼のお姫様よぉ。それとも魔王様って呼んだ方がいいか?」
「お好きな方でどうぞ」
「そうかい。じゃあ魔王様、そこの屑鉄小娘を渡しちゃくれないか? 俺らはそいつに話があるんだ」
ちらりと肩越しに振り返って少女を見る。ずっと体を震わせて涙を流し、演技がある程度できるために少女のそれは演技ではないと分かる。
ここまで怯えている少女を、怯えている元凶に渡すわけにはいかない。
「残念だけど、そういうわけにはいかないかな。どう考えても、この子、あんたらに怯えてるみたいだし」
「はぁー……。ダメだなぁ、分かってないなぁ。これは交渉じゃない、命令だ。プレイヤー最強格とかなんだか言われてるみてぇだがよ、所詮はただのガキだろ? ガキはガキらしく、大人に従ってりゃいいんだよ」
「うっわ、骨董品にカビが生えるレベルでふっるい考え方。クズ人間博物館に寄贈したら人気でそう」
「は?」
「うん、今のは流石にボクでも意味分かんなかった。何言ってんだろうね。でも、時間は稼げた」
夢籠りの長刀をインベントリにしまい、ブリッツグライフェンを展開。背中に接続パーツを呼び出すのではなく、大鎌形態のまま放り込んでいた相棒を取り出しながらブーツ形態に変える。
両足に琥珀のブーツを付けると同時に振り返り、少女をお姫様抱っこで抱き上げる。
「逃がすかよぉ!」
ヨミのことを見下していた、兄貴と呼ばれていたPKがククリナイフを持って襲い掛かってくる。
奴らの目的はこの少女だ。なら、連れて逃げるという動作を見せれば逃がさないために襲い掛かってくるのは目に見えていた。
「だ、ダメ!」
逃げるようなそぶりを見せるだけ見せて、エネルギー消費で脚力を強化して頭を蹴り飛ばしてやると回し蹴りを繰り出そうとした時、少女が叫ぶ。
何がダメなのか、というよりも早くこれは確かに行けないなと軸足の左脚で地面を蹴って距離を取る。
「それ、ユニーク武器? 見た目ただのククリナイフだから油断した」
「残念ながらユニークではないんだよな、これが。だが、プレイヤーメイドでもNPCメイドでもない、特殊な武器だ」
「……まさかとは思うけど、それ元々この子のじゃないの? こんな場所で武器一つ持たないのはおかしいし」
「ご明察。そいつは機械人族だが、ただの機械人族じゃない。その種族のレア種族、神機族。魔力さえあれば無限に作り出せる流体ナノマシンに、神機族特有の武装保管庫内にある、オリジナルカスタマイズが可能な数々の兵器。理論値だけで言うのなら、全種族中トップクラスだ」
「なーる。じゃあ、今そのククリナイフを食らってたらボクは真っ二つだったわけだ」
「それだけじゃねえぜ?」
取り巻きの二人も、大型のエネルギー銃にエネルギーブレードを取り出して構えている。
「質問だけど、あれって威力どんくらい?」
「よ、弱いですけど、破壊属性が付いてて長期戦になれば、魔王様の武器が壊されてしまいます。い、威力も、内蔵されているエネルギーを一気に使えば、上位のタンクも一撃で……」
「わあお。そりゃとんでもない火力だねぇ。なら、一度も受けずに蹴り殺せばいいだけの話だね」
『ブラッドイグナイト』で血を燃やし、『フィジカルエンハンス』で強化を重ねる。
深き息を吸って吐き、意識を集中させる。意図的にゾーンに入るなんて芸当はできないが、動体視力と反応速度まで人外化してきた現在であれば、トップ層の連中でなければ全回避など容易い。
「お兄さんたちは、ボクの足だけで十分だよ。その頭かち割ってやるから、かかって来な」
「後悔させてやるよ、メスガキ!」
ククリナイフを持った男が飛び込んでくる。こんな場所に初期装備でいるはずがないのでよく観察すると、抱きかかえている少女から情報提供がなされる。
初期装備に見せているのは、偽装機能付きの防具を使って見た目を変えているだけで、実際は上位中堅程度の装備を身に着けていること。
ククリナイフは切断力に主に特化しており、刃に流体ナノマシンがありチェーンソーのように超高速で流れることで、切れ味を上昇させていること。
エネルギー銃は貫通力特化の『ペネトレイター』と破壊特化の『デストロイ』の二種を切り替えて使用し、一番気を付けるべきは『デストロイ』のほうで、一発受けると装備の耐久を一割減らすというぶっ壊れらしい。
流石に『デストロイ』はエネルギー消費が激しく、満タンまで溜めていても三発撃てればいい方。しかも弾速も遅いので、余程不意を突かれなければ大丈夫。
エネルギーブレードは超微細な振動をしておりそれで切れ味を上昇させているほか、同時に一つの装備までだがすり抜けての攻撃までできるという。
とんでもないものばかりだなと苦笑するが、それもエネルギーの消費が激しく五回使えればいい方だし、すり抜ける際には派手な起動音があるので分かりやすく対処もしやすいそうだ。
銃とエネルギーブレードは初見殺し性能に優れているようなので、警戒していれば当たらないと教えてくれた。
「しっかり掴まっててね!」
「ひゃっ」
ククリナイフを持つ男の攻撃をしっかりと見て回避する。上位勢にいるというだけあって悪くない動きをしているが、この程度の動きならば掠ることもないだろう。
他にも武器を隠し持っていていきなりそれに変更したら分からないが、一応見たまま彼らは少女から奪ったであろう装備しか持っていないことを信じる。
「くそっ、ちょこまかと……!」
「えー? この程度の攻撃を回避され続けるだけでもう動き悪くなるってマジ? まあ、かなりの初見殺し性能の武器をこの子から奪ってるっぽいし、対人経験があまりないのもうなずけるね」
「あぁ!?」
「煽りですらない言葉に反応しない!」
エネルギーを少し消費して脚力を強化し、突き出された腕を蹴り上げて千切り飛ばし、そのまま空中で体を捻りながら回転させて鎌で首を刈り取るように後頭部に蹴りを叩き込んで、顔面から地面に叩きつける。
そのままクリティカルで終わってほしかったが、頭に入れた蹴りは脚力強化を解いた後なので、ミリ残しでぎりぎり生き残った。
すぐに男は起き上がろうとしたが、強烈な蹴りを入れられたために脳震盪のバッドステータスを発生させたようで、身動きが取れず地面に倒れたままとなる。
「そこでじっとしててねー」
「こ、の……!?」
主犯格は後回しにして、取り巻き二人に向かって走る。
ぎゅっと少女が振り落とされないように強く抱き着き、少しドキッとしてしまう。
機械人族、ではなく神機族とのことなのでちゃんとメカらしく体は硬質っぽさはある。あるのだが、ちゃんと柔らかいところは人間っぽく柔らかいので、なんでそこは変わらないんだと突っ込む。
「さっさとその小娘を寄こしやがれ!」
「大人が幼い女の子相手にヤバいこと言ってる自覚あります!?」
エネルギー銃を持つ男がバカスカ乱射してくるので、銃口をしっかり見て引き金が引かれるタイミングを誘導させながら、エネルギーを無駄打ちさせる。
「ならお前が俺たちに何か渡してくれるってのか!? そういやお前はグランド討伐者だもんな!? その小娘渡したくないのなら、グランド素材や武器を寄こせや!」
「どこぞのボクのことをPKしようとしてチート詰んでBANされたバカと同じようなこと言ってるね!」
「誰がバカだ!?」
「お兄さんたち以外の何物でもないでしょ!?」
エネルギーブレードの男が後ろから斬りかかってくるがすっと横にずれて回避し、立ち位置を調整してガンナーに撃たせて同士撃ちをさせる。
普通は射線上に重なっている時は撃たないものなのだが、連携がへたくそだとすぐに気付いたこともあり、実にあっさりフレンドリーファイアしてしまう。
「いってぇ!? てめぇ、なにしやがる!」
「わ、わざとじゃ……!」
「はい、戦いの最中に敵を放置して喧嘩しない」
あっさりとフレンドリーファイアし、あっさりと喧嘩を始めたので速攻でガンナーの近くまで接近し、咄嗟に向けられた銃を持つ腕を思い切り蹴り上げる。
ここで以前ゼルにやったように、飛びついて太ももで挟んで首を折るということをやってもいいのだが、あれは想像以上に恥ずかしいし結構軽いとはいえ人一人を担いでやるようなことじゃないので却下。
なのでエネルギーを消費して脚力を強化し、みぞおちに一発強烈な横蹴りを叩き込んで、一定以上の威力での攻撃なので追撃の衝撃波も叩き込み、HPをごっそりと減らす。
エマのシャドウダイブと違って他人を影の中に連れ込むことはできないので、一旦蹴り飛ばした奴を放置しておこうと振り向く。
主犯の兄貴と呼ばれた男は脳震盪状態から復活して拾ったククリナイフを右手でしっかりと持ち、エネルギーブレードの男とじりじりとにじり寄ってくる。
「『シャドウバインド』」
なので主犯の男を影で縛り上げて、一対一の状況を作り上げる。
「なっ!?」
「い、今すぐ解除を、」
「そんな時間ないよ!」
少女を左腕一本でどうにかして抱え上げながら、右腕を伸ばして影の鎖をエネルギーブレードを持つ男の首に巻き付けて、引っ張り寄せる。
思い切り引っ張り寄せたのでかなりの速度で向かって来てくれており、これはラッキーだと的確に首を狙って蹴りを叩き込む。
ゴキンッ、という身の毛のよだつ音を鳴らして曲がってはいけない方向に首が折れ曲がり、地面を滑っていった男はポリゴンとなって消える。
さっき蹴り飛ばしていった奴も、先ほどポリゴンとなって消えていくのが確認できた。
「最後はお兄さんだけだね。装備は揃ってるし上位にいるって言われてもうなずけるけど、その程度でボクをキルできるつもりでいたなんて心外だね」
「化け物め……!」
「うわ、ひっどーい。女の子に向かって化け物っていうだなんて。そんな悪い大人には、キッツイお灸をすえてあげないとね。あっと、その前に一つ聞きたいんだけど、なんでこの子にそんなに執着するの? レア種族だから?」
確かに、この少女が生み出す武装は強力だろう。火力を出そうとすれば相応にエネルギーを消費するので、フレイヤのようにバカスカ撃てるわけではないが、あの銃のデストロイという機能はあまりにも破格すぎる。
残った男の持つククリナイフも、破壊属性というとんでもなさそうな名前の属性が付いているので、恐らくはレア種族でそういった武装を作り出せるから、と言った理由だろう。
「ちょっと前にそいつとパーティー組んで、ただでさえ珍しいボスエネミーの更にレア個体を引き当てたんだよ。俺はそいつのラストアタックボーナスが欲しかったのに、そのことを教えていたってのに、そいつがミスしてラストアタックを取っちまったんだよ。それは譲渡不可能なもので、そいつが持つしかない。だからそのけじめをつけてもらってんだよ」
「……それだけ? 想像の百倍くだらない理由で、女の子を泣かせたの?」
「くだらないだぁ!? お前もゲーマーならわかるだろ!? ラストアタックを横取りされた時の気持ちをよぉ!」
「いや、分かるよ? 分かるけど、取られちゃったら残念、程度にしか思わないよ。レイド戦なんて誰が最後に攻撃するなんて決められないんだし。ボクが最後だと思ったら他の人が、なんて他ゲーでは日常茶飯事だよ。というか、大人がそんなゲームのレアアイテムを子供に取られて向きになるとか、大人気なさすぎない? 流石に呆れるを通り越して笑えて来るんだけど」
ラストアタックボーナスは確かにレアだが、それを決められるプレイヤーもレアだ。
自分こそ最後だと思って仕掛けたら他の人に取られて、それが原因で喧嘩に発展するのを何度も見かけたが、それは小学生とか中学生とかの子供だ。
ヨミもよくシエルとそれで口論になって、じゃあどっちが強いのか白黒つけようと言って決闘をして、ヨミが勝ったりシエルが勝ったりを繰り返している。
今ではもうそんなことはなくなり、お互いに少しは大人になれたのだと実感していた。
なのにこの男は、恐らく中学生かそこらの女の子にそれを取られてしまい、かつそれが譲渡不可能なものだったため、それに非常に腹を立てて泣かせている。
あまりにも大人気なさすぎて、本当に笑えて来る。
「もういい! お前を殺してその小娘を頂く!」
「発言がロリコン犯罪者のそれにしか聞こえなくなってきた」
「黙れ! 『スターレイド』!」
超高速の突進からの心臓狙いの突きが放たれる。筋力値をそこそこ上げているようでかなりの速度だが、やはり、美琴やアーネストなどの最上位陣と比較してしまうと遅すぎる。
姿勢を低くして突きを回避し、足を刈って転ばせて戦技を中断させる。
転んだ男は一瞬の硬直を受けてしまい、それが解けてすぐに起き上がろうとするが射程圏内だ。
「『ウェポンアウェイク・全放出』───『雷霆・脚撃』」
エネルギーをいくらか使ってしまったが、それでも残っていた八割ほどのエネルギーを全部消費し、最大火力の蹴りを叩き込む。
咄嗟に顔を左腕でガードするが、その程度で防げるはずもなく一瞬の拮抗もなく蹴り抜かれて何度も地面をバウンドして、木をへし折っていった。
蹴り飛ばしすぎて姿が見えなくなったころに、戦闘状態が終了してPKたちの所持金全部とアイテムがヨミのものとなる。
「はい、終わったよ。ちょっと待っててね」
少女を下ろしてからインベントリを操作して、『神機:機銃』、『神機:大断』、『神機:断斬』の三つを少女に返却する。
「はい、これ君のでしょ?」
「あ、ありがとうございます。本当に強いんですね」
「いやあれが雑魚なだけでしょ。確かに強い部類なんだろうけど、君から奪ったこの武器が前提な立ち回りみたいな感じだったし」
元々はもっといい連携ができていただろうに、もったいないと嘆息する。
「あの、本当にありがとうございます。ラストアタック取っちゃった私が悪いんですけど、それでもずっと脅してくるのが本当に怖くて……」
「おおよそどんな脅し文句を言ったのかは予想付くけど、もう安心だよ。ボクのリスナーは女の子にはゲロ甘だから、今頃総出であの三人を探し出そうとしてるんじゃない?」
”ヨミちゃんの俺らへの評価よwwwwwwwww”
”間違っちゃないし訂正する必要もございません”
”女の子が男に泣かされてたら、黙って男を殴る”
”あいつら有名な地雷プレイヤーなんだってさ。他ゲーでそこそこいい強さをしてたから、FDOでもこのメカッ娘の武器なしで上位に行けたんだと思う”
”ラストアタック取られた程度でこんなに可愛い女の子が怖がって泣くまで脅すとか、あいつら人間じゃねえ”
”???「お前ら人間じゃねえ!!!!!!!!!」”
案の定多くのリスナーが特定に動いているようで、流れるようにコメントが次々と書き込まれて行く。何ならすでに特定されているっぽい感じで、苦笑してしまう。
「君、名前は?」
「アニマです。種族は、あの人たちに言われちゃったので、神機族です。魔王様は、吸血鬼なんですよね?」
「魔王様はいいよ。そんな魔王ムーブしてるわけじゃないし、ヨミでいいよ。そうだね、吸血鬼だよ」
吸血鬼の中でもレアな方であることは知られてしまったが、真祖吸血鬼であることは未だに伏せている。
これもそう遠くないうちにバレていくんだろうなとぼんやりと考えると、アニマが何か意を決したような表情をする。
「あの! ヨミさんにお願いしたいことがあるんです!」
「お願いしたいこと?」
一回助けてしまっているし、もう一度手助けするのもそう変わらないかと考える。
「ぼ、ぼくとパーティーを組んでくださいませんか!?」
「……それだけ? もっと何かあるのだと思ったけど」
「その、ちょっと行きたい場所があるんですけど、一人だと攻略できないような場所でして……」
十分すごい性能の武器を持っているのに自己肯定感が少し低いのは、先ほどのあの男たちが原因なのかもしれない。
まあ、丁度暇しているしここでおしまいだと言って去ってしまうのも可哀そうなので、ヨミはアニマのお願いを受けることにした。




