厄介ごとは助走を付けて全力で殴り掛かってくる
おそろいブレスレットを入手してちょっと気分が上がり、そのすぐ後にゴースト系エネミーの巣窟である墓地に足を踏み入れてしまいヨミがガチ泣きして、ノエルに引っ付いて離れなくなったりすること数時間。
そろそろ時間も時間になってきたので一度配信を終わらせて、到着した陽之原村という小さな村で宿を取り、ログアウトした。
ちょっと凝った体をぐーっと伸びをしてほぐし、夕飯後もまだやるがほぼ一日使っていたので、ゲーミングナーヴコネクトデバイスとヘッドセットの使用感を電子メモ帳に書き記してから、一階に降りる。
「あ、お姉ちゃん。今から夕飯の準備?」
「うん。シズは今帰って来たのか?」
リビングのソファーに腰を下ろしてくつろいでいる詩月が、階段から降りて来た詩乃の方を向く。
有意義な外出でもできたのか、ちょっとほくほく顔だ。
「そだよー。せっかくだしさ、一緒に料理しようよ」
「いいね。なに作る?」
「ひき肉が冷蔵庫の中にあったかな。ナスはないけど、ピーマンと玉ねぎ、にんじんもあるから……」
「ハンバーグか、キーマカレーだね。シズはどれがいい?」
「ハンバーグ!」
「だよね」
こういうところはまだ子供っぽいなとくすりと笑い、キッチンに向かい入り口近くにあるヘアゴム入れから一つ取って、長い銀髪を慣れてきた手付きで一つにまとめる。
引き出しを開けてエプロンを取り出し、キッチンにやって来た詩月にいつも彼女が使っている薄桃色のエプロンを手渡す。
「あ、お姉ちゃんちゃんとゴールデンウィークの宿題やった?」
「もちろん。やってなきゃ長時間配信なんてできないよ」
「お姉ちゃん、ゲームをやるために課題はさっさと終わらせるタイプだもんね。頭もいいから特に苦戦せずに終わるし」
「試験とかもそうだけど、宿題は習ったことの確認を家で行う作業だから」
「それ、一部の優等生が言うセリフ」
「ボクはこんなでも、一応は優等生ですから」
宿題の提出忘れも今のところなし。遅刻もなし。欠席は女の子の日二日目で一度してしまったが、それだけだ。
先生からもいい生徒として好かれているようだし、今のところ順調に学生生活を送れている。まだ一か月ちょっとしか経っていないというのもあるが。
「お姉ちゃんさ、ちゃんと友達出来てるよね? いつものえるお姉ちゃんと空兄と一緒だし、学校終わったらすぐ帰ってくるから」
「ちゃんといるよ。入学初日で仲良くなった子もいるし、のえるの高いコミュ力のおかげで仲良くなれた子もいるし」
「美月さんだね。そして言い換えるとのえるお姉ちゃんがいないと、今頃友達は一人だけだったと」
「そうなってたら頑張ってボクから声をかけてるよ。コミュ障ってわけじゃないんだから」
「男子にばっかり行ってそう」
「クラスの男子はボクと話す時、ガチガチになってるよ」
見た目は美少女でも中身は男。大分女の子化が進行してきているが、それでも心は未だに男で、好きなことや物も男の頃と変わっていない。
できるなら男子とも仲よくしたいのだが、中々上手くいかない。空の友人とかだったら普通に会話できるのだが、普段女子と関わらず男子で固まっているグループだと、こっちから話しかけると変に緊張されてしまう。
そういう反応をされると、やっぱり自分はどうしようもなく女の子なんだと突き付けられてしまうし、女の子だからって態度を変えられるのも嫌なので普通にしてほしいと毎度思ってしまう。
「ところで、シズがクラス中に見せて回ったっていうボクの写真の件。あれどうなったのさ」
「あー、男子が落ちたってやつ? 普通に紹介してくれって言われるよ」
「まだいるんだ」
「うん。でもお姉ちゃん今のところ男に興味ないって言って断ってる」
「間違ってないけど言い方を気を付けろ」
事情を知らない人からすれば、詩乃は女の子が恋愛対象な百合っ子ということになってしまう。事情を知っていても、体が女の子なのでそういう認識はされるだろうが。
ゴールデンウィーク前でも、まだ他のクラスの名前すら知らない男子から告白されることがあったし、元男だからこそ今の自分がかなりの美少女であるのは分かるし、綺麗な女の子とお付き合いしたいという気持ちも理解できないこともない。
しかしどれだけ真剣に好きという気持ちを男から伝えられても、中身がこれである以上異性を好きになることはできない。
もっと声を大にして男には興味がないと言った方がいいのだろうかと思ったが、初の告白の後に男に興味がないという部分だけが尾ヒレを大量につけて広まり、三日間ほど女子から手紙が届いたこともあったのでやめておこうと頭を振る。
自分よりももっと話題になる人物が現れてくれたら、一回落ち着くのかなと淡い期待を抱きつつ、野菜を細切れにしていった。
♢
夕飯を食べ終え、姉妹+突撃してきたのえるの三人でお風呂に入って歯を磨いた後、詩乃は再びログインする。
のえるは明日から学校なので、今日は早めに寝てしまいたいと言ってログインしてこなかったので、一人で少し進めることにする。
「話し相手がいないとちょっと寂しく感じる。というわけで配信を始めました」
”いくらでも話し相手になってあげるよ!”
”いつかヨミちゃんと直接会ってお話がしたい”
”そろそろギルメン一般募集とかしてもいいんじゃない?”
”ヨミちゃんのギルド入りたい!”
”生でヨミノエ百合カプが見たい”
「一般募集は考えてませんー。元々エンジョイ勢で身内とか親しい人でわいわいやっていこうってスタンスだからね。……あと、最近なんかボクの人気がアイドルのそれに近くなりつつある気がして、余計なメンバー増やすと過激派から何言われるのか分からないから」
最初のグランドであるバーンロット、討伐したアンボルト、大激戦となったギルド対抗戦、そして先日のゴルドフレイ戦。
短い期間で次々とビッグすぎるイベントの数々をこなしており、とんでもない目立ち方をした結果、一般のリスナーや変態リスナーと共に、ヨミのことをアイドルのように感じているリスナーもちょっと増えてきている。
ちやほやされるのはそれなりに嬉しくはあるのだが、アイドルオタクという存在はちょっと怖いと感じている。
なにせ、ちょっとでも男の影がちらつくと怒り狂うという印象を持っており、SNSでも有名なアイドルが実は男性とお付き合いしていたと知るや否や、大バッシングするというのを何度も見かけた。
もちろん全部がそういうわけではなく、そうなってしまうのは一部の少数だと分かっている。
分かっていても、どうしてもその少数の声がデカすぎるせいでちょっと怖いと感じてしまうのだ。
「まあ、人見知りってわけじゃないけど特に知らん人をいきなり入れるのもなんだか怖いし、当分はこのままだね。ボクが誰かとパーティーを組んでその人がフリーで、仲よくなったら勧誘する、あるいはギルメンが連れてきた人を入れるとかかな」
”それが妥当”
”ヨミちゃん専スレでとてつもない人気だもんね”
”宇宙空間でジェット機が無限に加速してるかのように暴走してる”
”ワイの知り合いが専スレ覗いたら、あそこは魔境だって言ってた”
”ヨミちゃんは百合っ子過激派もいるから確かに下手にメンバーを入れるのもよくないな”
「ボクのその専スレ、どうなっているのか気になるんだけど精神衛生上絶対によくないから見たくないなあ。というか、ここまで来たら死んでも見ない」
空はたまに見に行っては腹を抱えて大爆笑しているそうだが、非常に気になるが見たくない、という矛盾した気持ちが渦巻く。
「さて、切り替えていこう。ボクら学生は明日から学校だし、あまり長いこと配信できないからね。さっさと進めるところまで進めておかないと。武器がありすぎる上にブリッツグライフェンという相棒一本でどうにかなるのに、また増えてしまったこの夢籠りの長刀を使ってね」
長くて重いロマンの塊でしかない長刀を入手した当初は、かっこいいし最高だとテンションをあげていたが、詩月とのえると一緒にお風呂に入っている間に、これ以上武器を増やしてどうすんだと冷静になった。
武器問題はブリッツグライフェン一本でどうにかなるし、サブウェポンは斬赫爪や夜空の星剣で十分だ。
そもそも魔術で武器を作れるし、強度問題も血魔術で解決できるので、何なら武器を持つ必要すらない。
でもグランド素材を防具だけに使うのももったいないので武器を作り愛用しているが、それを愛用するとせっかく覚えた武器生成の魔術が腐ってしまう。
「ボクの魔術スキルの構成って、死ぬほどめんどくさいね」
これが辿り着いた答えである。もうすぐカンストしそうなのでポイントの割り振りをやり直すつもりはないので、もうこのままめんどくさい構成のままで行く。
「よっし、このまま次の村? 町? に行こう! えーっと……進む方角はこっちかな?」
ほぼ何も埋まっていないマップを開いてこの変化なと当たりを付ける。
「よし、それじゃあ出ぱt」
「ひゃあああああああああああああ!?」
「ほぐぇ!?」
歩き出そうとした瞬間、何かが左から飛んできた。
気配があったので出発と言いながら振り向いたがそこには何もない。なのに何かがすさまじい速度でぶつかって来た。
奇怪な悲鳴を上げて姿の見えない誰かと一緒にヨミは倒れ地面を転がる。
「いってて……。な、なんだ……?」
体を起こそうとするが、見えない何かが上に乗っかっているようで動けない。
まさかゴースト系かとゾッと体を震わせるが、ヨミの上に乗っている何かの周りがジジジッと音を立ててブレ始め、姿が見えるようになる。
赤い髪の毛をした女の子だった。身長はヨミよりちょっと低い、可愛らしい女の子のプレイヤーだ。
しかしただの女の子ではない。こちらを見上げる瞳は生き物のそれではなく、機械的な瞳だ。
ぼろぼろになっている服から見える体の一部は機械が露出しており、一目で生物系じゃないのが見て取れる。
「機械人族……?」
思えば、FDOを始めてから機械人族には一度も会っていない。
偶然こうして出会えてラッキーと思っていると、ぶわっと涙をこぼし始める。
「た、助けてください!」
縋りつくようにお願いしてくる機械人族の少女。
「おいおいおいおい、何逃げてやがんだよ屑鉄小娘。誰が逃げていいって言ったよあ゛ぁ!?」
とんでもない厄介ごとで、助走を付けて全力で殴り掛かってきたような気分だった。




