番外編 メリークリスマス!
世間はまさに、クリスマスムード一色。
恋人や家族がいる人は、大切な人と幸せな時間を過ごすが、家族はいても恋人のいない人は街にあふれるカップルにあてられて絶望する日。
土日がイヴとクリスマス当日であるため、非常にラッキーだと詩乃は浮かれ、前からのえると約束をして二人で町を出かけた。
町にあふれるカップルに詩乃も少しあてられはしたが、のえると一緒に出掛けているので世の独り身の方々のようにダメージを受けるということはなかった。
「やー、外寒かったねー」
「ほんと、急に気温一気に落ちたよね。令和初期と比べると全然マシらしいけど」
令和の初期は、夏が異常に暑かったりその暑さが十月まで続いたり、まだ暑いと思ったら急に下がりそのまま寒くなるかと思いきやまた急に上がったりを繰り返していたらしい。
今は技術が進んで温室効果ガスはかつての数百分の一まで抑え込まれ、温暖化も改善され日本は春夏秋冬の四季がはっきりと分かるようになった。
もし令和時代の人が今のこの時代に来たら、多分びっくりするだろう。詩乃は体質上、その時代の真夏に行ったらそれこそ灰になってしまいそうなので行きたくないが。
「お外、カップルがいっぱいいたね」
「だね。……ま、今年はのえると一緒に出掛けられたし、ボクもおひとり様じゃないってことで」
「ふふっ」
「な、なんで笑うのさ」
「クリスマスイヴだからか、詩乃ちゃんずーっと緊張しっぱなしだったなーって」
「小学校低学年とかの時代はともかく、高校生となった今幼馴染とはいえ美人な女の子と出かけるのは、」
「今日のこれってデートじゃない?」
「…………幼馴染とはいえ、美人な女の子とデートをするのは、緊張するものなんだよ」
有無を言わせずに修正しろという圧力を感じ、それに屈した詩乃は言葉を訂正する。
お出かけからデートに言い換えるとのえるは満足気に頷き、ぎゅっと抱き着いてくる。
「ちょっと体冷えちゃったね」
「じゃあ、部屋であったまる?」
「あー、何かえっちなことでもするつもりー?」
「クリスマスは別にそういうことをする日じゃないだろ。統計上は最もそういうことが多い時間帯があるらしいけど……」
「冗談だよ。詩乃ちゃんはそういうことをいきなりするような子じゃないもんね」
「ったく……。ココア飲む?」
「飲むー」
「じゃあ作ってから部屋に戻るから、先行ってて」
「はーい。あ、FDO今日クリスマスイベントやるけどインする?」
巻いているマフラーと来ている厚手のコートを脱いだのえるが妙に色っぽくて視線を外すと、ラックにかけながらのえるが聞いてくる。
FDOは去年に引き続きクリスマスイベントを開催している。SNSでは神イベントが来たと言っているユーザーと、リア充爆殺イベントの再来と言っているユーザー、ちょっと怯えているユーザーの投稿がたくさん見られた。
もちろん詩乃はこのイベントに参加するつもりだ。以前のハロウィンイベントで中々地獄を見たので、SNSの投稿を見る限りどうせろくでもないようなものが混じっているだろうが。
「そうだね。ログインはする。でもそれは、みんなで夕飯食べ終えた後」
「もう仕込みは終わらせたもんね」
「丸鶏ローストチキンもチキンレッグも、あとはオーブンで焼き上げるだけだし、ケーキも二人で作った。プレゼント交換のプレゼントもしっかりと用意したし、準備万端」
「やたー! もう今から楽しみだなー」
「まだ少し早いよ」
詩乃もマフラーとコートをラックにかけて、気が早いのえるにくすりと笑ってからココアを作るためにキッチンに向かった。
スキップでも踏みそうなくらい軽い足取りで階段を昇っていくのを見て、こうして誰かと過ごす特別な日は幸せだなと、感じる幸せを嚙み締めた。
♢
どんちゃん騒ぎのクリスマスパーティーに、ドキドキワクワクのプレゼント交換に大型テレビをモニターにしてコントローラーで遊ぶ、四人制の大乱闘ゲームで超盛り上がった後、自宅に招いた全員でFDOにログインする。
早速、また運営が張り切ってイベント期間中限定のマップに飛び、またかと肩を落とす。
「まーた勝手に衣装が変わってるよ」
「これって、サンタコス?」
ヨミもノエルも、揃って真っ赤なサンタコスになっていた。もちろん、ちゃんとミニスカだ。
ヨミはホルターネックに黒のタイツを履いたミニスカサンタで、ノエルはベアトップに白ニーソのミニスカサンタだ。頭には例のサンタ帽が乗っている。
普段では見ることのないノエルのその恰好に、ドキドキと胸が高鳴る、以前にちょっと体にフィットするような感じなので大きな胸が強調されており、彼女の余計な視線が集中しないだろうかと不安になる。
”運営ナイス!”
”美少女のミニスカサンタが見られるなんて……もう死んでもいい……”
”ヨミちゃん普段ニーソだけど、今回は黒タイツか。……太ももむっちむちだからすんごくエロイ”
”ノエルお姉ちゃんが相変わらずすぎて草”
”でっっっっっっっっっっっ”
”強制お着換えだから、美少女揃いの銀月の王座に夢想の雷霆、剣の乙女は期待できそうだ。グローリア・ブレイズ? イリヤちゃんには期待してる”
「……サンタコス着た女の子を見れて嬉しい気持ちが理解できるから、あまり強く言えないのが悔しい」
「あはは……」
最近寒いので冷やさないためにタイツを履いて慣れてきているが、そういう目で見られていると明確に分かると、なんだか落ち着かない気分になる。
スカートの裾を軽く引っ張って頬を赤く染めるも、かつてはヨミもこのコメント側の人だったので、彼ら彼女らの気持ちが理解できなくもない。
ノエルもヨミのことをよく知っているため、曖昧に笑って困ったように眉尻を少し下げる。
「……こほん。えー、とりあえず今回のイベントについていろいろと確認してみよう」
「だねー。一部のプレイヤーが血涙流した神兼クソイベントだって聞いたけど」
「なんでそんな相反した評価が一つにまとまってんだよ」
運営は一体どんなクリスマスイベントにしたんだと、ひくりと頬を引きつらせる。
ウィンドウを開いてイベントページに飛び、そこに書かれている詳細に目を通す。
「えーっと、クリスマスイベントはイヴとクリスマス当日の二日間行われる。NPCでもフレンドでもいいので、二人一組になって限定マップ『清し聖愛の町』にある撮影スポットを回り、ツーショットを撮る。指定された場所でツーショットを撮るたびにクリスマスポイントがたまり、クリスマス当日中央にある聖樹の下に現れるサンタクロースからポイントを使ってプレゼントを受け取ることができる。……」
「これさ、言っちゃえばただのカップルイベントじゃない?」
「ノエル、リスナーに核爆弾ぶち込まないであげて」
読んでいて思ったがいったら確実に大ダメージを受けるリスナーが出てくるから黙ったのに、ノエルがそれを言ってしまいコメント欄が阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
「待って、なんか続きがある。なお、一緒に撮影をするためのパートナーを見つけることができなかったプレイヤーは、クリスマス当日にブラックサンタクロースとなり、ペアで行動しているプレイヤーを襲撃してポイントを略奪することが可能……」
「こ、これは……」
「運営はカップルに何か恨みを持ってる人でもいるの?」
SNSでどうして神イベントやリア充爆殺イベントなどと言われている理由がよく分かった。
カップルからすれば楽しくデートをして思い出の写真を撮って回れるが、そうではないプレイヤーからすればただいちゃ付いているのを見せつけられているだけの地獄だ。
しかし一日それを我慢すれば、酷い言葉で言えばクリボッチは運営からお許しを得てカップルを殲滅することができる。
しかも何の冗談か、ブラックサンタクロース化したプレイヤーは使用回数無限の爆弾を持たされて、文字通りリア充を爆発させることができるらしい。
とりあえず、詳細を見て思ったことがある。
「運営トチ狂ってんだろこれ」
こんな運営を行っている最高責任者が美琴の父親である龍博だというのだから、驚きしかない。
もしや、クリスマスも仕事が入ってしまい愛娘と愛妻と過ごすことができないから、その腹いせでこんなイベントを作ったわけじゃないだろうなと疑ってしまう。
”去年のクリスマスはこれで『血と爆炎のクリスマス』って呼ばれてたなあ”
”バレンタインの時もリア充滅殺できる仕様になってて笑ったわ”
”とりあえず運営にはリア充滅すべしスタンスのスタッフがいる”
”素晴らしい、もっとやれ”
”確か同性の友達同士でも回ることができるから、別にカップルイベントってわけじゃないんよな。友達いないからどっちにしろぼっちだけど”
”なお、女の子同士のペアを襲撃すると絶対防御が発動する上に襲い掛かった側にクソ重いペナルティが課せられる模様”
”なんで運営が百合推しなんだよwwwwwwww”
神ゲーと呼ばれるくらい大きなゲームとなり、その分激務になっているのだろう。
仕事詰めで仕事以外のことができないくらい忙しいのに、こういう時にはカップルが集まってイチャイチャする。
これにGOサインを出したのは龍博だろうが、これを作ったスタッフはきっと激務すぎて壊れたところに止めのクリスマスイベントが重なり、『こちとら出会いがないのに、こっちが用意したイベントでイチャイチャするんじゃねえ爆死しろ!』という怨念を込めて作ったのかもしれない。
「ま、まあでも女の子同士なら襲われても襲った側が酷いペナルティを受けるみたいだし、私たちは一応平気じゃない?」
「それはそれでなんだか複雑……」
だが邪魔をされない、離れ離れになることもないと考えればこれはいいシステムだ。どう考えてもスタッフがぶっ壊れた結果にしか思えないのが垣間見えて苦しいが。
とにかく、せっかくのイベントなのだしこの『清し聖愛の町』を歩き回って、ちょっと食べ歩きもしながらイベントを進めてしまおうと、ノエルに手を差し伸べる。
ちょっと目をぱちりと瞬かせてからふわりと微笑み、差し出された手を取って二人で歩き出す。
まずは一番近くにある大きなクリスマスツリーのところに向かう。
「案の定大量のカップルがいるね」
「近くにスイーツ屋さんもある。あ、でもカップル限定だって」
「ぼっちを徹底的に排除してない? これ明日酷いことになりそうなんだけど」
恋人のいないぼっちたちのヘイトをとにかくカップルに向けさせて、翌日のクリスマス当日を地獄絵図にしてやろうという壊れたスタッフの欲望が垣間見えてしまう。
頼むからきちんと休みを取らせてあげてほしいと心の中で龍博にお願いして、ノエルに引っ張られてツリーの近くに行ってそこで二人で並んでピースしながら写真を撮った。
「お? ヨミちゃんとノエルちゃんじゃない。先にここに来たのね」
「あ、美琴さん、カナタさん」
撮影を終えたところで喫茶店に入ると、美琴とカナタが二人で席に着いていた。
二人の前にはハートの形をした分厚いふわふわのパンケーキがあり、二人でそれを切り分けて食べていた。
「ここが一番近かったので。美琴さんたちも?」
「そうよ。去年もこのお店があったからあるかと思って真っ先に来たの」
「美琴は甘いものが大好きですからね。リアルで食べることを制限している分、こっちではとにかく甘いものばかりで」
「モデルをやればカナタも私の気持ちが分かると思うわよ」
「私は美琴のように目立つつもりはありませんので」
そう言ってカナタは綺麗な所作でパンケーキを口に運び、ものすごく幸せそうな顔をする。
数秒間その顔をしていたが、ヨミの横にカメラがあることに気付いて瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にして、今更遅すぎるが凛とした表情になる。
「なんだかんだでカナタだって甘いもの大好きじゃないの。というか、さっきのクリパの時もしっかりケーキを食べてたのに、こっちでパンケーキも食べるのね」
「それは美琴にも同じことが言えますよ」
「あはは……。ところでサクラさんたちは?」
「サクラは妹のオーリちゃんを連れて先に進んだわ。トーチちゃんとルナちゃんも同じで先に進んでる。ちょっと前にトーチちゃんたちが大きな赤い靴下にすっぽり入ってる写真が来たわ」
「何それ超気になるんですけど」
そんなの絶対に可愛いに決まっている。
見せてほしいと言ったらちょっと考えてから見せてくれて、超ビッグサイズの赤い靴下の中に二人で入っているのを見せてくれた。可愛い以外の言葉が出てこなかった。
「これは是非とも、私たちも行かないとね」
「というかこれもイベントでポイント貰える場所だから、結局行くことにはなってただろうね」
「かもね。よし、じゃあ次はここに行こう。その前に、ここのパンケーキ食べてこ」
「食いしん坊め」
「むっ。甘党のヨミちゃんには言われたくないかも」
「ノエルだって甘党でしょうが」
せっかくなので美琴たちと一緒の席に着いて、四人で楽しく雑談しながらパンケーキとコーヒーを楽しんだ。
窓側の席だったので、明るく飾り付けられた雪の降る街を眺めていたら、ヘカテーに引っ張られているシエルを見かけた。
ちょっと困ったような顔をしていたので、ヘカテーに見つかってそのまま連れ回されたのだろう。
「シエルって結構年下に好かれやすい?」
「身長高いし、我が弟ながら中々のイケメンだし、プロゲーマーだしね。でもヘカテーちゃんの場合は、異性うんぬんよりも頼りになるお兄さん程度の認識じゃないかな」
「あー、確かにそんな感じの顔だわあれ」
何かをせがんでいたヘカテーに折れてシエルが彼女を肩車するのを見て、まさにそんな感じだと微笑ましくなる。
肩車されたヘカテーがシエルの頭をぺしぺしと軽く叩いて何かを話し、そのままツリーから離れて別の場所に向かって行った。
「なんていうか、微笑ましいわねー」
「本当ですね。シエルさんならいいお兄さんになると思います」
「あの子女の子にはちょっと甘いから」
「ボクには全然甘くないけどね」
「幼馴染だからじゃない?」
元男だからである、とは口が裂けても言えないのでちょっと不貞腐れたように頬を膨らませて演技しておく。
パンケーキとコーヒーを平らげた後、美琴たちとは喫茶店の前で別れて別々の撮影スポットに向かった。
ヨミとノエルは真っすぐ、先ほど美琴に見せてもらった大きな赤い靴下がある場所へ、美琴とカナタは大きな雪だるまがあるという場所へ。
大きな靴下がある場所にはカップルというより、トーチとルナ、ヘカテーくらいの子供に人気なようでちびっ子たちでいっぱいだった。
ヘカテーとシエルもいるかと思い見回してみたがおらず、見かけたらいっちょシエルをからかってやろうかと思っていたので、ちょっと残念だった。
ノエルと一緒に靴下の中に入って撮影し、しっかりとポイントを貰うとポイントとは別の飴交換券なるものを貰ったので、それでキャンディケインと交換して二人で舐めたり齧ったりした。
「ところでなんでサンタコスなんだろうね」
「運営はイベント中のマップ内を監視してるだろうし、合法的にサンタコスを着た女の子が見たかったんじゃない?」
「そうかなぁ? まあ、おかげで私は可愛いサンタヨミちゃんが見れて満足だけど」
「…………ボクはちょっと、不満はあるけどね」
「似合ってない?」
「似合ってるよ。似合ってるからこその、不満っていうか、なんというか」
「……へぇ~?」
「っ、もうこれ以上は何も言わない! ほら行くよ!」
「わっ、そんなに引っ張らないでよー」




