リベンジマッチ
命のストックを確保し終え、森の中で遭難してゴースト系エネミーに追いかけ回されギャン泣きしてから二時間。
ちょっとふらふらになりながらも波寄町に戻ってこれて、感動のあまり町の入り口付近で膝から崩れ落ちた。
時間も時間だったので、セーブポイントの宿に戻って配信をそのまま続行したままAFK表示にして、お風呂に入ってから再度ログインした。
”眠ってるように見えるヨミちゃんhshs”
”カメラ君ずっと上半身ばかり映してる。いやいいんだよ? 超可愛い推しの寝顔が見られて大変満足なんだけどね? できれば太もももちょーっとだけ映してほしいかな”
”配信中だし、利用中の部屋には他プレイヤーは入れないようになっているけど、こんな可愛い女の子が無防備に寝ていると思うと……”
”可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い”
”必ず一人、可愛い以外のコメントを打たない奴いるよな。可愛いを素直に言えて偉い”
”ノエルお姉ちゃんもヨミちゃんの配信観てるっぽいし、今頃この寝顔見てニマニマしてるのかな”
”キマシタワーな関係であってほしい。ヨミちゃん×ノエルお姉ちゃんの百合百合がたくさん見たいし何ならちゅーしててくれたらもっと嬉しい”
「人が離れてる間に何話してんだ変態共!?」
戻ってきて早々変態コメントを大量に目にしてしまい、ぐいっとスカートの裾を引っ張り顔を赤くする。
急いで配信を遡って確認してみるが、幸い上半身だけを映しており大丈夫そうだった。
寝顔のドアップや妙に口元に近付いたり、お腹に近付いたりしているのは不可解だが。あとカメラが顔の横に来て、まるで添い寝でもしているような構図になっているのもあり、うちのカメラに人の意思でも宿っているのではないかと疑ってしまう。
「お風呂から戻ってきました。気分すっきり。というわけで妖鎧武者に再チャレンジします」
”ロr……小柄JKのお風呂上り……”
”絶対いい匂いする奴”
”ここは敢えて、ノエルお姉ちゃんと同じ匂いがするに一票”
”心なしかお風呂上り特有の、体温上って上気した頬が見える気がする”
”妄想が捗りますねクォレワ”
「なんですぐにそういう変態的妄想をするのかな。流石の寛容なボクでも、あまりひどいと本当にコメ欄閉鎖するよ? 寂しくなるけど」
再度警告をすると一斉に謝罪コメントが流れて来た。
認めたくはないが、こうして恐らく男性が大多数であろうリスナーを手玉に取っているのはちょっと気持ちよく感じ、ぞくりと少し体を震わせる。
だんだんいけないほうに扉が開こうとしているのを感じ、心の中で繰り返し自分はノーマルだと言い聞かせる。
だがリアルの方でのえるにやって来た数々の行為を思い出し、小柄な自分が力で抑え込んでしまいそれに慌てて真っ赤になるのえるを見て、言い逃れできないほどぞくぞくとした気持ちよさを覚えたのを思い出す。
イケナイ思考の渦に入り込んでいると頭を振り、ベッドから降りて軽くストレッチをしてから宿を出て松の森に入る。
あれがこの森の中にいるものなのか、あるいは何かしらの条件を満たすことでのみ現れるものなのかは不明だ。
お風呂に入っている間にもちょっと調べてみたが、妖鎧武者というエネミー自体はヒノイズル皇国内で発見されているが、報告数が極端に少ないいわゆるレアエネミーであることが分かった。
レアエネミーなだけあって戦闘能力は非常に高く、所持している武器に個体ごとの違いはあれど、メインは刀で稀に槍や薙刀、弓矢持ちがいるという。
どれもが戦技などは一切使ってこず、純粋なフィジカルと剣術で戦闘を仕掛けてくるそうだが、ヨミが戦った妖鎧武者はそれとは少し違うようだ。
「少なくとも、あれを倒したからといって戦技を習得できるわけじゃなさそうだね。刀戦技習得条件の一つではありそうだけど」
あの妖鎧武者は確かに強いが、グランドのような理不尽急な強さではなく卓越した技術によって支えられている強さだ。
剣道五段や六段持ちのご老人の、肉体は全盛期を通り越しているが衰えたフィジカルを技術で補い、若者の剣道家を倒しているようなものだ。
もっとも、あれは高いフィジカルに化け物技量の合わせ技でそれはそれで理不尽だが、普通にダメージは通るしHPもそこまで多くはないので、グランド関連程の理不尽さはない。
「よし、というわけで早速奴と戦った場所まで戻ってきたわけだけど……まあいないよね」
ヨミが敗れた場所に戻ってきたが、案の定妖鎧武者はそこにいない。
あの時は何をやっていたかと振り返り、直前にマツタケマンドレイクを引っこ抜いていたのを思い出す。
「まさかあのキノコ竜みたいに、絶叫松茸を奪われたくないから来たとかじゃないよね?」
”いやいやまっさかー”
”いざ尋常に勝負って言ってたし、レアエネミーだからただの偶然じゃね?”
”でもタイミング的には絶叫松茸抜いた直後なんよな”
”もっかい絶叫松茸探してみる?”
「いや、流石に勝手に取るのはよくないから、森の中を探し回ってみる……」
話している途中で足音が聞こえたので振り返る。そこには、先ほどヨミが敗れた一メートルほどの刀身を持つ長刀を背負った妖鎧武者がいた。
「必要はなくなったね」
ブリッツグライフェンを装備し、さっきは刀で合わせていき動き出しを常に潰されるように戦われたので、久しぶりに右手に片手剣左手に少し大きめのナイフに変形させた相棒を装備する。
長刀を引き抜いている間にバフ系を起動し、腰を落として構える。
「イ、ザ……尋常、ニ……勝、負……」
「そのセリフ、二回目だね! 次はもう言わせない!」
「隼!」
開幕移動用戦技を使って間合いを詰めて来た。
刀は左側に構えられており、まるで抜刀術でも放とうとしているようだ。
「告天子」
「『ノヴァストライク』!」
抜刀術のように放たれた攻撃を、真垂直の振り下ろし片手剣戦技で迎え撃つ。
澄んだ金属音が森の中に響き、鳥たちがバサバサと音を立てて羽ばたき逃げ出す。
ヨミが上から押し込むような形で鍔迫り合いに持ち込むが、妖鎧武者が両手で長刀をしっかりと持つとエフェクトがかかる。
「緋連雀!」
「そんなんまであるの!?」
鍔迫り合いの状態からでも発動する戦技とか聞いたことがないと、完全に初見の技なので大きく後ろに下がり回避する。
直後に首と胴があった場所を鋭い斬撃が通過していき、なんていうものを隠し持っているんだと笑みを浮かべる。
「隼───火杭鳥!」
「エネミーが戦技連結使ってくんなぁ!?」
多分正確には戦技連結ではないのだろうが、それでも戦技を連続して使ってきているので似たようなものだ。
ただでさえすさまじい速度での突き技の『火杭鳥』が、高速移動戦技『隼』によってさらに加速しており、転ぶように回避して刃が首の皮一枚を掠めていった。
ころんと転がって起き上がろうとすると、ズドンッ! という音を立てて踏み込んで来た。
これは回避は無理だと避けることを諦めて、魔術を使用する。
「『ブラッドドレインスキューア』!」
牽制程度にしかならないが、足元から妖鎧武者に向かって血の串を伸ばし、攻撃をキャンセルさせて後ろに下がらせる。
即座に影の中に潜って妖鎧武者の足元の影から飛び出るが、分かっているかのような反応速度で振り向きながら首を狙ってくる。
狙いが非常に正確なのであとはタイミングだけだと飛び出ながら行動に移し、不安定な空中にいながらジャストパリィを決めて弾く。
「『ジ・ペネトレイター』!」
体勢を崩しているところに、熟練度70のナイフ戦技を放つ。『アーマーピアッサー』の上位版で高い防御無視性能があるが、射程がめちゃくちゃ短いので実は使い勝手が悪い。
今の距離であれば届くので、少しでもダメージを入れてやると使ったが、弾かれた勢いのまま体を後ろに逸らしてバク転し、左手を蹴り上げて着地してから淡い色から一転して赤いエフェクトをまとわせる。
「火杭鳥!」
「ど、りゃあああああああああああああああああああ!!!」
体術戦技『柳星』で強烈な横蹴りを繰り出して無理やり硬直を帳消しにしながら、斜め下から蹴り上げて繰り出された突きを上に逸らす。
顔面に向かってきたので顔を傾けて直撃を免れ、戦技が終了して僅かな硬直。
それが解けると同時に影に潜って追撃の首を狙った薙ぎ払いを回避して、影から飛び出ながら左手のナイフを投擲する。
当然容易く叩き落とされるがその一瞬だけ動きが止まったので、その間に背中のパーツを足に集めてブーツにして、全力ダッシュしながら詰め寄る。
全放出を使おうとしたが、雑に大技を使おうとしているのを感じ取られたのか『隼』で接近されたのでキャンセルし、暗影魔術『レイヴンウェポン』でナイフを作って二刀流で応戦する。
「二刀流でっ、やってんのにっ、なんでその長さでっ、追い付けんだよっ!」
手数だけで言えばヨミの方が倍近くある。あるはずなのに、長い分振りが遅れる長刀であるにもかかわらず、妖鎧武者は二刀流に対応してきた。
どんな化け物だよと口では悪態を吐きつつ、その口元は非常に楽しそうな笑みを浮かべている。
どんどん加速して手数を増やすが、変わらず長刀一つで捌き切られてやっぱこいつも化け物だと再認識して、エネルギーを消費して脚力を強化し胴体に横蹴りを叩き込み、蹴りの威力に衝撃波が加わり妖鎧武者の鎧に亀裂が入る音を鳴らしながら蹴り飛ばした。




