キノコ狩りにはご注意を
二つ返事で松茸狩りを引き受けたヨミは、十分ほど歩いて松の森に到着し、軽い足取りで森の中に踏み入れた。
花粉症というわけではないが、毎年春になると過ぎやら待つやらの花粉が飛散して酷い目に遭っている人がたくさんいるので、ここでは花粉症の症状はなくても入ることをためらう人はいるだろう。
「松茸松茸どこにあるー」
だがヨミの頭の中は現在松茸でいっぱいであるのと、リアルでも春になるとちょっと鼻が詰まるかな? 程度なので花粉症とは言えないしここはゲームなので恐れるものはないため、非常に軽い足取りで進んでいく。
「えーっと、松茸は松の木の根元に生えているんだっけ。あ、じゃあこれだ」
森に入って少ししたらすぐに松茸を見つける。同じところに二本生えており、どっちも取っちゃいけないのだろうかと思ったが、まあ平気だろうともぎ取る。
「ふへへ……。松茸だぁ……」
スーパーで秋になると売っているのを見かけるが、買ったことは一度もない。そもそもアメリカ産だったりするので、せっかくの松茸を買うんだったら国産にしたいからと手を付けていない。
本物ではないが本物にしか見えない松茸に、少しうっとりとした表情をする。
”これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸これは松茸”
”分かってる。分かってんだよ。分かっててもさぁ……”
”ただでさえキノコ(意味深)っていう風に変な方向に受け取れるのに、そのキノコを美少女が両手で握るとなると、ねえ?”
”変態しかおらんのかここはwwwwwww”
”自前のキノコも元気に育っちゃうじゃないか”
”※ヨミちゃんが松茸狩りをしているのを見ているだけです”
”変な注釈が付くと余計に卑猥だからやめろ!”
「何考えてんだ変態!?」
楽しくなりそうだったキノコ狩りを台無しにされた気分だと牙を剥く。
確かにキノコはそういう意味にも受け取ろうと思えば受け取れなくもないが、今やっていることはまっとうに健全なただのキノコ狩りだ。それをただリスナーが勝手に変に解釈しただけにすぎない。
これ以上変なことを言うのならコメント欄閉鎖するぞと脅したら一瞬で大人しくなったので、これからもリスナー相手に少し強気にならないと制御できなさそうだ。
平穏を取り戻したので再び依頼をこなすために森の中を歩き回り、普通の椎茸のようなキノコから見るからに猛毒がありそうなキノコを収穫していく。
「まつたけまつたけまつたけー♪」
一昔前にいたいわゆるvの者の変な歌を口ずさみながら、見つけた松茸をもぎ取る。
そう言えば以前にもこうやって森の中でキノコを収穫している時に、うろ覚えのきのこの歌を口ずさんでいたなと思い出す。
確かあの時は、やたらとデカいキノコを見つけたので引っこ抜いたのだった。丁度たった今引っこ抜こうと掴んだのと同じくらいの大きさのものを。
「まつたけまつた」
『ピョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
「けえええええええええええええええええええええええええ!?」
やけにデカい松茸と一緒に丸い茎に細い手足のようなものが生えた何かが引っこ抜けて、すさまじい音量で絶叫する。
あんまりにも急な大絶叫でヨミも一緒に叫び、反射的にそれを地面に叩きつけてしまう。
『ぴゃ』
黙った。今のヨミの筋力で割と本気で叩きつけたので、地面に減り込みはしたが爆さんはせずに済んだ。
「び、びっくりしたー……。なんか前にも似たようなことがあったような……。なにこれ? 松茸と……なに?」
なんと言えばいいのかよく分からないので、雑に掴んで持ち上げて調べるコマンドをすると、『マツタケマンドレイク』という名前が表示される。
『【マツタケマンドレイク】
通称絶叫松茸。食用キノコ。肉のようにジューシーで焼いて食べるのがおすすめ。醤油との相性は抜群。キノコの癖に生でも食べられるので、刺身のようにして食べるのもあり。マンドレイクの名が付いているが、引っこ抜いたら叫ぶという特徴が一致しているだけなので、マンドレイクではないので要注意。王侯貴族の好んで食べる高級珍味』
「名前適当すぎじゃない!?」
あまりにも安直すぎる。
というかマッシュルームマンドレイクとほぼ同じ説明だ。違いは、あちらは薬用効果もあったが、こちらは純粋な食用らしい。
あとこんな見た目でも貴族にも好まれるらしい。それほどまでに美味しいとのことなので、とりあえずこれも持って帰ることにする。
「にしても……マッシュルームマンドレイクもそうだけど、この人の顔みたいな茎はどうにかならないかな」
気持ち悪いとかではないしむしろ愛嬌がある方だが、それはそれとして植物に人の顔っぽいのがあるのはなんか嫌だ。
「……食べる時に見ないようにするか、縦に切っちゃえば気にならないかな」
公式が直々に美味いと言っているので、食べないという選択肢はない。
「フレーバーに続きは……ないね。流石にここまで同じじゃなかったか」
絶叫キノコはキノコ竜のインファントマッシュドラコの好物で、奴の縄張り内で勝手に絶叫キノコを引っこ抜くと、泥棒を速攻で潰しにかかってくる。
この絶叫松茸は絶叫キノコの親戚にあたるようなので、もしかしてここにもキノコ竜みたいなのがいるのではないだろうかと警戒したが、特に何もなかった。
ここまで似ているんだったら最後まで似ていろよと思ったが、別にどうでもいいかとインベントリに放り込む。
その後も特に何の妨害もなく、本当にただのおつかいのように指定された数の松茸の収穫が終わった。
想像より数がなかったので森の奥の方まで来てしまっており、あまり日が当たらないほど鬱蒼と生い茂っている。
雰囲気的にゴースト系のエネミーでも出てきそうなのでさっさと戻ろうとマップを開き、踵を返そうとしたところで優れた聴覚が何かをキャッチする。
それは金属同士が擦れる際になるようながしゃがしゃという音で、森の中でそれが聞こえるということはプレイヤーか、鎧を着こんだ何かしかない。
ブリッツグライフェンを展開し、背中に接続パーツ、右手に両手斧形態の相棒を装備していつでも動けるようにと構える。
「……ひゅ」
十秒ほど待ってから、音の正体が姿を見せて、ヨミは喉を鳴らす。
それは誰がどう見ても落ち武者だった。ただし、被っている兜から見える顔は皮膚ではなく、真白などくろであるが。
『ENEMY NAME:妖鎧武者
ヒノイズル皇国にのみ存在するアンデッド系エネミー。かつては生者だったが志半ばで倒れ、未練のみでこの世に残った不浄なる者。行動理由は全て忘れてしまった未練と己の得物で相手を殺したいという破壊衝動のみである。
強さ:非常に強い。一度撤退し装備を整えることを推奨する』
「……マジで言ってる?」
かなり装備が揃い、最強と言われたアーネストにすら勝てるほどにまでなったヨミでも、システムの方から強さだけで言えばヨミよりも相手の方が強いと示される。
ジャイアントキリングは幾度となくやってきているので問題はないが、こんな一般MOBみたいなエネミーを相手にしてそんな表示が出てくること自体が信じられなかった。
ヨミの姿を捕捉した妖鎧武者は、背中に吊るしている長刀を引き抜いて下段に構える。
持っている刀の長さを見て、すぐに佐々木小次郎の物干し竿じゃないかと歓喜するが、その歓喜をすぐに妖鎧武者のビジュアルがかき消す。
「イ、ザ……尋常、ニ……勝、負……」
こんなエネミーは速攻でぶちのめすに限ると『ブラッドイグナイト』と『フィジカルエンハンス』を同時に起動しようとしたところで、妖鎧武者が言葉を発したのでびしりと固まる。
ずしりと、重い足取りでゆっくりとこちらに近付いてきて恐怖がせり上がってくるが、そんなことよりも、
「喋ったああああああああああああああああああああ!?」
見るからに絶対に声帯とかないビジュアルなのに人の言葉を発し、顔を青くして叫ぶ。
直後に『BATTLE START!』の表示がされ、それにはっとなって武器を構えた瞬間、十メートルは離れていたはずの妖鎧武者がいつの間にか間合いの中にいた。
「ッッッ!?」
全身に悪寒を感じ直感で後ろに飛ぶのではなく前に踏み込んでブリッツグライフェンを前に置くと、体が浮きそうなほどの威力の薙ぎ払いがフリッツグライフェンの柄に当たる。
ビジュアルが強烈なので蹴り飛ばしてやろうと胴体に横蹴りを叩き込むが、まるで岩でも蹴っているかのような感触に目を丸くする。
「いくら強化をかけ損ねてるからって重くない!? ひゃあ!?」
伸ばされた右足を切り落とそうと素早く長刀が振り上げられ、切っ先がふっと動いた瞬間に足を引っ込めてぴょんと飛びながら離れる。
ほぼ真後ろを長刀が風切り音を立てながら通過していき、そのまま地面にぶつかるかと思いきやぴたりと止まり、くるりと刃を上に向けてヨミを追いかけるように振り上げて来た。
「燕返しぃ!?」
日本でもっとも有名な剣技の一つである燕返しが放たれて、前に転ぶように回避する。
素早く起き上がろうとすると、またもやいつの間にか間合いに入り込んだ妖鎧武者に長い髪を踏まれて、髪を引っ張られる痛さと共にがくりと姿勢が崩れて自ら首を差し出すような姿勢になる。
「『シャドウダイブ』!」
首筋にチリチリと嫌な予感を感じ、すぐに影に潜る。
体が完全に影に潜り切る直前に、冷たい刃が首に当たったのを感じて影の中で首を抑える。
HPを見ると、HPバーの上に出血マークがあったので、今ので傷付いたようだ。
影の中から飛び出しながら、早速買ったばかりの風魔手裏剣をインベントリから取り出して、それに鎖を巻き付けて体の発条を使って投げ飛ばす。
派手でやかましい、隠密性もくそもない鎖の音を響かせながら一直線に妖鎧武者に向かって行くが、すいっと横にずれるだけで回避されてしまう。
ならばと鎖がこれ以上伸びないようにしてぐいっと引っ張ると、慣れていない武器であることもあり、変な挙動をして木に刺さってしまった。
「やっべ……!?」
これはまずいと鎖から手を離しながら、背中のパーツを前方に集めて盾に変形させると、変形しきる前のほんの僅かな隙間を縫うように長刀が差し込まれ、左の頬を掠めていった。
何もかもが予想外の動きに反応が遅れ、盾を掴もうとするが振り上げられて長刀ごと後ろに投げられてしまう。
これで相手は丸腰、一方で自分は両手斧があると攻撃しようとするが、ほぼノーモーションで左腕が伸ばされて顔面を掴まれる。
恐ろしい力で頭を掴まれそれだけでHPが減っていき、逃げようとあがこうとした瞬間に思い切り地面に叩きつけられて肺の中の空気を全て吐き出す。
「か、は……!?」
視界がチカチカと点滅して体から力が抜けそうになるが、ぴっと右手の指を立てた手刀で喉を狙ってきたので、顔を逸らしてギリギリで回避して再び影に潜って投げ飛ばされた盾の方に移動する。
「マジか……。ただの一般MOBだと思ってたけど、とんでもない。これはレアエネミーか何かかな?」
全身グランド装備で固めているヨミが、まだ強化をかけていない状態とはいえど防戦一方に追い込まれるほどの強者。
理由はシンプルに、筋力の強さではなく全ての行動が常にヨミよりも先にあるからだ。
こちらの攻撃が始まる前に向こうが攻撃を仕掛け、攻撃をさせない。それを徹底しており、妖鎧武者は自分に有利な状況を作り続けている。
ただのAI、されど神ゲーと評されるFDO屈指の怪物AI。
それによって制御され、プレイヤー最強格にまで短期間で上り詰めたヨミを追い込んでいる。
力の強さでの格上でなく、技術での格上。これは、なんとしてでも勝ちたいなと、ニィっと三日月のような笑みを浮かべる。
盾を分解してパーツを背中に集め、長刀を妖鎧武者の方に向かって放り投げる。
「取れよ、骸骨武者。お前、剣術に自信があるんだろ? だったらお前のそのご自慢の剣術を、ボクが真っ向から捻じ伏せて勝ってやる」
前腕を覆う腕甲とブーツ、そして刀形態に変形させる。
相手が刀でやってくるのなら、こちらもそれで挑んで真っ向から捻じ伏せる。それでこそゲーマーというものだろうと、笑みを浮かべる。
妖鎧武者は長刀を拾い上げると大上段に構え、ヨミは腰を深く落として下段に構える。
ひゅう、と強い風が吹いてさわさわと草葉を揺らす。
「シ───」
「せぇえええええええええい!」
草が揺れる音が止まると同時に踏み出して、妖鎧武者が大上段に構えた長刀を振り下ろし、『ブラッドイグナイト』と『フィジカルエンハンス』、腕甲状態のエネルギー消費による腕力強化を合わせてヨミが下から刀を振り上げる。
ギィンッ! という澄んだ金属音が森に響き、ヨミは恐怖なんて忘れてこれから繰り広げられる戦いに胸を躍らせた。




