蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を 16
三度血の魔王が降臨し、ヨミが武装状態で最大速度で疾走する。
『小賢しい真似を! 何度やろうと、私には勝てぬぞ!』
「はっ! 逆鱗ぶっ壊されて瀕死なくせしてよく言うよ!」
走る速度をさらに上げる。
エマは大丈夫かと視線を一瞬だけ巡らせると、フレイヤが保護して後方に移動していた。
そのすぐ隣でステラがアスカロンを両手でしっかりと構えており、いつでも固有戦技が使えるようにしている。
この戦いは、ステラとエマの故郷と親の仇取りのようなものだ。プレイヤーが主体ではあるが、プレイヤーだけで決着を着けてはいけない。
ゴルドフレイが機関銃のようにブレスを連射してくるが、逆鱗を壊された影響か威力にかなりのばらつきがある。だが広い範囲にばら撒くように放ってくるため、少し近寄りづらい。
せっかくノエルが自分の命を投げ捨てて、この一分に繋げてくれたのだ。それを無駄にするわけにはいかない。
思考速度が加速する。徐々に世界が色あせていき、音が遠のき、時間の流れが遅くなる。
じん、と頭に痛みのような、熱のようなものを感じる。弾幕のように張られているブレスの情報が多いからだろうか。
先ほど、また不可解なものが視界の端に映った 。それが何なのかはまだ見ていないが、それが見えた途端に身体能力が少し上がったように感じる。
複数の身体強化バフを重ね掛けし、熟練度に応じて上昇幅が変わる血濡れの殺人姫。その合わせ技は、本気を出しすぎると制御をミスしてしまうが、熱を持つほど思考加速した今ならば制御できる。
ほんの僅かな隙間を見つけて、それをすり抜けるように走る。回避する時間すら惜しいので、回避行動を最小限にしつつそれをそのままに前進し続ける。
音が遠のいた自分の世界で、耳元からシェリアが何かを話しているが、ヨミには届かない。
左に避け、姿勢を低くして避け、跳躍しながら前に進み、血の武器を作って足場にして、鎖を飛ばし、空中で体を捻り、影に落ちて掻い潜る。
今自分が他のプレイヤーからどんな動きをしているのかなんて分からない。余計な思考はノイズだと、シャットアウトする。
「よお! ここまで来たぜ、ゴルドフレイ!」
ずしりと、強く踏み込みながら三日月のような笑みを浮かべる。残っている時間は四十秒弱。余裕はまだある。
じんじんと頭が痛み始めてきて、あまり長時間の行動はできないと判断して、ブリッツグライフェンを大鎌に変形させる。
遅くなった世界でその変形すらもどかしく感じるほど遅く見えてしまう。
ようやく変形が終わったので戦技を使おうと振りかざすが、エフェクトが発生するのが遅すぎる。なので戦技の初動を検知される前に動き、自分の体一つで戦技の動きをトレースする。
システムアシストのない自力での戦技攻撃なので硬直というものがなく、ひたすらにトレースした戦技を連射していく。
ゆっくりとした動きで右の前脚で攻撃してきたので、全身の力を使って斧戦技『ランぺージ』を大鎌で再現して、それで力任せパリィで受け流す。
びりびりと強い衝撃を受けて腕が痺れそうになるが、ぎりっと強く食いしばり気合で力が抜けそうになるのを堪え、武器がすっぽ抜けないように抑え込む。
HPを見ると完全に受け流し切れていなかったようで、二割ほど削れてしまっている。それほどまでに強い攻撃だったらしいが、自己回復能力が上がっているのは無視していい。
じんじんという痛みが、ずきずきと重くなってきた。ゆっくりだった世界が徐々に早さを取り戻し、遠のいていた音も、褪せていた色も、戻りつつある。
長時間の戦闘による疲弊もあり、このゾーンの状態も長いこと維持できない。息もかなり上がってきて、集中が乱れてきている。
「ああああああああああああああああああああああああああ!!」
まだ終われないと獣のような雄叫びを上げて、ゴルドフレイの体にひたすらに武器を叩き込み続ける。
持続時間が減ることを代償に血の武器を三つ作り、自分の攻撃に合わせて追撃を仕掛けるように命令を出して、ブリッツグライフェンで攻撃した場所に三つ続けて追撃を入れる。
とにかく1ドットでも多く削る。残りの持続時間的に見れば、逆鱗を攻撃しなければ削り切れないが、奴はそこを最大限警戒しているため狙うことができない。
ならヨミは最後のきっかけを作ればいい。ここにいるのは、ヨミだけじゃない。
集中が完全に切れる。音も色も時間の流れも全て元通りになる。頭痛が酷く、頭の回転が鈍くなる。
途端に動きが悪くなったところに、ゴルドフレイがブレスを放ってきた。反射的に盾に変形させて身を隠すが、左腕と右足がはみ出てしまい消滅してしまう。
「っ、スイッチ!!」
悔しいことこの上ないが、血濡れの殺人姫は持続していてももう使い物にならないので、残りは任せることにする。
アーネストとフレイヤが入れ替わるように飛び出していき、フレイヤはガンランスをゼロ距離で砲撃して、アーネストも至近距離でアロンダイトを開放する。
ほぼ同時に繰り出された高威力の砲撃と光の斬撃に体が大きく傾き、ようやく地面に胴体を付けて倒れる。
「愛しのロマン兵器が犠牲になるのは嫌ですけど……! 制限解除!」
ゴルドフレイの眼前に着地したフレイヤが、何やらものすごく葛藤したのちに覚悟を決めて、ガンランスをどしりと構える。
丁度砲口が見える位置にいるのだが、ガンランスの砲口にすさまじいエネルギーが収束していくのが確認できる。同時に、少し離れていてもみしみしという明らかにただじゃ済まないであろう音が聞こえてくる。
ゴルドフレイもそれを食らったら危険だと本能で感じているのか、起き上がろうとするがアーネストがアロンダイトを乱射するという強硬手段に出たため、起き上がれずに地面に押さえつけられる。
「葬竜砲!」
フレイヤが引き金を引く。溜められたエネルギーが解放され、まるでドラゴンの咆哮のような砲声が響く。
反動で撃ったフレイヤが吹っ飛んで行くが、その威力の高さを証明するように右目を破壊しHPをごっそりと減らしていた。
残りのHP総量は、一本も残っていない。ならば、後は彼女の番だ。
「ステラさん!」
叫ぶよりも先に、既に彼女は剣を掲げてその名を開放していた。
輝く銀の剣の塔が、空を貫かんとそびえたつ。
それはヨミたちにとっては勝利の光で。
それは金竜王にとっては破滅の光。
「ギャアアアアアアアアアアア!?」
威圧する咆哮でも、怒りの咆哮でもない、純粋な恐怖を前にしてあげる悲鳴。
果たしてその恐怖は、振り下ろされんとしている銀の剣の塔に対するものなのか、あるいは全ての諸悪の根源である竜神に対してのものなのか。ヨミには分からない。
「やれえええええええええええええええええええ!!」
ヨミが叫ぶ。アーネストも、フレイヤも、美琴も、リタも、ノエル、シエル、ヘカテー、ゼーレ、ジン、カナタ、サクラ、クルル、リオン、シェリア、トーマス、アイザック、他プレイヤー全員が、声をそろえる。
かつてはNPCがヨミを信じて協力した。ならば今回は、プレイヤーが一人のNPCを信じて協力する。
「───『祝福されし聖人の剣』!!!!!」
ステラが振り下ろす瞬間、ヨミは彼女の後ろに何かが見えたような気がした。ほんの一瞬で見間違いだったかもしれないが、背の高い男性で、ステラを後ろから抱くようにして手を重ね、一緒に剣を振り下ろしているように見えた。
特大の銀の斬撃が放たれ、地面を裂きながら進む。それを恐れたゴルドフレイが逃げようと起き上がるが、両目を潰され視界を失っている状態であるため、誰がどのように接近しているのかに気付かない。
「逃がすかああああああああああああああああああああああああ!!」
葬竜砲の反動で吹っ飛んでいたフレイヤが、背中から翼を生やしてアスカロンよりも速く動く。
あの翼も制限を突破して使っているようで、砕けていく羽がパラパラと端から散っていく。その甲斐もあって斬撃よりも先にゴルドフレイの下に辿り着き、十字架で顔面をぶん殴って地面に殴り倒す。。
「領域・凍結封印!」
空間凍結が発動し、動きを封じる。その最後の一手が、全てを決着に導いた。
身動きが取れなくなったゴルドフレイにアスカロンが衝突し、HPを削っていく。ステラが最後に狙った場所は、ゴルドフレイの砕けた逆鱗。
すさまじい悲鳴を上げるが、空間そのものを封じられてしまってはどうしようもなく、最後のあがきすら許されずに竜特効の銀の一撃が叩き込まれる。
一本も残されていなかったHPはその一撃で一気に減り、レッドゾーンに突入し、減少速度が低下して少しずつ減ったのちに、完全になくなりHPバーが消失する。
『あ……あぁ……そんな……。私が……この、私……が……』
『DESTROY』の表示と共にHPバーが消失し、王が最後の言葉を漏らし、それっきり動かなくなる。
空間凍結が解除され自由となっても、起き上がらない。
シン……、と誰一人として言葉を発さない中、500人のプレイヤーの前に突如ウィンドウが表示される。
『GRAND ENEMY【LORD OF GOLD :GOLDFLY】 SLAYED』
『WORLD ANNOUNCEMENT:グランドエネミー金竜王ゴルドフレイが討伐されました』
『WORLD ANNOUNCEMENT:グランドエネミー討伐に伴い、グランドクエストEX【かつて夢見た空想の運命】が進行します』
『RAID ANNOUNCEMENT:参加した全てのプレイヤーが称号【王に反逆せし者リベリオン】を獲得しました』
『RAID ANNOUNCEMENT:参加した全てのプレイヤーが称号【金色の王座を砕きし者】を獲得しました』
『RAID ANNOUNCEMENT:ラストアタックプレイヤー:フレイヤ(NPC:ステラ・リーベ・エヴァンデールと共同)』
『RAID ANNOUNCEMENT:グランドクエスト:【蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を】をクリアしました。帰還後、報酬の受け取りが可能です』
『PERSONAL ANNOUNCEMENT:ショートストーリークエスト:【金色より祖国を追われし小さな星と大きな愛】をクリアしました。帰還後、報酬の受け取りが可能です』
『PERSONAL ANNOUNCEMENT:ショートストーリークエスト:【心折れた夜の姫は、愛を胸に立ち上がる】をクリアしました。帰還後、報酬の受け取りが可能です』
目にするのは二度目の、『SLAYED』の表示。紛れもない、王殺しを達成した証拠。
「……勝った」
誰かがぽつりと零す。それを皮切りにざわざわと波紋のように広がっていく。
「……っ、私たちの、勝ちです!!!!!!!」
最後の一撃を決めたステラが、アスカロンを空に掲げながら叫ぶ。それが決定打となり、決壊する。
「……~~~~勝ったああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
遂に誰かが耐えきれなくなり、大声を上げる。それを聞いた全員は、その感情を爆発させた。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』
参加できると思っていなかったグランド戦に参加できたのみならず、最後まで戦い抜いて勝利した全員が、勝鬨の声を上げる。
「あ゛~……、しんど……」
戦闘時間はアンボルトの時よりも長かった。疲労がすさまじい。こっちの世界の体はもう動かしたくないくらい疲れ切っているし、現実に戻っても数時間はベッドの上から動かしたくないくらいだ。
「お姉様!」
ひょこひょことちょっとぎこちない感じでエマが走ってくる。
地面に大の字に倒れ込んでいたヨミを心配そうにのぞき込んで来たが、ただ疲れているだけだと分かると安堵し、すぐにじわりと涙を浮かべて泣きそうになる。
「……やったね」
「あぁ……」
「これでもう、空を怯えずに見上げることもできる。飛ぶこともできる。空を恐怖と破滅で支配していた化け物はもういない」
「あぁっ……」
「だからさ、もう思いっきり泣いたっていいよ。私は全部やり切ったんだ、恐怖に立ち向かって一緒に打ち砕いたんだって、空に向かって好きなだけ叫んだっていいんだよ」
「……泣き顔はっ、見られたくないっ……」
「そっか。じゃあ、こんなボロボロで悪いけど、少しボクの胸を貸してあげるよ」
怠すぎる体に鞭打って起き上がらせて、エマをそっと抱き寄せる。ささやかな胸に彼女の顔を埋めさせると、すぐにぎゅっと抱き着き返してくる。
「お父様、お母様……私は……やり遂げました……! お父様とお母さまの仇を……祖国の仇を……、取ることが……」
小さく絞り出したような掠れた声で、まるで誰かに報告するかのように呟くエマ。
小さく体を振るわせる彼女の頭を優しく撫でていると、今度はステラがやってくる。
彼女も今にも泣きそうな顔をしており、自分の小さな体では二人は定員オーバーになるなと苦笑しつつも、左腕を横に広げる。
「……ぅ、うああああああああああああああああああああああ!!」
ぐっと何かを堪えるような顔をしてからステラが飛び込んできて、エマとは違ってすぐに嗚咽を漏らし始める。
「バカ、ステラ……。せっかく……せっかく私が泣くのを、堪えて、こらえて……うああああああああああああああん!!」
エマとステラ、二人の亡国のお姫様が、一人の魔王様な少女の胸を借りて泣きじゃくる。
このままじゃ動けないなと困ったような笑みを浮かべ、両手で二人の頭を優しく撫で続ける。
参加している全員も、配信を見ているリスナーも、二人の境遇をよく知っているからか何か言い表せないような視線や変態コメントなどが控えられており、温かい視線や『よく頑張ったね』『お疲れ様』などのコメントで溢れかえっていた。
こうして、四色最強の金竜王ゴルドフレイの討伐が完了し、世界がまた一つ、平和へと向かった。




