蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を 15
ブリッツグライフェンを足に叩きつけると、羽虫を払うかのように振るって押し飛ばされるが、着地と同時に影に潜って再度肉薄。
体も足も何もかもが大きいのでただの振り払いでも大きく押し退けられてしまうため、胴体に張り付く時以外では足をどうにかしないといけない。
かといって胴体が安全かと言われれば全くそんなことはなく、飛ぶための噴射孔を潰さなければ常に危険な状態だ。
噴射孔はゴルドフレイが極音速以上の速度で飛ぶための推進力を生みだすので、潰すにしても耐久値が恐ろしく高いだろうから、物理的に破壊するのは困難。
ならば氷か何かで覆ってしまえば行けるかと思ったが、最初にフレイヤはそれをやって不可能なのが実証済み。
噴射できないようにするにはやはり破壊が一番だが、頑張って破壊しようにも動き回るのでできない。
結局魔術師組で空間凍結に頼るしか方法がなく、魔術師組に負担をかけてしまう。
「いい加減ヨミちゃんとステラ王女殿下のためにもぶっ倒れろやああああああああああああ!!」
「早くお姫様の泣き笑いを見させてくれえええええええええええええええええええ!!」
「ステラ様に泣いて感謝されたいんだよ俺はよ! だから、さっさと倒れろこのクソトカゲえええええええええええええええええ!」
あまりにも長時間戦闘が続いているからか、あるいは元からこうなのか、血走った目の一部のプレイヤーが訳の分からないことを叫びながら突撃していき、大ダメージを受けて戻っていく。
そう言えばコメント欄とかで、ゴルドフレイのグランドクエストをクリアしたら多分ステラが泣いて感謝するだろうからそれが見たい、というコメントが書き込まれていたことを思い出す。
美少女の笑顔や涙というのは、男にとってやる気を爆発させる起爆剤だ。
ステラは今やすっかりとお肉が付いて、当初のやせ細った姿から健康的な美少女へと戻り、痩せてもなお衰えぬ美貌に磨きがかかっている。
そこに王族としての気品や仕草の上品さなどが加わることで、単純な男たちは瞬く間に魅了された。
更にエマやヨミ、アルマ、アリアたちと過ごすことで笑顔が増え、エマがからかったりすることでふてくされて頬を膨らませたり、箱入り娘だったため非常に初心で、エマに何か言われて顔を真っ赤にして慌てふためく姿を何度も配信で見せたことで、かなりのファンを獲得している。
この戦いにはヨミのみならず、美琴やフレイヤ、クルル、シェリアの有名女性配信者のファンやリスナーがかなり参加しているが、ステラのファンになったプレイヤーも当然かなり参加している。
惚れた女の子の笑顔を見るためなら、バーサーカーになることもいとわないような連中だ。惚れた女の子が恐怖を堪えて戦いに参加すればそれだけで士気は爆発するし、惚れた女の子が危険にさらされれば命を投げ出してでも守ろうとする。
「『ウェポンアウェイク』───『祝福されし聖人の剣』!」
プレイヤーたちがステラの射線に被らないように道を作り、ステラがその道に沿って固有戦技を放つ。
巨大な銀色の光の奔流が真っすぐゴルドフレイに向かって行くが、何度も食らわないと避けられる。
戦いにおいて弱いものから狙うのは定石なため、この戦場で一番戦闘能力が低いステラを狙ってブレスが放たれようとするが、グローリア・ブレイズのダビデが空間凍結で動きそのものを封ようと呪文を唱える。
『貴様かぁ!』
「うおぉ!?」
詠唱途中でゴルドフレイがダビデの方を向き、短いチャージからのブレスを放つ。
ダビデは純魔でVITやSTRを犠牲にしてMP総量と魔術の威力に特化したステ振りであるため、短いチャージブレスでも食らったら致命傷だ。
咄嗟に結界を張ることでギリギリ防ぐが、続けて二発目が放たれて結界が破壊される。
「防いだらすぐに逃げる!」
「わ、悪い!」
イリヤが辛うじて『クイックドライブ』で間に合い盾で防いだので事なきを得たが、軽く一喝受けて走っていくダビデ。
もう大分リソースがなくなってきており、HPとMPを回復させるポーションも底を尽きかけている。
何しろ一発一発が重い攻撃をジャブ感覚で打ってくるのだ。ヨミはHPもMPも自己回復能力がかなり高めなのでまだ多少余裕はあるが、ストックはそうもいかない。
フレイヤのアスクレピオスという杖型の魔導兵装も未完成ゆえに使用制限があるため何度も使えず、アーネストは自己回復能力が低いのでそろそろ回復が尽きそうだと言っていた。
トーマスやシエルらガンナーが回復弾を使ってサポートをしてくれているが、彼らもMPが尽きてしまえば弾丸魔術は使えなくなる。
幸い逆鱗への攻撃のおかげもあり厄介な隕石攻撃は仕掛けてこなくなり、音速タックルも姿勢が不安定で自傷するので頻度が落ちている。
今のうちに仕留めてしまうのがベストなので接近するが、ゴルドフレイは回復するために時間を稼ぐような行動をとり始め、中々弱点部位に攻撃を仕掛けられない。
何か一つ、きっかけさえあればと歯噛みしていると、突然ゴルドフレイの視線が飛ぶ。
どこに目を向けたのかと見ると、奴の視線の先には全身を真っ赤に染め上げたエマがいた。
「バカ……!?」
『血濡れの殺人姫』は一分しか持続しない短期決戦用スキル。解除後は大幅な弱体化を受け、ろくに体も動かせない。
いくらエマに命のストックがあるとはいえ、無茶はさせられない。
ギリッと歯軋りしてから、残っている月光ゲージ全てを消費してブリッツグライフェンを片手剣形態に切り替えて、少しだけ溜まったエネルギーを全て消費する。
「『ウェポンアウェイク・全放出』───『雷禍・剣撃』!」
発動している時間が短ければ短いだけ射程と威力が上昇する、片手剣形態の固有戦技を発動。それに月光戦技を上乗せすることで射程をさらに伸ばし、剣の間合いの十倍以上まで拡張して美琴が胴体に刻んだ傷に攻撃を入れて注意を向ける。
血濡れの殺人姫は途中で解除させれば弱体化が多少軽減されるので、今のうちに解除させようと声を上げようとした瞬間、エマからヘイトが剥がれヨミの方に向いたのを狙って彼女が懐に潜り込んで飛び上がり、斬赫爪を体の発条を使い全力で振るって逆鱗に叩き込む。
度重なる攻撃に亀裂が入っており、大幅な強化が入る血濡れの殺人姫状態で全力の一撃が入れられた逆鱗は、遂に限界を迎えて斬赫爪が半ばまで突き刺さる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
HPが一気に減り、残り一本と四割となる。それを見た瞬間、ヨミが駆け出す。
「───『血濡れの殺人姫』ァ!!」
血液の補給なんてやってる場合じゃないと、少ない状態で発動させる。アーネストも美琴もフレイヤも、他のプレイヤーたちも一斉に攻撃を開始する。
ゴルドフレイがエマを掴み、力任せに投げ飛ばしたのでブリッツグライフェンを全部背中に集めて武装解除状態となり、カンストさせた疾走スキルを発動させてその場から掻き消える速度で駆ける。
地面に叩きつけられる前にエマを抱きかかえて、ブーツの底を地面で削りながら停止する。
「お姉───」
「バカ! 死なないからって無茶するな!」
「うっ……」
「ボクもこれ使って時間があまりないから説教は後で! まずは、あいつをぶちのめす!」
それだけ言ってエマをその場において再び走る。途中で跳躍して大鎌形態にしたブリッツグライフェンを装備し、左手で影の鎖を伸ばして巻き付けてスイングで接近しようとするが、鎖を引き千切られてしまう。
血液量が最大ではなかったので持続時間が短く、鎖を千切られて速度が落ちてしまったのでその分の時間をロスしたと舌打ちして、着地と同時に影に潜って接近する。
せめて一発だけでもまずは打ち込んでやると飛び出すと同時に脚に攻撃して鱗を少し削る。
月光状態は解除されたので、星月の耳飾りで月下美人状態に移行し、月魔術を使って自分にバフを重ねていく。
一か所に留まらずに激しく動き回りながらとにかく少しでもHPを削って行っていると、時間切れを起こして月下美人状態と月魔術バフを除いた全ての血魔術系のバフが切れる。
「『ソウルサクリファイス』!」
少ない命を生贄に奉げ、再び血の魔王として降臨する。
血液量が最大まで回復したおかげで最大時間まで持続可能となるが、ストックがあと一つしかないのでこれで決めなければいけない。
残り一分で仕留めるには、やはり逆鱗に一撃入れるしかない。
エマが突き刺した斬赫爪はそのまま刺さった状態で放置されているので、あれに接近して暗影魔術の極大魔術を使えば決着を着けられる。
なのでそれを狙って走るが、奴はそう簡単には近付かせないと大暴れする。
近接職のプレイヤーたちが次々と踏み潰されて行き、タンクも防御を重ねるが蹂躙される。
空間凍結を試みようとする魔術師たちは、ブレスを薙ぎ払われることで詠唱を中断せざるを得ず、中々凍結できない。
ここにきてまた行動が大きく変化し始めてしまい、攻め手に欠けてしまった。
「いい加減倒れなさいよ! 諸願七雷・七ツ神鳴!」
「おおおい!? 使う時は言えと言っただろう!?」
美琴の背中の七つの一つ巴紋が一つに重なり、七つ金輪巴と見たことのない紋章に変化すると、アーネストが血相を変えて退避する。
ヨミも急いでその場から離脱し、美琴の射線上には誰一人としていない状態となる。
「───鳴雷神!」
大上段に構えられた真打・夢想浄雷を真っすぐ鋭く振り下ろす。膨大な量の、すさまじい威力の雷の大斬撃が放たれる。
美琴が持つ一回きりの最大火力。地面を斬り裂きながら瞬く間に彼我の距離を食い潰し、回避行動を取る間もなく直撃する。
「行……けえええええええええええええええええええ!!」
このまま倒し切ってしまえと美琴が叫ぶが、大きな切り傷を入れて出血エフェクトを発生させるだけで倒し切れずに鳴雷神が終了する。
美琴が力を失って地面にぺたりと女の子座りでへたり込んでしまい、真打も溶けるように消えてしまう。
あれで倒し切れないのは痛手だが、それでも美琴のおかげでよりHPを減らせた。
『血濡れの殺人姫』はまだ数十秒持続できるので、大ダメージを受け動きが鈍くなっている今のうちに斬赫爪を掴んで極大魔術を使ってやろうと接近するが、牽制するように小さめな隕石を落としてきたので舌打ちをして回避に専念。
数秒だけでもタイムロスをしてしまったと焦りが出てきて、ヨミの動きが少しずつ精彩に欠けていく。
「ははは! らしくないぞ血の魔王様!? 随分と焦っているようじゃないか!?」
「焦るに決まってるだろ……!」
アーネストが徐々に動きが悪くなりつつあるヨミを煽ってくるが、煽り返す余裕もない。
残りの時間はあと三十秒もない。今もなお隕石が降り注いでおり、仮に今空間凍結が決まってもこの隕石攻撃自体はどうしようもないだろう。
「しまっ……!?」
どうすればいい、どうしたらいいと思考の渦に囚われ始めると、回避をミスってしまい至近距離に落ちた隕石の衝撃波で吹っ飛ばされてしまう。
足がひしゃげてしまい大きなダメージを受け、体が自由に動かなくなる。
『血濡れの殺人姫』中は自己回復能力が高まるので十秒もかからずに修復が完了するが、その十秒は非常に大きい。
最後のチャンスを無駄にしてしまったと悔しい気持ちでいっぱいになり、地面を数度バウンドする、と思いきや柔らかい何かに抱きとめられる。
「間に合ったー! 焦りすぎはダメだよ、ヨミちゃん」
「の、ノエル?」
「あまり時間ないみたいだし、結論から言うね。私の命、ヨミちゃんにあげる」
それだけ言って着ている服の首元を少し引っ張り、白い首筋をさらけ出す。
ノエルの白い肌を不特定多数の、しかも男性が多いリスナーなぞに見せたくないと言いたいが、今彼女からのその申し出は非常にありがたい。
「……あとで、ボクのお金とかアイテム全部返してよね」
「もちろん。だから、勝とう」
「……うん!」
頷いてから、ヨミはノエルの首に噛み付く。甘く芳醇な液体が口の中に流れていき、それを何度も嚥下する。
ゲームの中でも美味しいが、リアルのノエルのものより少し物足りなさのある血を飲み続け、ノエルはヨミのことをぎゅっと抱きしめる。
「……やっちゃえ、ヨミちゃん」
小さく優しい声を漏らし、ノエルのHPがヨミの吸血行為によって全損する。代償にヨミのカーソルが赤くなりレッドネームとなるが、足りなかったストックの補給ができ、もう一度発動させるために必要な分が揃った。
「『ソウルサクリファイス』!」
二つのストックを消費して、三度、魔王が降臨する。
ノエルが自らの命を投げ出してチャンスをくれた。だから、今ここで決着を着ける。
激しい闘志を瞳に宿し、ぐっと強く相棒を握って地面を踏み砕いて走っていく。
【血液の摂取を確認。■■■の■■が進行。■■率:6%】




