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Fantasia Destiny Online  作者: Lunatic/夜桜カスミ
第三章 蒼穹を駆ける金色の星に慈愛の怒りの贈り物を
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訪れる変調

「……んー?」


 朝起きてすぐ、なんか妙に胸が張って僅かな痛みを発していることに気付く。またしっかりと睡眠を取っているにもかかわらず、何故かまだ眠い。

 なんか変な体調不良じゃないだろうかと不安になるが、胸が張っていること以外はただなんかやけに眠いだけなので、寝起きだし頭が回っていないだけだろうと頭の中から放り投げてベッドから降りる。

 いそいそと制服に着替えてから一階に降りると、一足先に起きていた詩月が詩乃の代わりに朝食を作っていた。


 座って待ってていいと言われたのでお言葉に甘えソファーに腰を掛けて、テレビを付けて今日の天気予報を見る。相変わらず憎たらしいくらいの晴天で、ぽかぽかと温かく(吸血鬼を殺しに来る)過ごしやすい(地獄のような猛暑)らしい。

 毎日やっているニュース番組で行われているじゃんけんに暇潰しで参加し、チョキを出して負けた。そして、何故かそれに変にイラついてしまう。

 少しすると朝食を作り終えた詩月に呼ばれて食卓に着き、姉妹で朝食を食べる。


「うーん……」

「どうしたのお姉ちゃん?」

「いや……。シズ、作りすぎたってわけじゃないよね?」

「うん、いつもお姉ちゃんが食べてる量で作ったけど」

「だよなあ」


 しっかりと残さずにいつもの量を食べたはずなのだが、なんかちょっと多く感じた。


「ちょっと体調悪い感じ?」

「体調不良ってわけじゃないんだけどなー。あ、でも前に血を飲んでから一週間以上経ってる」

「それじゃない? いつものえるお姉ちゃんに頼り切りなのはよくないだろうし、一回くらい私の方はいかが?」


 ブラウスを第二ボタンまで外し、ちょっと背伸びしているようなデザインのブラが見えるが、何度も一緒にお風呂に入っているし妹なので何も感じない。


「えー」

「なんでそんな嫌そうな顔するのよ」

「なんか、のえるのじゃないとやだなって」

「わがまま言わないの。のえるお姉ちゃんに頼り切りになって、血が欲しい時に向こうが体調崩したりでもしたら我慢できなくなっちゃうでしょ。こういうのは、代案を用意しておくべきなんだよ」

「そりゃそうなんだけど……自分の妹の首筋を舐めてから噛み付くの、すごく嫌だ」

「私はウェルカムだよ!」

「あっそ」


 だが詩月の言う通りなので、妹の首筋を舐めると言う抵抗しかない行為を行ってから噛み付く。

 中学生で、しかも浮ついた話なんて一つも聞いたことがないので当然身綺麗で、詩月の血もまた絶品だった。なのだが、なんだかのえるの方がよりまろやかさというか滑らかさというか、詩月のものとは違うものを感じる。


「け、結構吸うんだね……」

「あ、ごめん」


 この違いは何だろうとちゅーっと吸っていると、弱弱しくなった詩月の声が聞こえたのでやめる。

 軽めの貧血だなと顔を覗き込み、胸元に手をかざす。


「鐘を打つ要、流れる赤き鉄。失われれば落とし、満たされれば残る。流れ出た赤き鉄を、その器に注ぎ満たす」


 詩月の胸元にかざした左手から複雑怪奇な魔法陣が現れる。詩音から、今後のえるから血を貰うのだからと教わった増血魔術だ。

 記念すべき一回目の使用が妹になるとは思いもしなかったが、加減と言うものを覚えておくべきなのでタイミング的にはよかったかもしれない。


「どう?」

「すっご。一発で治った。これさ、生理の時とかに使えるかな」

「魔術ガチ初心者のボクに聞く? そういうのは母さんに聞いて」

「だよねー。期待はしてなかった」

「あんだとう」


 詩月をひっ捕まえてこのこのとくすぐってやる。けらけらと笑う詩月の声が、テレビの音だけが流れるリビングに響いた。



 やっぱり何か変だと気付いたのは、休憩時間の時にやたらと塩分を欲し始めた頃だった。

 マックのポテトやバーガー、コンビニで気軽に買えるポテチなどは大好物だし、リアルで食べ過ぎると体に害があるからとFDOで食べて幸せになっているくらいだが、頻繁にリアルで食べたくなるなんてことはなく、いつもはそんな塩気が欲しいなんて思わない。

 それなのに、今日は三時間目の授業を受けている途中で強烈に塩分が欲しくなったので、授業が終わると同時に購買に向かう。


 暁聖道院学園の食堂や購買は、学生が主役の高校とは思えないくらいラインナップが充実しており、そのクオリティもやけに高い。

 それでいて値段もお手ごろだと言うのだから、ここの学食や購買で売ってるお総菜パンやそのほか副菜などを、多くの生徒が買い求める。食べ盛りな空も、入学してからは頻繁に仲よくなったクラスメイトの男子と購買に行っている。


「お? 詩乃じゃんか、どうした」

「あ、空。いや、なんか急に塩分欲しくなっちゃって」


 購買に行く途中で、クラスメイトの男子二人と一緒に歩く空と鉢合わせる。


「珍し。ジャンクとか好きな割に健康志向だからFDO以外じゃあまりそう言うの食わんのに」

「ボク的には、結構ジャンクを食べてる気はするけどね。ポテチとか好きだし」

「先週の土曜日に、姉さんと部屋でポテチ食べながらテレビゲームしてたな」

「ゲームイベントのためにFPSゲームの調整をしなければいけなかったから、羨ましいでしょ」

「まあな。大分仕上がって来たし、一日くらいFDOにインしようかなとは思ってる」

「ゲームイベントでどんな鬼畜な作戦をしでかすのか楽しみだよ」

「どんな非難が浴びせられるかが楽しみ、の間違いだろ」


 空が優勝した今回の世界大会のアーカイブは、ちまちま見返している。相変わらずビル爆破して中に引きこもっている部隊を壊滅させたり、そのまま崩れたビルで別の部隊を壊滅させたりと、好き放題暴れていた。

 観客のリアクションも映してくれており、またかと呆れる観客から、いいぞもっとやれと楽しんでいる観客、それまでの道筋が中々にコメディでゲラゲラ笑う観客に、姑息すぎる手段であったためブーイングする観客と様々だった。


「そういや、お前らもFDOやってるんだっけか」

「え、そうなんだ! えっと、古谷くんに池永くんもやってるんだ。教えてくれればいいのに」

「え!? えぇっと……」

「そ、そりゃ、おれだって夜見川さんと遊べたらなーとは思ってはいるけど……」


 しどろもどろになる男子たち。こういう反応をされると、どれだけ中身が男であっても外見は美少女なのだなと痛感させられる。


「よ、夜見川さんのギルドって、全員武闘派なんだよね?」

「古谷くん、それはちょっと勘違いしてるかも。ボクのギルドは、結果的にみんな強いってだけで別に武闘派じゃないよ」

「ゴリゴリの戦闘狂なのはこいつだけだしな」

「最近ヘカテーちゃんがこっち側になりつつある」

「小学生をお前サイドに引き込もうとすんな」

「自分からこっちに来てるんだよなあ。あ、時間なくなっちゃう」


 購買の入り口にある時計を見て、あまり時間をかけられないと中に入る。

 相変わらずコンビニみたいに品ぞろえがいいが、詩乃はポテチが欲しいのではなくもっと別のものを狙っている。

 男子からすこぶる人気で、よくみんなで分け合っているあるいはそれを持っている生徒の周りに他の生徒が群がると言う光景を目にする、紙袋に入ったポテトだ。


 三時間目が終わるちょっと前に開くので、この時間を狙って多くの男子がやってくるため既にポテトの数は少なくなっているが、残り三つのところでギリギリ購入できた。ついでに、ちょっと酸味が強いとのえるが教えてくれたレモネードも買った。

 購入した後、カウンターの横のところに塩が置いてあって、もっと塩が欲しい時は好きなだけかけることができる。先日空がふざけて塩を入れ過ぎてしまい、地獄を見ていた。


「……美味しい」


 はしたないと思いつつも、戻りながら袋に手を突っ込んで一つ食べる。

 追い塩をしていないのだが、男子が好んでいるということもあるのか結構しっかり目な味付けになっている。

 いつもだったら眉を細めるくらいだが、今日はなんだかこの味がとても丁度良く感じる。


「チクショウ、ポテト全部やられた」

「相変わらず人気だな。この一口ウィンナーパンで我慢するか」

「空、お前それ今食って昼大丈夫なのか?」


 手ぶらのまま購買から出て来た古谷少年と池永少年、そして左手に親指サイズと結構小さな一口ウィンナーパンをの入った袋を持った空が追い付く。


「俺はこう見えて結構食うからな。……お? 詩乃、お前それはまさか」

「ボクは買えたよ」

「ポテト争奪戦に負けた俺への当てつけか」

「食べる?」

「いただきます」


 袋口を向けると、すっと近付いてきて手を突っ込んで三本持っていく空。まだまだあるし、正直数は少ないとはいえこれを一袋食べるとお昼が入らなさそうなので、ちょっと困っていたところだ。


「二人も食べる? 今日ちょっと食欲があまりなくてさ。これ食べるとお弁当入らなさそうで」

「……っっっ、い、いただきます」

「じゃ、じゃあおれも」


 古谷少年は何かを葛藤した後に、池永少年は周りをちょっと気にしてから遠慮してか一本だけ取っていく。


「空、お前すげえよ。幼馴染でもこんな可愛い女の子とシェアできるなんて」

「腐れ縁だし、こいつの戦闘狂っていう本性知ってるしな」

「戦闘狂なのはゲームの中だけの話でしょーが。世界中に配信してる世界大会で、あんな外道ムーブかますお前の方が酷いでしょ」

「そりゃ、俺は外道スナイパー兼畜生ブレーンですから」

「自分で言うな」


 紙袋に視線が向けられたので、呆れつつ一本取って指ではじいて渡す。それをキャッチした空は、ちょっと腹立つ笑顔を浮かべる。

 教室に戻ると、女子にもそこそこ人気のあるもののようで、買った詩乃本人が食欲がないからとおすそ分けをしたことで、のえるを始め入学してから親しくしている美月と、ちょっとずつ親交を深めつつあるクラスの女子が群がって来た。

 ちょっと味が濃いと言いつつものえるが美味しそうに食べているのを見て、色んな意味で満足になる。


 短い休憩時間が終わる頃にはポテトはなくなり、詩乃もほどほどに食べたおかげで塩分への謎の欲求はなくなっていた。

 授業が始まるちょっと前にレモネードを飲み、確かにレモンの酸味がちょっと強めに効いているが、それが妙に落ち着いた。



 明確に、これは何かよろしくないと完全に体に異変が起きていると分かったのは、帰宅してすぐに課題をやっつけて夕飯を済ませ、就寝時間になるまでFDO内にインして、数日振りにいるシエルと共に赫き腐敗の森で戦っている時のことだった。

 睡眠はしっかりと取っていた。それなのに恐ろしく眠い。

 普段ならゲームにログインしていて戦闘中には眠気なんて感じないのに、今日は戦闘中にも眠気を感じて思考にぼんやりと霞がかかっているし、何よりも注意力が散漫になっていたのか奇襲を受けてしまった。


「お前大丈夫か? ヨミが奇襲を受けるなんて珍しいこともあるもんだな」

「……そうだね」

「……なんか怒ってないか?」

「別に」


 奇襲された程度でここまでイラつくことなんてないのに、これも今日に限ってわけもなくイライラしている。

 腕を組んで右の人差し指でトントンと左の二の腕辺りを叩く。


「……ごめん、やっぱログアウトする。せっかくインしたのに、ごめん」


 集中力が今までにないくらい低下しているし、何でかわけもなくイライラするしで、調子がすこぶる悪い。

 このままの状態で高レベル帯の赫き腐敗の森を進むのは無理があるし、こんなに注意力散漫だとPKに襲われた時に対処できない。

 なので今日はもう早目にログアウトすることにする。


「気にすんな。お前なんだかんだでここんとこ忙しくしてたし、その反動だろ」

「そうかも。じゃあ、また明日」

「おう、また明日な」


 そう短くやり取りしてからヨミはFDOからログアウトし、魔王と呼ばれる吸血鬼ヨミから、現実で吸血鬼になっちゃった女の子の詩乃に戻る。

 ヘッドセットを外し、ベッドの棚の上において仰向けに横になる。


「……ねっむ」


 突如訪れる強烈な睡魔に抗えず、毛布を引っ張ってお腹の辺りまで上げたところで意識を手放してしまった。

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