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ギルド対抗戦の三日間の予選を10位という好成績で突破した銀月の王座は、現在FDO内ですさまじい人気を獲得している。
途中から加わったたった六人で10位という信じられない好成績。メンバーの三分の二が女性でいずれも容姿の整った美女美少女美幼女。
ギルドマスターに至っては圧倒的実力と共に目を引く銀髪、ギルドの中で二番目に低い身長、そして時折見せるメスガキ(演技)が一部の特殊性癖の紳士たちにぶっ刺さり、アイドル染みた人気があり掲示板の専スレではその紳士諸君が熱狂している。
……などということを、自身の専スレを意地でも見ていない詩乃は微塵も知らず、二日前にのえると非常に気まずい雰囲気になったにもかかわらず自らのえるの部屋に足を運んでいる。
いつまでも気まずい雰囲気のままでいるわけにはいかない。今日は一日休息期間が設けられており、最後の土日で本戦の準決勝と決勝が行われる。
それまでに二人の間にあるぎくしゃくした関係を元通りにしなければいけない。いけないのだが、あの日あのような行動に出てしまいラインが緩くなってしまったからか。詩乃はいつも通りののえるとの距離感が上手く掴めなくなってしまい、結果肩と肩が密着するような形でのえるの部屋の床にあるクッションに腰を下ろしている。
「あ、あの、詩乃ちゃん……。ちょっと近いよ……?」
「あ、ご、ごめん……」
言われてようやく距離感がおかしくなっていることに気付いて、離れようとするがどうにも本能がそれを拒んでくる。
この本能は人間ではなく吸血鬼としての本能だろう。今朝も珍しく連日帰宅している詩音から聞いたが、伝承通り吸血鬼となった今は処女童貞の匂いや血にかなり過敏に反応する。
特に、一度血を吸った人であれば強烈な独占欲を発揮して、離れたくなくなってしまい常に手元に置いておきたくなるそうだ。
今詩乃がのえるから離れるのを本能が拒んでいるのもそういうことだろう。
ただの先祖返りで力が強いだけ、とかであれば血を一度吸った程度でこうなることはなかったらしいが、今の詩乃はほぼ完全に吸血鬼だ。太陽の下は歩けはするが弱いことに変わりはないし、こうして本能がやけに強く働いてしまうしで、難儀な体になったものだ。
「……もう、仕方ないなあ」
「わっ」
寄りかかっている詩乃を、のえるがぎゅっと抱き寄せる。
ふわりと甘く鼻のようないい香りがしてきて、ほんの僅かな衝動と未だ残る男としての精神によって、性欲が高ぶるのを感じる。
女の子の体に触れても反応するモノがなくなったので、正直に言えば欲情しているのを悟られずに済むのはありがたい。
代償として、自分の体の慰め方を一切知らないので発散方法が今のところ存在せず、一緒にお風呂に入ったり同衾した後は一人で悶々とした夜を過ごす羽目になっているのだが。
「なんか、ごめんね。ボクがこんなになったせいで、これからのえるにすごく迷惑かける」
吸血行為は、相手にすさまじい負担をかける。
週に一度、長くても二週間に一度、事情を深く知るのえるかあの行為の翌日に詩音から事情を聴いているであろう詩月から、血をもらわないといけない。
三週間目に突入したらどれほど衝動が強くなるのかは分からないが、一か月間血を取らずにいるとどうなるのかは、一昨日の夜に知った。
一月、のえるに負担をかけたくないからと我慢してしまえば、かえって彼女を命の危険に晒してしまう。ならばいっそのこと、週に一度のペースにして比較的負担を軽くしたほうがいい。
それでもあくまで軽くなるだけなのでなくなることはない。
これからはのえるに依存するような形でしか生きられなくなってしまい、非常に申し訳ないと思っている。
「気にしなくていいよ。私はいつも詩乃ちゃんに助けられてたから、こうして恩返しできて嬉しい」
「……のえるは相変わらず優しいね」
彼女の優しさが体にじわりと染み込んできて嬉しくなって、思わず抱き着いてしまう。
普段のえるに一方的に愛でられているだけなので、詩乃が自分からこうして甘えてくることに驚いたのか、のえるの体が少しびくりと跳ねた。
時々こうして反撃に出ないと、いつまでも妹扱いされかねないなと思いつつも、こうして甘えて肩口辺りに顔を埋めてしまい直に匂いを感じてしまい、むくむくと舐めたいという欲求が首をもたげてきた。
今でも鮮烈に記憶に、舌に残っているのえるの肌の甘い味。
素面であんな行動はできないが、幸い詩乃は衝動を抱え始めたばかり。まだ上手く自制する術を持たないという言い訳ができるし、ここのところ色々とのえるにいじられているのでその仕返しにも使える。
「ひゃう!? ちょ、詩乃ちゃん!? いきなり舐めちゃ───ひゃん!?」
そう思った時には既に行動に移してしまっており、白くすべすべな肌の首筋に人より少しだけ長い舌を這わせて濡らしていた。
じん、と脳が痺れるほどの甘さと、一昨日のこともあってか気まずさとあの時のことを思い出して恥じらい上がった体温で滲んだであろう汗の味が、舌を殴りつけてくる。
あの時の噛み跡はもう残っていない。詩音の言った通り、詩乃の唾液には再生作用があるようで、一分も経たないうちに傷は塞がっている。
今舐めているのはただ、我慢できなくなってしまいつまみ食いしているようなものだ。非常に美味しいものを食べた後で、もう一度食べたくなって日を置かずにまた口にしているようなものだ。
衝動に突き動かされているのではなく、食欲に近いものと発散方法を知らない性欲が混じってしまい、よくわからない動きをしてしまっている。
「だ、ダメだよ! 一昨日吸ったばかりじゃない!」
「血は吸わないよ。でもなんていうか……ちょっとだけ噛みたい」
「何それ───ひゃわぁ!?」
かぷっ、と舌を這わせていた首筋に噛み付く。ただ何となくそうしたいと言う自分でも理解できない欲求に負けてしまい、血を吸う目的ではないと口にした手前牙を立てられないため、ただの甘噛みだ。
甘噛みされて驚いたのえるが体をびくりと跳ねさせて、すぐに来ると思っていた痛みに備えるように詩乃に強く抱き着くが、はむはむと痛みを感じさせない程度に噛んでいるのに気付いたようで、力が緩まる。
同時に、こんな行動をしている詩乃が全面的に悪いわけだが、また血を吸われると勘違いしたのが恥ずかしいのかみるみる体が温かくなっていくのを感じた。
それが可愛くてぞくりと内に秘めたるSっ気が外に出ようとしてくるが、ふと視線を感じたので首筋に甘噛みしたままのえるの部屋の扉の方に目を向ける。
空がいた。
「……」
「……」
ばっちり目が合った。
「ッッッッッ!?!?!?!?」
一気に冷静になって何をしているんだと己の行動を恥じ、ついでに空に今のを見られていたことに遅れて理解して取り戻した冷静さが消し飛び、体中が焼けそうなほど体温が上がって耳から首まで全部真っ赤になる。
ぱっとのえるの首から離れて、とにかく近くにある何かで顔を隠そうとするがベッドからは離れた場所にいるので、咄嗟にのえるの胸に真正面から飛び込んでしまう。
顔全体が甘くていい匂いがする幸せなくらい柔らかいものに包まれるが、それを気にするほどの冷静さが残っていない。
「どうしたの?」
のえるは気付いていないようなので、胸に顔を埋めたまま右手で扉の方を指差す。
「ドアの方に何が……ぴゃっ」
奇妙な短い悲鳴が聞こえた。のえるの大きな胸を挟んでもなお聞こえるほど、心臓が早鐘を打っていくのが聞こえる。
「…………すまん、お楽しみ中だったようで。ごゆっくり」
「まっ!?」
「待って!? お願い待って空!? 違うの、誤解だから! 絶対誤解してるからぁ!?」
なんか理解していますよ的な雰囲気でそっと扉が閉められたので、揃って慌てて立ち上がって追いかける。
そそくさと離れていこうとする空を、詩乃の小柄さからは考えられないほどの怪力で持ち上げて、のえるの部屋に連行。自分でもいきなりここまで力が強くなっていることに驚いたが、不思議と使い方というのをなんとなくで理解できているので、怪我させずに済んだ。
空をのえるの部屋に引きずり込んでからすぐに、どうしてあんなことをしていたのかというのを、一昨日の夜のことから説明する。
最初は何言ってんだこいつ、みたいな顔を一瞬されたが、180センチある空を150センチない詩乃が片腕で担ぎ上げたので、そこでとりあえず納得してくれた。
他にも証明できるものがあればよかったが、なんとなくで制御できている怪力以外で証明できるものはない。詩音はあくまで知識として詩乃がそうなっているのを知っているだけなので、吸血鬼の力の使い方は知らないだろう。
なら一番手っ取り早いのは、首に噛み付いて血を飲むことだがのえる以外の血は飲みたくないというこだわりと依存があるので、自分の中で却下した。
なので、証明になるかどうかは分からないが、小さな牙のように発達した自分の犬歯を見せた。いーっとただ歯を見せているだけなのに、なんか妙に恥ずかしかった。
「姉さんは一昨日、詩乃に血を吸われたんだよな?」
「うん。初めてで怖かったけど、結構き……痛かった」
今何か一瞬言いかけていたように聞こえたが、空が何の反応もしていないので気のせいだろう。
「週一、遅くても二週間に一回吸血しないと生きていけない、ねえ。難儀な体になったもんだな」
「ただでさえ女の子になって色々苦労してるのに、更にとんでもない問題を抱えて結構憂鬱な気分だよ……。もうじき一か月以上経つから、そろそろあれも来るだろうし」
「あれ? ……あー、そうか。そうだよな」
「詩乃ちゃん、最初はいきなりでびっくりするし怖いと思うけど、気を確かにね」
「今からそのこと考えたくないから、今はその話はなしで」
ただでさえ女の子になったのだから、月一の強烈な苦痛の伴う体調不良があるのに、血を吸わないと暴走する衝動まで抱えてしまうようになるだなんて、誰が想像できるだろうか。
せめて入学式当日には来ないでほしいと願うばかりだ。
「とりあえずさ、これで詩乃ちゃんの秘密を知ったのは二人……シズちゃんも知っているだろうから三人? になったわけだけど、私がどうしても詩乃ちゃんに血を上げられない時は空にお願いする?」
「……やだ」
「なんでだよ」
「分かんない。でも、なんかやだ。のえるのがいい。二週間以上開かなければいいわけだし」
匂いで色々と分かってしまうのは勘弁願いたかったが、別に空だって大丈夫なのだ。のえると同じではないが、似たような匂いがする。なのでのえるの言う通り、どうしても彼女の血が飲めない時は空に頼んだほうがいいのだが、もうのえる以外の血を受け付ける自信がない。
ゲームの中は別だ。自分の血をガンガン使うし補給しないと攻撃性能が落ちる。
のえる一人だけで全てを賄えるとは思えないので、あっちでは我慢して血液パックやPKの血を啜る。
しかし現実では、可能ならずっとのえるのものがいい。
たった一度の吸血で、随分と依存するようになってしまった自分に酷く呆れつつも、しっかりとそれを口にする。
「へぇー、私のがいいんだぁ」
するとのえるがなんか嬉しそうににまーっと笑みを浮かべる。
完璧に見透かされているなと分かって、照れ隠しでぱっと顔を背けると、そのままのえるに抱き寄せられて捕獲される。
「可愛いこと言ってくれるじゃないのー、うりうりー」
「別に、空のでだって問題はないんだ。ただ、ボクだって心はまだ男のつもりだし、男の幼馴染の首を舐めて噛みつくのにすごい抵抗があるだけ」
「うんうん、そうだねー」
「ほ、本当に分かってる?」
なんだかあまり分かっていないように感じるのは気のせいなのでは、と頬ずりしてくるのえるに思った。
「しっかし、驚いたよ。話があるからって呼び出されて姉さんの部屋に行ったら、詩乃が姉さんに抱き着いて首に吸いついてんだから。てっきりそういう関係にでもなったのかと」
「なんでそう感じたのかな?」
「いや、だって、なあ?」
「なにが『なあ?』だよ」
「……ほーん?」
「いんや、何でも。しばらくはこうして眺めているのも面白そうだなって」
「何が!?」
空に詰め寄ろうとするが、しっかりと捕獲されているので抜け出せず、ただのえるの膝の上でじたばたもがくだけだった。
結局なんて言おうとしていたのか最後まで教えてくれなかったので、なんだか少しもやっとしたまま午前中は過ぎ去ってしまった。




