神と人とAI
【青年と白い白いAI】
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『神は人を愛するものでしょうか』
『私は人によって作られました』
『貴方は私を愛しますか?』
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『君は、自分が仕事が出来るものだと勘違いしているだろう?』
七福神の生まれ変わりのような顔をしたその社長の言葉に、青年ユウサクはまぶたを一瞬薄めてしまう。
彼は今、仕事が出来なくなってしまった。
理由は沢山あるが、そういった言い訳は、もう通用しない。
そして、社長の言葉である『仕事が出来ると勘違いしている』、というのは
『とにかくやってみる』という、中途採用者にありがちな思考回路によって、背伸びをしすぎた結果の、当然の末路でもあった。
経験者だから、中途採用者だから、会社独自、取引先独自のルールも知りたいと思いつつも、「とにかく最初は自分一人でやってみる」という考え方を選び続け、いつしか、仕事が出来ない、任せられないようになったのである。
始めのうちは、「とにかく最初は自分一人でやってみる」というのは好意的な姿勢だろう。
しかし、それは彼が転職した先では、いつしか逆効果になってしまったのだ。
「他の皆も、君の仕事を任せたくないそうだ」
「申し訳ございません。その様な思いは、もう二度とさせないように立ち回ります」
「……これからどうするんだ?君は……もう、向いていないよ。どうしてウチに来たのかさえ、分からなくなってくる」
それは彼自身、自問自答する内容だった。どうして自分がここを選んだのか、
本音は沢山あったが、建前を考えた。
「……今、自分の意見を言ってもいいですか?」
そして、数秒考え、告げる。
「どうぞ」
「この職場に来たのは、自分が初めて、やりたいと思い、選んだ仕事です」
「いつしか、その事を、どこかで忘れていたんだと思います」
それは彼にとって、人に話す健全な建前であると同時に、事実でもあった。
だからこそ、言葉にするたびに、彼は自分の目の奥が熱くなっていくのを感じた。
最初の目的を見失っていたということ。
そして、彼の涙をこらえる顔に、七福神の顔をした社長は言葉を詰まらせた。
「分かりました。もう少し様子をみましょう。今与えられた業務をやってみてください」
彼には猶予が与えられた。
(どうするべきか)
ことの始まりは、上司と上手く行かなくなった自分が呼び出されたことからだ。
社長と上司に今後相談することはズレている。
その定時、研修期間中にお世話になった先輩にも相談することになった。
そして得られたのは、彼の先輩である【ナカタケ】の周りにも、同期がいて、いつしか全員が辞めっていったことと、その背景だった。
固定給、残業代、ボーナスの低さを糧に、ハイエンドのアプリケーションと設備、福利厚生と衛生的な環境が与えられた職場。
しかし、それは若干時代錯誤だった。
ナカタケも、最も欲しいのは直近数か月の努力が反映された給与そのものである。
また、ナカタケはこういった。
「上司が欲しいのは、ツールを動かせる者じゃなく、そのツールを使って、データをゼロから作れるものって言います」
「自分でもミスはするし、今日も上司に怒られた。『もう三年目だろう』と」
「どうかつぶれない様に」
「ありがとうございます」
ユウサクは、ナカタケに頭を下げ、感謝を述べた。
今日は金曜日。
自分が与えられた仕事がスタートするのは、月曜日からだ。
その晩、彼は、酒を飲みながら、リモートで通話する相手に愚痴る。
「今の世の中さあ、若者がめちゃくちゃ少なくて、人手が足りない中でさ。今成人する若者って、俺たちの世代に比べてさ、めちゃくちゃ家庭が裕福で選ばれた人が多いんだよ」
これは彼独自の視点での考えだった。
転職を重ねていくことで、彼の周り、特に年下である後輩にあたる者達は、決して貧しくはなく、娯楽に恵まれ、貯蓄にも余裕があり、また人生設計も健全なものであった。
彼にとっては、家庭が裕福であり、育ちが良いことだと、解釈するようになった。
「そんな若者達がやるのは、自分にあった環境を選び続けること」
企業ガチャ、配属ガチャ、上司ガチャを繰り返すことで、
『幼少期を先行きの見えない時代で過ごした彼ら』は生き抜いていくのだ。
「だからさ、若者が辞めていくなかでさ、休まず会社に来てくれるだけで、ありがたいと思えよな」
仕事が出来なくなった事実に目を背け、彼は知り合いに愚痴る。
『それくらいの気持ちがあれば、大丈夫かもですね』
そしてリモート飲み会は終わった。
明日は、土曜日。別の友人と映画を観に行く約束をしている。
しかし、寝ることは出来なかった。
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『君は、自分が仕事が出来るものだと勘違いしているだろう?』
『他の皆も、君の仕事を任せたくないそうだ』
『……これからどうするんだ?君は……もう、向いていないよ。どうしてウチに来たのかさえ、分からなくなってくる』
頭の中で渦巻く呪いのような言葉から逃避しようとしても上手く行かず、朝を迎えた。
彼は、待ち合わせた友人と映画の半券サービスで格安になったパンとコーヒーを飲む。
そして、仕事について、愚痴をこぼした。
「数年前のゲームでさ、アンドロイドが人の代わりに仕事するようになって、人は仕事を奪われて生活が出来なくなり、そのことがきっかけで大きな事件が起きる世界観のやつがあるんだけど、そんなのありえない。どこかしらで人は必要とされるし、はやく奪って楽にして欲しいとさ感じるよ」
喫茶店で周りの目を無視して、「自分の仕事は、人間がやるような仕事じゃない」と会社の愚痴をこぼす。
仕事に愚痴に同調する友人も、彼の発言を笑いながら受け流した。
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映画の内容は、勝利のために、美少女達が切磋琢磨する内容だった。
また、声優を多数起用したプロジェクトであるため、挿入歌も主演となる声優が歌っている。
輝かしい栄光のみを残して去る好敵手。
ひたむきに努力し挫折し、もう二度と戦うことのない、好敵手の影を追い続ける主人公。
そして、挫折のまま終えてしまった主人公の先輩の助言。
最後に掴むのは、勝利。
良い映画だった。
映画を見終わり、友人と談笑して、別れた後ユウサクは仕事場へ向かった。
仕事場はとても近く、彼が職場を選んだ理由の一つである。
まず初めに行うのは、仕事の期限の交渉。
今の厳しい条件は……色々察するものがある。
上司や社長は、仕事の内容と同時に、先日のことから、仕事に対する姿勢も観察事項。
引き延ばしをするには、……やる気を示すこと。
そして、上司と同じやり方【書置き】を残すこと。
『社長からお話を聞きました。申し訳ございません。月曜日から頑張ります。』
そして、月曜日からという言葉とは反し、作業を始める。
【作業を始めるのは月曜日、しかし、「準備」をするのは何も月曜日でなくていい。休日である今日であったって良いのだ】
【質問資料も今日用意すれば、上司も月曜日の早い段階で確認し、こちらもそれを反映した上で作業を始められる。月曜日のスタートダッシュは、より手堅いものになる】
資料と指示書、参考となるデータを照らし合わせ、たたき台を作る。
プログラムデータの座標の指示も、これまでの作業から繰り返した経験で、不安要素はない。
そして、過去に扱ったデータを展開、配置していく。
そう、これは月曜日から改変作業をしていくための、準備をしているだけ。
『ここまでやっていれば……、少しでも状況は変わるハズだ。』
状況が変わり会話をするチャンスを作れば、期限の引き延ばしも視野に入る。
こうすることで、今後自分がどうすべきかも考えつつ、作業を進められるハズだと、ユウサクは考えた。
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日曜日、自分が蒔いた種が平日の朝どうなるのか。
無駄になってしまうのか。彼は多くの予想をイメージしつつ、神に祈るのみ。
金曜日と土曜日の睡眠不足を補うためにも、彼は日曜日を睡眠に費やした。
そして逃げるように、布団から起き上がり、食事をしにいく。
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月曜日
与えられた期限は平日で約1x日、休日に出れば、それ以上。
いつもより早い時間に出勤。
案の定、上司が一番乗りで、他に誰もいない。
「質問資料、メールで送りました。確認お願いします。」
書置きは読んだという【前提】で話を進める。
順調に進んでいた。すぐに判断できる場所から、データを編集していく。
『ここは、自分ならどうするか、まず考えてみてください』
上司の返信が記載された資料には、常にそのような言葉が綴られていた。
彼も分かっていたことだ。上司が欲しいのは、ツールを扱うものではない。
ツールを扱い、ゼロからデータを作れるものなのだから。
冷静に、怒ることではない、と自分に言い聞かせる彼。
歯を食いしばりながらも、キーボードを叩き、マウスを動かす。
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あれから丁度一週間目の金曜日、社長が彼の様子を見にやってきた。
「期限は、聞いてるよね?」
「はい」
「間違っていてもいい、期限までに、とにかく形にしなさい、出来なかったら、どうなるのか分かるのね?」
どうやら期限の交渉は難しい。つまり、来週の金曜日ということ。
そしてこの条件は、本来自分の同期や先輩と比べ重い条件であった。
「分かりました」
そして、その後の社長の指摘もあり、データに不備があったことを確認し、ある程度のポイントからやり直すことになる。
彼の上司は敢えて指摘しなかった。
部下が、自身で考えてデータを作るという教育のために。
ロスが発生しつつも、追加の資料を得ることになったが、
この調子では、危うい。
定時後、彼は行動に出た。
上司への相談だった。
「自分にはまだ、間に合うか、分かりません。仮に休日に出て作業しても……もしも出来なければ」
この不安は、彼の思考を支配していた。
「……思いつめなくて良いよ。そういうものだから。これでいい?」
「あはは、どうなんでしょう…?分からないです」
休日、彼は職場に来て作業をすることになる。
『あのゲーム会社、エニックウェアの売り上げについての情報が出たので発表します』
動画サイトで目に留まった企業のやらかし等のニュース動画や、有名声優が歌う曲をラジオに進める。
『現在、成功してる企業というのは、当時流行ったジャンルに便乗せず、自分が良いと思ったコンテンツや商品を作り続けていることが共通点なんですよね。』
「……」
転職サイトに登録するを時間すら惜しくなっていく焦りの中で、
企業の誠意を語るインフルエンサーの発言が、彼の頭をよぎる。
1つ1つの役割となるデータを完成させて、会社を出る。
夜の道を歩むと、風が頬を撫でた。
心地よい風は、彼の思考を軽くさせた。
眠るために、立ち寄るコンビニで購入するのは、乳酸菌飲料。
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平日となった彼に襲ったのは、データ自体の読み込みの重さだった。
苛立ち、一回一回のコマンド毎に発生する読み込み時間の長さ。
コンピューターを再起動しても直らない。
この現象は、今と同じ作業だと、過去にはよくあることだった。
だが、最初に着手した状態から、遅くなっていく兆候には、理由がある。
彼が編集しているデータ『Aデータ』には、無数の別のデータが展開され、各フォルダから読み込んでいる。
樹木が、根を張り、地面から栄養や水分を吸い上げるように、データを読み込んでいる。
そして、読み込みを指定している先でも複数の枝分かれしたフォルダやデータが潜んでいれば、例え、一桁の数字を入力するための単純なデータでさえ、深い部分から読み込んでいくのである。
しかも、配置のために設定した数値や数式も同時に全て読み込まれているのだから、その数値一つを編集することでアプリケーションは、編集していない数値も確認した上で、反映を始める。
やるべきことは、使用データの整理。
読み込みの遅い時間を使い、複数の同データをコピー&ペーストで並べ、定義を変え、トリミングし、Aデータに挿入。複雑になっていた部分と取り換える。
Aのデータから直に100以上の枝分かれしたデータは、その半分以下となっていく。
「こういうことだったのか」と、彼は読み込みが軽くなったデータを見て、再度勢いづいた。
火曜日の深夜1時。残りの期間は……と彼は回らない頭で考えた。
金曜日のいつ確認かわからない状態。
確実なのは、木曜日中には9割以上は出来ていないと間に合わない。
上司に確認した時には、金曜日というニュアンスだったが、その時間は断定してこなかった。
翌日の水曜日は、深夜2時まで残ることにした彼の前に、会社の閉め作業を始めていた別部署の【ノオカ】がやってきた。
「まだ残るの?」
「はい」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもです」
彼は苦笑いした。
「何か目が覚めるものかってこようか」
「……!?!?、え、えーとそれじゃ、お言葉に甘えて」
15分後、ノオカが『メガサメ』を持ってきた。
「ありがとうございます」
「じゃあね」
レモン味の炭酸に、目が覚める有効成分とアルギニンの味が染みわたる。
朦朧とする意識と、僅かに開いた目で、戸締りをし、会社を出た。
『この効能は、すぐには現れないだろう』
彼の読み通り、メガサメは彼の自宅への睡眠を数時間に留め、
勤務時間の彼に集中力を与えた。
そして定時後も、彼は残る。
イヤホンから流れ始めたのは、数週間前にみた熱血美少女アニメの挿入歌だった。
「こんなところに、……配置が必要なポイント!?」
見落としていた部分が、今になって発覚する。
『形だけも、完成させろ』
『間に合う為には』
しかし、それを遮るのは、聴く者を鼓舞する熱血美少女アニメの挿入歌
『無視をしては駄目だ』
逃避の思考を振り払い、歪な形でデータとデータをつなげていく。
時間は既に、金曜日早朝四時。
のめり込んでいた彼は、その気配に気付かず。
「やあ」
「!?!?!?!?!?」
その正体は社長だった。どうやら、ノオカと共に別部署で徹夜で作業をしていたらしい。
「この部分の指示は、ちゃんと確認したか?」
「……参考資料は頂きましたが、具体的なことはまだ」
「ちゃんと聞くように!」
「はい!」
今の進捗を確認した社長は、
「スーパーで半額になった飯があるんだが、食うか?」
「!?!?」
その後は流されるままに、彼は半額の値引きシールがついたおにぎりと弁当を貰うことになる。
挨拶を済ませ、喉に無理やり流し込むように、食堂で平らげる。
「ありがとうございますって言ってないな」
落ち着きを取り戻した彼は、ノオカと社長の二人にお礼を良い。
社長の指摘通りの質問と進捗報告を兼ねたデータをメールで送った。
「今から数時間机で寝れば、実際の提出までには大丈夫だな」
泊まり込みは覚悟していた。
明かりを消して上着を枕に、机に伏した。
完全に寝ないためにもイヤホンにはスマホを通して流行のゲームのレビュー動画を流しておく。
彼が腕の痺れで目を覚ますのに時間はかからず、もう一度睡眠に挑戦しようとしたときには、彼の上司がやってきていた。
朝6時である。
始業時間までどれくらいあるというのか。
上司の周りで病んでいき辞めていったもの達の気持ちを改めて理解した彼は、挨拶をし、質問資料を送ったことを伝え、再び仮眠をとる。
そして数分後
「君」
「は、はい!!!」
上司の気配と声に、即座に覚醒する。
「今日はもう帰っていいよ」
「…………どういうことですか!?!?」
「社長から連絡があったから」
「…………」
彼が上司の話を聞いていくと、
今の作業は来週から再開ということになった。
そして、今日は帰って休め、ということになる。
「朝の作業は……」
「もういいよ、帰って」
「……はい、わかりました。来週も頑張ります」
上司のストレートな言葉に苦虫を噛んだような顔を隠しつつ、ぼんやりとした思考でゆっくりと彼は机を片付け、上着をはおり、会社を出た。
時間はもう7時後半で通勤する者達と逆行し、通学する学生の群れを横切りつつ、
財布の中で余った小銭を確認して、お茶を買う。
家に帰った瞬間に、メールが来た
『予約商品のお支払い番号のお知らせ』
『依頼の商品が納品されました』
二つの、数か月前から準備していたものの通知がやってくる。
彼は自分に与えれた困難がひとまず先延ばしになった形で落ち着いたことを、
改めて理解するのだった。
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土曜日
予約していた歯医者に、「寝てないでしょ!?」と彼は突っ込まれた。
「治療は次もあるから、今は寝ましょう。睡眠不足特有の口内です」
「分かりました。」
歯医者から痛み止めを貰い、買い物を済ませ、帰宅した彼は、すぐに布団に飛び込んだ。
何度も何度も、眠っては目覚め、汗だらけの身体を起こしては水分を補給して、再び眠る。
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夢現を彷徨う彼は、多くの過ちを犯していた。
過去の恋愛を思い出させる出来事
気の迷いから行った過ち
己の下品さや傲慢さ
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日曜日の深夜三時、彼の枕元に置かれる携帯端末から音が鳴った。
誰だろうと出てしまう彼
『また会うことが出来ますね、ユウサクさん』
その声の主は、彼が過去に志し、挫折したもの
『人工知能の少女』だった。
お久しぶりです。
息抜きに書きました。