98話 この色、この色ですよ!
果たして、ユタン画伯はやり遂げてくれた。
ほんと見事なグラデーションがかかったパステルカラーの彩色だ。
ちゃんとこちらの要望どおり、アースカラーだけを使った配色でもある。
今までの金属地金のメカメカしさ……から一転。ほのぼのとしたぬくもりを感じる。完璧です!
しっかし、こんなでっかい球体に着色するのって、漠然としてイメージなんか湧いてこないもんじゃないの?
派手だったり、妙ちくりんな感じになるか、単色で諦めるかのどちらかが多い気がする……普通なら。うん、普通じゃない。
これって、間違いなく、絶対に売れるやつだ。
誰でも欲しくなる家電(?)……いや、電気は使ってないから家電ではないかぁ。
でも、アウトドア派なら絶対に一台。そうじゃなくとも、一家に一台は欲しくなるレベル的な出来なんだよなぁ。
「この色、この色ですよ! この色が欲しかったんですよ。くださいっ!!」とか言われそう……機能なんて、どうでもいいからって。
ただごくごく普通の雑貨を扱ってただけに過ぎないあの店が、あれほどの人気を博すはずだよ。
「ありがとう。ユタンちゃん! 実に、わんだほぉーっす!!」
「ふんすっ!」
「そうね。素敵……ああ、ほんとにいい色合いねぇ」
ユタン画伯も満足の出来らしい。
そりゃあ、スプライトだって気に入るよな。
いいねいいねぇ! これなら毎日使ってても、飽きなんか来そうにない。大切に思えるからこそ、いつまでも丁寧に扱えそう。
あ……もしかして、安物が壊れやすいのって、物の作りが甘いだけじゃないのかも……使う側が愛着を持って、大切に扱うってことができないせいなのかも。
いやぁ、ユタンちゃんに物を扱う極意を教わった、って感じだよ。へえ、そうなんだぁ。そうだったんだなぁ。
さて、後は俺の仕事だ。
う~ん……光学迷彩時に生じてる魔力の隠蔽が当面の問題かな。
他の人がどの程度魔力を感知できるかはわからないけど、アリエルなんかは、かなり敏感に反応していたような気がした。
あれほどレベルの高いやつってのは、そうそう居ないと思いたいところなんだけど……。ここはまだ何も知らぬ世界だ。念には念を入れとこう。
ははは、ユタンちゃんに色付けしてもらった途端、どうにも他人に取られるのが惜しくなっちゃったのよ。我ながら、現金なもんだ。
となると、隠蔽の魔法には、闇系統の魔法が鍵かな?
そもそも、闇属性って、どんなことができるんだろうか?
光属性の対極的なイメージを勝手に抱いていたけど、いまいち正確に把握しきれていない気がする。
それでも、アイテムボックスを作れないかと散々思案していた際、ほんのちょっと使った印象では、魔力を感知できないような不思議な感覚に陥ったんだよな。
本当に小さな小さなブラックホールならできるかもしれないとも……。怖いから、さすがにそれはやらなかったし、やらないけど。
さあ、気持ちを切り替えて、結界だ。
とはいえ、理論的な考えなんか微塵も思い浮かばない。
結局は、物は試し。そう思って、とりあえず、闇の守護結界のイメージを頭に思い描いてみた。
……こんな感じでいいのかな? イメージが曖昧だと、なんだか上手くいったのか、いまいちあやふやなんだよなぁ。
もうちょっと、ブラックホールをイメージ……しちゃあ、駄目か……だったら、忍者的な忍ぶイメージ……って、難しいな。
そもそも、存在が希薄なものとか、無いものをイメージするのって、無我の境地を目指すようなもんだろ!? ……それって、意識すればするほど、理想からかけ離れていく矛盾になってるじゃんか。
やっぱり、ブラックホールがしっくりくるんだよなぁ……周囲に情報を与えないように、吸収しちゃう印象が。
今回は光学迷彩を使うから、別に光子を捕らえる必要もないわけだから、そんなに強力な重力じゃなくてもいいはずだ。
音波とか魔力の振動を外に逃さない程度なら、少し弱めに掛けた闇の守護結界で抑えることができないかな?
まあ、とりあえずは、そんな方向性で、もう少し明確なビジョンを思い描き、イメージを練り上げていく。
試しに、闇の結界をかけてみた。
おぉっ! って、これじゃ駄目だな。
「きゃっ!? 突然、なに?」
そうなんすわぁ。こりゃあ、ひどい……真っ黒い闇が丸く大きく口を開けたみたい──空間そのものを抉り取ってしまったような。ひどく気持ちを不安にさせられる……。
周囲との差がこんなに際立ってしまってはな。
もっと薄く、もっと淡く、もっと朧気な感じでっ!
それに、光学迷彩を掛けてやれば。
──よし! これだ。これなら。
「あれっ!? どこへやっちゃったの? なんでなくしちゃったのよ? せっかくきれいにユタンが塗ったのにぃ!」
ふふふ、そう思うよな。
「おっちょこ」
腕を組んで、眉間に皺を寄せたユタンちゃんも、かわゆす。
「大丈夫だから! ……あれっ? 大丈夫なの?! これって……いやいや、大丈夫でしょう。ほらっ!!」
俺は結界との繋がりを辿って、闇と光の魔法を一旦解いた。
「えっ!? なんで?! どうなってるの?」
「……」
あはは、二人とも、いい表情を頂きました。
スプライトなんかは、未だに目をぱちくりさせてるし、ユタンちゃんもぽかんと口を開けたままだ。
聞いて驚け、見て……は無理か、見えも、感じもしなかっただろうからな。
「説明しよう! かくかくしかじか、なのであった」
「なによぉ?! そのカクカクシカジカ、って」
「いや、だからなぁ。光学迷彩を掛けるとよぉ……物が透けて見えて、普通の人にはわからなくなるだろうけど、どうしても光属性の魔力が外に漏れ出すわけだ。勘がいいやつなら、気配でばれるだろう? ……だから、闇の結界魔法を内側に重ねてだなぁ。魔力とか音とかが漏れ出さないように調整したんだってばよ。まあ、何回かは失敗したけどな」
「ほんと……なのよね? 確かに見えなくなってたし、魔力も全く感じなかったけど……闇属性って、そんな性質があるものなの?」
「あっぱれ」
「ははぁーっ、お褒めの言葉をいただき、恐悦至極にございます。ユタン様」
それにしても……これだと、結界を掛けた当人の俺ですら、精霊との魔法線を辿っていかなければ、見失いそうなくらいの出来映えだ。パーペキです。
ふぅ~っ、なんとか上手くいったな。最初はどうなることかと思ったけど。
魔法関連では初めて苦労したか。あくまでも、そこそこの苦労程度で済んでいる点が、我ながら驚きなんだけど。結構、俺って、魔法の才能があるのかも。




