96話 初級者さぁん、こっちですよぉ!
魔防ギルドの中に入ると、エントランスホールには十人強くらいの屈強な男たちがもう既に集合していた。
こいつらが魔防士なのか?! いや、俺も形だけは、そうなんだけど……。
連中は俺に一瞥くれた後、すぐ興味を無くして、スプライトの方を凝視している。それでも、さすがに絡んでくる奴は一人もいなかった……まあ、仕事中みたいなもんだしな。
冒険者ギルドあるあるは、魔防ギルドでは起こらんかったか……よかった。
そういや、魔防士って冒険者じゃないんだったっけな。
さてと、受付、受付……おっ!
「あの~、ちょっといいですか?」
「何でしょう? ああ、この間のぅ! 早速、呼び出しに応じて頂いたんですねぇ。ありがとうございます。では、こちらの番号札十三番をお持ちになって、あちらで他の方と一緒に、もうしばらく待っていてくださいね」
「いや、えっと、そうではなくて……あっと、なんて言ったらいいのかな? う~んと……あのですね。門衛さんに教えていただいたんですけど、盗賊捕まえたんで、連れてきました」
「そうですかぁ、捕まえたんですかぁ? えっ!? 今、なんて言ったの? いや、すみません。なんと仰ったんですか? よく聞き取れなくて……」
最初、上の空だったようだけど、やっと聞く気になってくれた受付嬢に対して、事の成り行きを言って聞かせた。
聞き終わると、何も言わず、どこかに行って……あっ、戻ってきた。まるで飼い犬に待てをするかのごとく、手で制止してきた。
「はいはい、わかってます。ここで待ってますよ」
俺が頷いてそう告げてやると、彼女は階段を二段飛ばしで、二階へ勢いよく駆け上がって行ってしまった。
──う~ん、まだしばらくかかりそうなのかなぁ? なかなか戻ってこねえ……。
少し焦れてきたところで、さっきの受付嬢の先導で案内されるように階段を降りてくる長身の美人──日焼けしているのか、えらく黒々した……いや、それにしては自然すぎる。元々そういう肌色なのかも──艶やかに輝く黒肌を惜しげもなく晒し、ホールにいた野郎共を魅了している。
健康的で、いかにもエネルギッシュな雰囲気を辺りに漂わせた、露出過多のお姉様って感じだ。
いっぱい汗をかいて、はあ、はあ、息切れしてるところを見せてほしい感じの妖艶な美しさ!?
それにしても、脚、なげーなぁ……いったい何頭身だ? いち、に、さん……あれっ……ちょっと近すぎる、なっ!?
「君が盗賊共を捕らえてきたという魔防士かい?」
「初級です。初級魔防士さんなんです」
「あなたって人は……別にいいんだよ。そんなことは、今はどうだって」
「申し訳ありません! マスター」
マスター!? バーテンダーさん? のわけないよね。
「あぁ、すまんすまん。当ギルド支部のマスターを務めるフィアナランツェだよ。よろしくな! ホープ君」
やっぱりというかなんというか、定番のギルドマスターさんでしたかぁ。ところでホープって、俺のこと? ……こんなおじさんなのに?
「えっと、マスター、間違っちゃってます。タカシさんですよ。ホープさんではなく」
小声だけど丸聞こえだぞ……この子、おもろいな、傍目には。身内だと困るけど。
「……あなたは……」
うんうん、ギルマスの気持ちは、よ~くわかる。若い子の相手は、ねえ。
「……あ、すみません! ぼーっとしちゃってて。タカシと申します。以後お見知り置きを」
「ふふふ、構わないよ。大抵の男はそうさね。私の前では……あはは。冗談だよ。笑うところさ」
いやいや、実際そうなんだろうけどさ……最近の俺は絶世の美女まみれで、美女びじょ耐性ができてたから、こうやって普通に対応できてるけど、もしもこれが元の世界で出逢ってたなら、先走ってるよ……なにかが。ナニが。
あっと、そうだった、そうだった!
「えっと、はい。盗賊、俺です……違った。盗賊たちを連れてきたのは、俺です」
「ふっ、おかしな子だねえ。外かい? その賊たちは」
「あっ、はい。こちらです」
俺はギルドマスターを案内し、外に停めてある大八車のところまで連れて行った──途中、スプライトが「負けてないよね?」とか呟いてたけど、君たちなんの勝負してんの?! ユタンちゃんとジャンケンでもしてたの?
ああ、もう、飽きちゃったのね。うん、さっさと終わらせて帰ろう。
「確かに。依頼書にあった連中みたいだねぇ。人数も……報告通りか、いいだろう」
なにが?!
「マニュア! 報酬、全部丸っと、この坊やに出しておやり。私はこの門衛たちと一緒に代官のところに行ってくる。後は任せたからね」
「はい。了解しましたぁ! ささ、それでは初級者さん、受付の方へ」
「はぁ」
んっ、報酬!? まだ依頼受けてないけど、いいの?
「初級者さぁん、こっちですよぉ!」
「あ、今、行っきまぁすぅ!」
ラッキー! って、大丈夫か!? 先輩魔防士方、エントランスホールで待たされてたみたいだったけど。俺一人の総取りなんかで。
おいおい、揉めるんじゃないだろうな。
案の定、受付に詰め寄った魔防士たちが騒いでいた。
それでも、「わっかりましたぁ。後でマスターに全て報告しておきまーす」の一言で、「「「「いやいや、俺たち文句なんてないから、何も報告しなくてもいいから」」」」と、両手と首をぶんぶん横に振って、後ずさりしながら、すごすごと去っていってしまった。
ん!? この子、もしかして、わざとやってたりする? ……う~ん、分からん。この手の女の子は特に。
「初級者さぁん、用意できましたよぉ。取りに来てくださ~い」
じれったそうにしている受付嬢の方へ駆け寄る。
「ん!? これって、本当に計算合ってます?」
結構な金額の報酬に、思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
あざとく口を尖らせて、ちょっと不貞腐れた表情を浮かべてから、受付嬢は内訳を説明し出した。
「本来、魔防士チーム全員に支払われる予定だった報酬の内訳は、上級十万シェル、中級一人当たり八万シェルの四人分で三十二万シェル、初級六万シェルの合計四十八万シェルです」
ほらっ、多すぎる。
「まだ、あります。そんな目をしないでくださいよぉ。もぉぅ! えっと……そうそう、追加報酬分があるんです。首領、副首領の首には、それぞれ報奨金が百万シェルと五十万シェル掛けられてましたから、百九十八万で合ってる……ほら、やっぱり合ってるじゃないですかぁ。間違えてないもん!」
「いや、でも、人相の確認なんか取ってないでしょ? そういうのは確認後に出すものじゃないの?」
「大丈夫です。そこは先輩に三回も確認しましたから。えっと……勇者様のご報告によれば、二十一人を取り逃がしたとあります。ほら、残りの全員じゃないですか! だったら……あ、すいません。ですから、計算間違いじゃないんです」
奥で、こちらの様子を窺っていた先輩受付嬢さんの呆れ顔……お疲れさまです。ははは、この子はやっぱり新人さんなのね。
「理解できました。どうもすみません。なんか疑ったみたいになっちゃって。なにせ金額が金額だったもので、つい」
「わかりますわかります。あたしもこんな大金初めて触っちゃいました。あっ、申し訳ありません。またのお越しを」
はいはい、帰りますよ。




