91話 なんかハムスターの回し車みたいだ
旅の最中の持ち運びを考えると、移動式の収納庫にしたいところだが、車輪を付けて走らせたり、引っ張ったりするのは、異世界ファンタジー好きの俺にとっては、なんとも釈然としない。
夢のアイテムボックスは諦めたけど、実用性で劣ったとしても、せめて遊び心に溢れたものを実現しないと、なんか負けた気がするんだよね。
試作模型用にステンレス鋼をいろんな形に成形して、なにか良いアイデアのヒントにならないかと思案していると……ユタンちゃんが筒の中を歩くようにして、楽しそうに遊び始めた。
身体が小さい分、なんかハムスターの回し車みたいだ。はあ、なんちゅう微笑ましい光景なんだろうか。
いつまでも飽きずに遊んでいるユタンちゃんに訊いてみると、歩くのがたいそう好きなんだそうだ。
「半妖精は一度気に入ったことなら、一生続けたりするわよ」
「いや、さすがにこんなのは、適当なところで飽きるだろ?」
「いえ、そういう性分なのよ。この子たちは」
確かに雑貨屋でも、一心不乱に商品を陳列してたもんな。
おっ! じゃあ、それでいってみようか。
移動の動力は、ハムスターの回し車式……ユタンちゃんが球体の内部を歩くことで転がっていく仕組みだ。
そうなると、保冷庫を内蔵して回転したときに、中の内容物が回転に釣られて、めちゃくちゃにならない仕組みにしなければならない。
となると、ジンバル機構かな。
回転軸を中心として、球体を回転させる回転台を入れ子状に作って、それぞれの軸を直交するようにジンバルを重ねて設置しよう。
三軸のジンバル機構を使えば、外部からのあらゆる回転の影響を受けずに、ローターの回転軸を概ね一定方向の向きに保つことができるはずだ。
ジンバル機構自体はリング状で事足りるけど、いろいろと収納する関係上、強度不足でフレームが歪むかもしれないから、とりあえず、それぞれを球体にしておこうか。
でも、そうなると、保冷庫への物の出し入れが大変か?
さて、どうしたものか? ……う~ん。
あぁ、そうだな。軸の部分に影響が出ないように、中心に置く保冷庫の蓋の高さを基準として、それぞれ大きさの違う三つの球体をそのラインに揃えて、開閉できる仕組みにしてやればいいかな?
後は内側にある球体の外径よりも、一番外側にある球体の内径を50cmほど差をつけて大きく作ってやれば、なんとかユタンちゃんが歩ける空間を設けられるか?
ここをあまり広く取ってしまうと、収納スペースの関係上、どうしても、かなり大きな球体になってしまうから考え物だ。
あまり大きくしすぎると、ユタンちゃんの体重では前に進まないかもしれないしなぁ……。
「えっ!? 本当に大丈夫?」
「わくわく」
むしろ、狭いスペースの方を期待してくれているみたいだな。
まあ、いざとなれば、大きくして、動力も精霊魔法で賄ってやればいいことだし、とりあえず、これでいってみようか……飽きるまでやらせてあげよう。
──それでも、いざ造ってみると、思ってたよりも大きなものになってしまった。
こりゃあ、目立ちすぎるな。
そこで、球体面に反対側の映像を投射してみたのだが、あっさり上手くいった。光魔法で光学迷彩ができるか試してみたのだ。あはは、なんだろう? この手軽さは。
これは隠蔽魔法【オプティカル・カモフラージュ】……いや、名が長すぎるっての。略して、キャモ……【オプティカル・キャモ】とでも呼ぶか、いや、光学迷彩のままでいいか、呼びにくいしな。なんでもカタカナにすりゃあ、いいってもんじゃない。
──試験運転として、ユタンちゃんに動かしてもらうと、重量もそれなりのはずなのだが、移動に際して、全く問題を感じさせないほどのパワフルさだった。
例の回避能力の高さは、伊達じゃないらしい。なんだ?! この異常な脚力は……。
しかも、ユタンちゃんはあの体重の軽さだ。よほど重心の扱い方が上手いのか!? ……もしかして、達人レベルの身のこなしだったりするのだろうか?
やはりというかなんというか……容器の中身が空の状態であっても、さすがに相当な重量があったため、移動すると、どうしても跡が残って、せっかくの隠蔽魔法【光学迷彩】が台無しだ。
結局、スプライトの風魔法で、移動式食料庫全体に軽量化の魔法効果【ライト】を付与してもらって、地面に跡が残らないように調整したところだ。
本当は風の精霊魔法で対処しようとしてたんだが、「風に関することで、なんであたしを除け者にするのよ!?」と、涙目であんな美人に訴えかけられたら、男の俺にはどうしようもなかった。
別に除け者にするわけないだろうに……女心は、むずい。
精霊の魔力を消費して、精霊を昇華させ、霊魂の循環を促してやるのも、俺の仕事の内なんだけど……まあ、スプライトも得意な専門分野で蔑ろにされるのは、そりゃあ、嫌だろうしな。
ここはみんなで協力するということにしよう。
保冷庫の性能を試そうと、すべての蓋を開けようとしたところで、決定的な欠陥が発覚した。
……俺って、アホなのか!? ……高いよ。高すぎるよぅ。届かないよぉぅ、蓋に手が。
なまじ思考実験のように、頭の中でイメージするだけで、物ができてしまうから、できあがりまで、この欠陥に気が付けなかった。はあ……。
真空瓶型保冷庫自体も、そこそこの大きさなのだが、それにも増して、ジンバル機構がでかすぎる……だめ押しはユタンちゃん専用歩行空間だ。
その直径3メートル──開閉部分でも地面から2メートルの高さになってしまった。
物を出し入れするときを考えると、作業時に回転しないように固定するための脚も付けなければならない。
それに食材を持ったまま、登り降りできるようにしなければならないので、固定用の脚は太くして、階段状にしてしまうか?
再設計も面倒だし、今更改造するのも、正直やる気が失せた。とりあえず、今だけはこのまま風魔法で身体を浮かせて、用事を済ませちまおう。
今は特に生ものとかの持ち合わせもないから、水魔法で氷を作って、保冷庫の中に入れ、中の空気もキンキンに冷やした状態にしておく。
せっかく作った真空瓶の効果実験というわけだ。
冷気が漏れて、中で作業するユタンちゃんが凍えてもまずいからね。
食料庫を水魔法で冷やしつつ、ユタンちゃんの居る空間を火魔法で温めても構わないのだが、せっかく保冷庫を作った手前、利用しないのも昭和の生まれなもので、もったいなくて。
それに精霊の魔力を消費するのはいいとしても、無駄に使うのはなんか違う気がする。
いざというときに魔法が使えないのも考えものだけに、頃合いが難しいんだよなぁ。
それはともかく、アイテムボックスができない腹癒せに、結構複雑なものを作っちまったな。とはいえ、思いの外、ユタンちゃんに気に入ってもらえたようなので、これはこれでよしとしよう。
あっ! いかん。緊急脱出用のハッチを付け忘れた……外郭の球体って、360°回転するんだぞ。いったい何個必要になるんだ?
めんどくせえな……いやいや、待て待て、そうじゃないだろう。一個でいいんだって! ハッチで出入りできるところまで転がしてやればいいんだから。
──結局、改修するのにも、そこそこ時間を要した。
「正式名称【ユタンローター移動式ジンバル機構搭載真空瓶保冷庫】……アイテムボックス、もとい通称【歩いてくボックス】は、こうして完成したのであった……フタリトモ、ソンナメデミナイデくさい」
ほんと親爺くせえよな。我ながら……ははは。




