90話 とりあえずの代用品を作る気になれた
さて、アイテムボックスを諦めたことで、とりあえずの代用品を作る気になれた。
旅をするに当たって、まず、必要なものはなんと言っても、食料だ。
現地調達できない可能性も充分あるので、次の町までに必要な分を冷蔵・冷凍保存できる保温性の高い容器を作りたい。
精霊魔法を応用すれば、大抵のものはできそうだしな。
この精霊魔法の方こそ、理屈なんて、これっぽっちもわかりゃあしないのだけど、使えるものは使う。
そもそも、精霊の現況調査をしつつ、精霊を滞留させずに昇華させてやることが、当面俺ができる唯一の役目だ。
そういうこともあって、聖樹様へのご恩返しも兼ねて、これからはこの精霊魔法を存分に使っていくつもりでいる。
だからこそ、余程、精霊の枯渇とかの差し迫った事情がない限り、精霊魔法を出し惜しみはしない。
それでは、保冷庫の素材作りから始めよう。
まずは、主な材料となるステンレス鋼を作りたい。
土魔法を使って、地中に存在する鉄、クロム、ニッケルといった金属を抽出し、精製してみる。
やはりあったな! 白銅製らしき百シェルと五百シェル硬貨を見たときから、この国のどこかにニッケルが豊富な地層があるのではないかと推測していたんだ。なにせ白銅は銅にニッケルを混ぜ合わせたものだからね。どうやら正解だったようだ。
もっとも、たとえこの地のニッケル含有率が低くても、この豊富な精霊の魔力をもってすれば、世界中のどこかに少しでも存在さえしてくれたら、強引に土魔法を使って、広範囲から抽出することができそうだけどな。
採算とか全く度外視で可能なため、坑夫さん辺りに知られたら、どやされそう。
うん、鉄もクロムも大丈夫そうだな。
鉄に微量の炭素を混ぜて、延性と靱性を高める──これが鋼鉄だ。
鋼鉄にクロムを混ぜることで、クロムが錆びて被膜を作るので、錆びにくい金属になる……と、ラノベを読んでいたときに調べたことがあったな。
俺みたいなおじさんの若い頃には、スマホでなんでもすぐに調べられる時代ではなかった。だから、気になったことは辞書や百科事典などで調べていた世代になる。
忘れちゃうとまた調べるのが、非常に面倒くさい時代だったからね。一度調べた知識を忘れないように記憶しておく習慣がまだ残っている。それがこうしたときに役立ってくれるとはな。
「そんなの今の時代には必要ないっすよ」と、よく若いやつに言われてたけど、どうだ! へへん、役に立ったぜよ。
電話番号だって、友達とかのは、いろいろといくつも頭の中で覚えていたんだぞ。
今の子には信じられないかもしれないけど。
まあ、俺の場合は、本当のところは女の子からモテたいがために、どんな話題が振られようとも、即座に対応できるよう、ありとあらゆる知識を必死で頭の中に詰め込んでただけとも言えるけどな。
ああ、また話が脱線したか。
そうそう、鋼鉄中の炭素にクロムが結合することで減少してしまうと、また錆びやすくなってしまう。
だから、含有炭素をかなり低く、零コンマ以下に抑える必要がある。
また、ニッケルを混ぜることで、更に靱性を高めることができるから、加工もしやすくなるはずだ。
本来なら熱加工などのいくつかの工程が必要なのだろうけど、そこは土魔法で、ちょちょいのちょいと合成できてしまう。
俺のイメージ一つであっという間に、鉄にクロム25%、ニッケル20%、炭素0.1%を混ぜた合金鋼ができてしまった。
確か、クロムには毒性が高い六価クロムなんかもあったはずだから、どの金属にも触れずに加工できるのは正直ありがたい。
どんな金属にどんな毒性があるかなんて、全てを把握してないからね。
しかし、合金なんて初めて作ったから、本当にこれがステンレスになっているのか、ちょっと心配になってくるな。
なので、錆びないかどうかちょっとテストしてみよう。
純度100%の鉄を比較対象として、塩水を噴霧したり、風で乾かしたりを繰り返し、錆の出方を観察した。
オレンジ色に錆び付いてしまった鉄に比べて、結構な違いが出たので、これなら及第点をもらえるだろう。
失敗のようなら、添加する金属の比率を変えて、何種類か試して作り直そうかとも思ったのだが、とりあえずは平気そうだな。
これで材料の目処がついた。
さあ、このステンレス鋼で保冷庫を作ろう。
目指すのは魔法瓶! ──つまり、容器の内部を真空にして、熱を遮断する構造にしたいわけだ。
魔法のある世界で、魔法を使わない魔法瓶とはこれいかに……。
いや、魔法で作ってる時点で魔法瓶と呼んでもいいのか? あはは、まあ、いいか、そんなの、どうでも。
さて、次はステンレスを材料にして、厚さ1cmになる升状の容器を成形する。上蓋部分には同じ厚みで少し大きめにした正方形の被せ蓋を作成しておこう。
上蓋が取り外せる形式のステンレス箱だ。
この五面+一面の金属材の内部を魔法で直接押し広げ、外側に穴を空けないように注意しながら、完全な真空状態の空洞を作り上げていく。
これで熱伝導をかなり防げるはず……それでも容器の内部と外部が繋がった構造になっているから、完全な熱の遮断とはならないけどな。
とりあえずは糧食の冷蔵・冷凍用だから、これでよしとする。
後は容器の内側に鏡面加工を施して、反射率を上げ、できるだけ熱放射も防げるようにしておいた。
これで真空瓶型保冷庫の大枠ができあがったぞ。




