9話 俺って、薄いの!?
聖樹様との初対面……。
御簾越しなのに、なにもかも見透かされているような妙な力感を受け、戸惑いが走る──耳鳴りみたいなキーンという音のない響きがまるで身体全体を麻痺させるように浸透してくる妙な感覚だ。
特に悪いことをしたわけでもないのに、非常に居心地が悪い──額や脇の下から汗がじっとりと滲み出てきていた。
うっ、本当にオーラのある人と対面すると、こんな妙な圧迫感に陥るのか?
遣り手女性風の声が、唐突に聞こえた──『おぬし薄いな』と。
本来なら更に緊張感が増すところだが、今の俺はそれどころではなかった。
うそっ!? えっ、まさか髪の毛が薄くなったとかか? 思わず、頭に手をやって、少しまさぐる。
不摂生続きで、最近はあんまり髪のことなんて、気にも掛けていなかったから……って、違うか。
うん、大丈夫。禿げてない。禿げられてない。
あれっ!? もしかして、人格面での話?
一目見て、そんなことまで分かっちゃう感じなの? 見通せちゃうほどに!?
くっ、確かに薄っぺらい人間であるかもしれないけど……面と向かって言われると、結構きついものがあるな。
ん! あれ!? さっきの荘厳な御声って、もしや聖樹様か!?
『失礼した。なにやら勘違いさせてしまったようだねぇ。あいすまぬ。薄いと言ったのは存在のことさね』
いやいや、存在感が薄いって言うのも大概やぞ。
『ふっ、なんと言ったらいいものかねぇ。う~む、まずは生き物の身体について話しておくのがいいかね。少し長くなるが、まあ、お聞き──』
聖樹様が話の取っかかりとして、まず生体の形相についての説明をされた。
こちらでの生き物を捉える際の考え方とでも言ったらいいのだろうか。
生命には、根源となる【霊魂】、実体のない心や生成された感情としての【精神体】、活動を可能とする物質的な【肉体】があり、この三つが重なり合って、身体を形成しているという考え方で、こちらの生き物を捉えているのだそうだ。
他者と比べて、俺は物質的な肉体を構成する密度なるものが極端に希薄に見えるらしい。
それはそれは偉い偉い聖樹様とのことであったが……ちょっとなに言ってんだかわかんない。
こういったやんごとないお方との接見では、普通は御付きの者を介した間接的な会話になると思っていたのだが……。
いや、助かるけど。これで間に通訳が入られたら、目も当てられないはずだから。それに、なにせ聖樹様の御声は誠にもって心地好いのだ。心に染み渡る、うん。
正直、内容的には理解できないこともあるのだけど、そんなことなど、どうでもいいと思えるくらいにいい御声……。
『ふふふ、なにやら森に変な気配を感じてね。若い衆に様子を見に行かせたというわけさ。悪い気は感じられなかったし、むしろ我ら妖精に近い雰囲気だったからね。連れてくるようにと申し付けたわけさね』と、ウッドエルフさん達と違って、凄く気さくに話しかけてくださった。
「お手数をお掛けしたようで、申し訳ありません。右も左も分からぬ森の中で困り果てていたので、非常に助かりました」
誠意には誠意を。ここは日本人らしく、できるだけ行儀良く接しなければ、失礼に当たりそうだもの。
『気にしなくて良いよ。むしろ、良い機会さ。前にもこんなことがあったらしいからね。実は──』
聖樹様の発する吸い込まれるような素敵な声によれば、おおよそ一万年ほど前にも、こちらの世界へ迷い込んだ異世界人の記録があるそうだ──【迷い人】と呼ばれていると。
そう、聖樹様は気付いていた。俺がこの世界の人間ではないということを。
それにしても、俺が居たのはここから結構離れた位置だと思うのだが、それほどまでに聖樹様の感受性は高いのだろうか!?
それとも、俺は、この世界の人族とそれほどまでに違いがあるのだろうか?
ウッドエルフさん達の反応はどうだったろうか? う~ん、分からんな。
まあ、俺のことよりもだ。驚かされたのは聖樹様たちの寿命の長さの方だ。
『最もご高齢な方でも、さすがに一万年前を知る者は、エルフの中にもいない』と仰っているようなのだが……。
そりゃそうだろう、なんて考えていると、すかさず、『妖精種エルフであっても、寿命なんて、せいぜい九千年程度なものだからね』と告げてきたからだ。
いやいや、九千年って! どんだけ!? 想像すらできないって。
『ウッドエルフより少しばかり長生きなだけさ』
そう言って、快活に笑う聖樹様とは裏腹、側近らしき方々の物々しい雰囲気からして、やはり違うのだろう。
「ところで、聖樹様はいったい、お幾つ?」と、考えていたことが知らず知らずの内にこぼれてしまっていたのか!? それに対しても、『女性に年齢を聞くもんじゃないよ』と、えらく格好いい声なのに、物凄く可愛らしい雰囲気を内に秘めた感じで怒ったふりをしてくれているところが、誠にチャーミングでもある。
『あはは、ウッドエルフはともかく、エルフくらいの長寿種ともなれば、たまに年齢を問いかけてくれないと、自分がいつ生まれたかすら忘れそうで怖いからね。むしろ、助かるくらいさ』といったご長寿であるがゆえの笑い話も語ってくれた。
『まあ、これでも聖樹の中では最も若いのだけれど……』
聖樹様はお若い!?
平均寿命が9,000年もあるとすれば、人間換算だと1/100にすれば、大体の目安になる。それでいいのかな? あぁ、御簾で見た目がわからんから意味なしだ。
いや、どうなんだろう? もしも仮に五百年間も生きてきたとして、まだ人でいうところの五歳児相当の幼さなんてことがあり得るのかなぁ?!
物心がつくのに、いくらなんでもそんなにはかかったりしないよな。
とはいえ、実際にエルフ様方の年齢を訊いて回るわけにもいかんしね。
ははは、よく分からん。
まあ、聖樹様の喋り方の感じからして、幼女とかはありえないけど……。
だって、声の質がZZガ○ダムのハマーン様を彷彿とさせる恐・かっこよさだ。
こぞって世の男共がひれ伏すこと、まちがいなし。
上司にしたい女性No.1確実といった感じの征服感たっぷりの威厳ある御声──俺が女性に求める声の一つの理想型とも言えるな。
こんな益体もないことを考えていると、ふと疑問が生じた──あれっ!? 俺って、碌々喋ってもいないのに、なぜ話が通じているんだ?
「ふふふ、なぜなのでしょうね? 実のところ、妖精同士なら言葉を発する必要などないのですよ。というか、今まで私が一言も声を発してなかったのに、全く気付いていませんでしたよね? うふふ」
どこからか、うら若い乙女の声が耳に届く。
えっ、だれ!? と思いつつ、辺りを見回すも、誰もそれらしき人は見当たらない。つうか、またしても御簾でよく見えない。
「悪戯はその辺でお止めください! 聖樹様」
今度は別の窘める声がその場に響いた。