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89話 無いわよ、ここには、そんな便利なの

 憂鬱ゆううつな気持ちをなんとか振り払うことができた。


 でも、【エルフの郷】から【クリークビル】への旅の最中、もう一つ気になっていたことがある。


 まあ、こちらは懸念けねん事項というほどではないが……。


 それは、戦闘に入る前、アリエルが背負った荷物を下ろしてから戦いにおもむいていたことだ。つまり、収納アイテムがリュックしかないという現実だった。


 最近の異世界転生ものでは定番である、例のあれがまだ見つかっていないんだ。


 店なんかでそれとなくいたりしているのだが、かわいそうな奴とわんばかりの目で見られるのに耐えかねて、深く追求できなかったのが現状でもある。


 俺が異世界人であることを知っている聖樹様がいる内に、なんで訊いておかなかったんだろうと、何度も後悔したものだ。


 でも、ですよ。いるじゃないですか? この世界をよく知る人物が……人物になったばかりの妖精さんが。


「ねえねえ、スプライトさまぁん! アイテムボックスって、この世界にあるの?」


「なに、それ?」


「……」


 いやいや、まだまだ、分かりませんよ。えっと、なんて説明すればいいんだ?


「え~と、ね。別次元の空間を開いて、そこに持ち物とか食料とかを収納しておくことができる便利な道具、もしくはその能力──しかも、容量の制限がなくて、無限に物が入れておける感じの。極め付きは時間停止機能付きだから、中に入れた生鮮食料品が腐ったり、できたての料理の熱がいつまでも冷めたりしないやつなんだけど、あるかな?」


「はぁ~あん!? あんたがいた世界って、凄いわねぇ。そんな凄いものがあるんだぁ。無いわよ、ここには、そんな便利なの。たぶん、このアストラルにはね」


「ですよねぇ~」


 それにしても、この世界って、【アストラル】って言うのか。この星の名前だろうか、いや、この大陸か、国の名前かも……いやいや、今はそれよかなぁ。


 そうなんだよ。勇者ですら、ただのリュックを背負ってる時点で気付くべきだった……いやいや、分かってたけど、認めたくなかっただけだな、きっと。


 にしても、無いのかよぉう! アイテムボックス。


 インベントリ……ストレージ……四次元ポケット……次元収納……空間収納etc(エトセトラ)、いろいろ呼び方は違っても、概要はほぼ一緒だ。


 魔法がある世界だから、ちょっとは期待していたけど、やはり現実には難しいのかな?


 再現しようにも、俺には理屈が全く分からんからなぁ。


 別の空間に物を収納する考え方ぐらいなら、俺でもなんとなく分かる。


 この世界も地球と同じで、三次元空間+時間のある世界だ。


 三次元世界の物を無限に収納しようとする場合、更に上の次元に収納することで、それが可能になるという考え方は理解できる。


 だって、三次元の物質が縦・横・高さという三つの座標軸に示される物理量を持つと考えると、仮に三次元の物質を四次元世界に持っていった場合には、四次元にあるべきはずのもう一つの物質量となる座標軸の値が0となってしまうわけだから。


 これは言うなれば、厚みのない紙のようなもので、何枚重ねたとしても、四次元世界では厚みが出ないことになる。


 物理量の一つが0であるならば、そもそも、その質量も0になるはずだから、もしも仮に、アイテムボックスという魔導具があったとして、そこへ大量に三次元の物を入れても、重くて持ち運ぶのに困るということはないはずという理屈だ。


 うん、ここまでは理解できる。


 ここから先が、俺のにぶい頭では、どうしても無理なんだよね。


 まず、この三次元世界から高次元空間へは、どうしたら繋げることが可能なのか?


 俺の知る限りで、実在しそうなのはブラックホールぐらいだろうか。


 強い重力が発生している宇宙空間の穴というか、天体だよね。


 巨大な恒星が原子核燃料を使い果たし、外部の重さを内部の圧力で支えきれなくなってくると、重力収縮して、無限に重力崩壊を起こすことになる。


 光すらも外に抜け出せないほど重力が強いので、そもそも光学での観測ができない。つまり、目でみることができないんだ。


 そのため、ブラックホールの中身がどうなっているのかは、理論物理学で頭の中で考えるしか手段がない世界になる。


 こうなると、俺のぽんこつ頭では、どうしようもない。お手上げだ。


 SFなんかでは、入口のブラックホールに対して、出口となるホワイトホールが描かれている作品なんかもあったと思うけど、理論的にそれが可能なのかどうかも俺には判断できない。


 理解しようと何度かチャレンジはしたけど、やっぱ相対性理論とか難しすぎて、勉強する気も起きなかった。


 今なら、精霊魔法を駆使して、微小なブラックホールくらい作れそうな気もするが……いくら粗忽そこつな俺であっても、そんな原子が崩壊しそうな危なっかしいものを地上に作るほど、無鉄砲ではない。


 俺では理論的な検証がまるでできない以上、その辺の実験は本当に無理だ。


 仮に空間に穴を開けられたとしても、そこが四次元以上の空間でなければならないわけだから、それをどうやって指定できるのかの目途めどが全く立たない。


 更に偶然、それをクリアできたとしても、その穴に物を放り込んだ時点で、跡形もなく、つぶれてしまうはずだしな。


 なんとかそこも強重力に対して潰されないような箱を開発して、異空間に箱を入れられたとしても、取り出す方法が、俺には思いつかなかった。


 取り出し用のホワイトホールのような穴をもう一つ空けるのか?


 放り込んだ重力に潰されない箱が、どこにあるのかを知る術はあるのか? 電磁波も帰ってこないような超重力の世界から、どうやって?!


 更にそれらもなんとかクリアできたとして、潰れない箱を取り出せたとしよう。


 その異次元世界から戻ってきた箱には、未知のウイルスやら微生物などが付着している可能性があるから、早急に消毒しなければならない──そうした病原体に対する免疫がこの世界には存在していないので、パンデミックを引き起こしてしまうから。


 この考えに至ったときに、俺もこの世界に転移してきたんだと思った瞬間、正直、全身に嫌な汗をかいた。


 この世界の生き物がそのうち、ばたばたと死に出すんじゃないかと、どうにも心配になって……。


 でも、すぐに、この世界にやってきて早々、火の精霊さんに火の守護結界を張ってもらったことを思い出し、なんとか、あの時点で加熱殺菌されたかもと思い込むようにして、立ち直ったのだ。まあ、現実逃避したとも言える……。


 それに、今は別の話だから、いいや。


 話を戻して、毎回、膨大なエネルギーを浪費して、世界を危機にさらすほどのリスクをいくつも犯すデメリット──個人的な物を収納するためにアイテムボックスを使用するメリット──この両者を秤に掛けたとして、天秤てんびんが釣り合うとは到底思えないんすわ。


 そして、極め付きは、時間停止空間への収納だ。


 時間が停止している空間というのは、いったいどういう世界なんだろうか?


 四次元以上の空間で、しかも、時間という物理量が存在しない世界なのだろうか?


 それとも、時間軸が0という座標に三次元の物を配置したに過ぎないのか?


 仮に時間停止空間へ保管できたとしよう。


 この空間に入った物は全ての動きを停止しているはずなんだよね?


 もし、手を入れて取り出そうとしようものなら、手を構成するあらゆる原子核・電子なども入れた瞬間に停止してしまうはずだから、どうやっても、その中から物を取り出すことができないんじゃないのか?


 磁石で外から引き寄せようにも、磁力なんかもその停止空間では働かないはずだから、無理だろう。


 こうした諸々の問題を度外視したとしても、そもそも、アイテムボックスに物を放り込んだ先の世界に棲息せいそくしている生き物とか居ないのだろうか?


 その生き物たちに入れた食料を食われることはないのだろうか?


 入れたものが貴重品だったら、そこに住んでる知的生物に、がめられたりしないのか?


 それは自分たちしか利用できないような閉鎖空間に設定してあるからと言うのなら、どうやって?


 あぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ、分かんないっつうのっ!


 つうか、こんなことができたら、たぶん……いや、絶対に自力で地球へだって帰れそうだろ。


 だって、三次元どころか四次元以上のどこか分からない空間でも捜し当てられて、その時空に自在に穴を空けられて、時間を操作して、自在に物の出し入れができるんだぞ。


 地球の座標を探し出して、時間の座標調整すらして、元に戻ることなんて容易たやすいんじゃね。


 ワケワカラン。でも、欲しい……欲しいけど……うん、欲しいんだよな、アイテムボックス。


 ああ、もう少し物理とか、真剣に勉強しとくんだったか?


 いやいや、関係ねえだろ? 地球でも実現していない技術なんだし、ちょっとやそっとの勉強くらいで、太刀打ちできるとは思えないもの。天才じゃあるまいし。


 はあ、神様でもいないとなぁ。こりゃあ、無理っぽいなぁ。この世界……えっと、アストラルだっけ?


 この世界には教会が崇める神様が一柱いらっしゃるという話だったけど、どうなんすか? そこんところ。


 ……まあ、一介の人間ごときが神様と対等に話ができるわけないしな……というか、こちらのお願いを一方的に聞いてもらうなんて、神様をぱしりとして使うようなもんなんじゃね? なんて罰当たりな……申し訳ありません。神様、取り消しでお願いします。


 しゃあんめえ、あきらめよう!


 今のところは、アイテムボックスの必要性なんて、それほど感じていないくらいなんだし……正直、異世界での定番だから、あったら便利かなって、思っただけだし。


 要は物が収納できて、持ち運びができれば、いいんでしょうがっ! ……作りますよ。それくらい自分で。


 くそっ! アイテムボックスなんて、大嫌いだぁーーーーーっ!!


 はぁ~、すっきりしたぁ。よし、これでやっと次の作業に入れそう。


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