88話 思わず変な声が出ちまった
さてと、防具系で残ってるのは、あと【ニケの冠】と【イリスの翼靴】か。
この二つも防具だけど、装着している部位が部位だけに、さすがに攻撃を当てて試すのは憚られるな。
盾とかの防御無しに頭へ攻撃がやってくるのはさすがに怖いし、足でも反射的に避けちゃいそうでもあるから。
それにしても、どちらもギリシャ神話繋がりか。
神話によれば、どちらも有翼の女神で、使者として働いていると謂れのある神々──俊敏になったり、回避能力が上がる性能が付与されているのだろうか?
スプライトに少し攻撃させて、回避できるか試してみよう。
速度特化なイメージがある風系の魔法を避けられるのであれば、文句なしに役立ってくれそうだものな。
「おーい! スプライト。ちょっとは魔力に慣れたか?」
「うん! だいぶ掴めてきたよ。このじゃじゃ馬」
だったら、もうちょっと高度な制御とかも、いけるかな?
「んじゃ、風魔法で威力は弱め、スピードが速めのやつって、なんかある? あったら、俺を目がけて撃ってくれないか」
「あるにはあるけど、速度速めると、自然に威力も強くなっちゃうよ。どっち優先? 威力、それとも速度?」
まあ、そりゃ、そうだわな。う~ん?!
「最初は威力弱めの方から、徐々にスピードアップする方向で」
「わかった。やってみる……ちゃんと避けてよね」
なんだ!? 心配してくれてるのか? おっと、集中集中っと。
「風の妖精シルフが命ず、疾風共。彼の者の踵を捕えよ!」
おいおい、いきなり詠唱魔法かよ……つうか、詠唱もできるのね。
「うひゃっ!」
あっぶねえ! 思わず変な声が出ちまった。これで威力弱めなのか? 結構な速さだなぁ。
おっと! ……一度詠唱すれば、後は無詠唱でいけるのね。そりゃそうか、風妖精だしな。それくらい自由自在だろう。
次次やってくる……ふんっ! ……なっ……考え……てる……暇……がっ……ない……よっ! くっ……。
「ス……ストップ……止めてぇ! もういいーーっ!! ……はぁ……ふぅ……はぁ……ひぃ……はぁ、ふぅう」
よし! 予想通りだな。俺が今まで体験したことのないほどスピーディーに動けてる!! 視界の移り変わるのが速いこと速いこと。
本来なら動体視力がついていけそうもないのに、眼球運動なんかにも補正がかかっているみたいだ。まだ目の周りの筋肉がぴくぴくしてる……。
とっさに機敏な動きで、自在に方向転換できるのも、実戦向きと言えるな。
それにも増して、何回か回避し損なったはずの攻撃が、偶然バランスを崩して避けることができてしまった。
偶々にしても、これは?! ……勝利の女神に関係した仕掛けが何かあるのか?
う~ん、どうにも情報が足りない。今は結果だけ受け止めておくしかないか?
さあ、いよいよ、最後に残ったのは二つ。
実はどちらも考えるのが嫌で、後回しにしていたものだ。
マントの方がまだましかな?
この【獣王革のマント】は、【妖精女王の森】の近くで倒された獅子王らしいけど……。
ギリシャ神話に登場する英雄ヘラクレスに倒されたライオン──俺は獅子座生まれだから、その由来となったのをどうしても想像してしまう。
そのライオンは、ヘラクレスの膂力であっても、刃物が一切通らないことから、絞め殺された野獣だったはずだ。
メネアのライオン──その毛皮に包まれた者は不老不死を授かるという伝説が……俺の不死身との関係……いやいや、無いはず。そうだよ! マント貰う前から俺は不死身だったんだから。これはだいじょうぶ、大丈夫。
……ギリシャ神話続きで、少々毒されすぎたか。
でも、最後のは、なぁ……【テュルソス】──あのディオニュソスの杖か。
極め付きのオリンポス十二神だ。酒と豊穣の神だったよな。樹木の守護者でもあったはず……。
これって、聖樹様が持ってなくて、本当にいいのだろうか? 俺なんかに渡していいもんじゃないだろうに。
ギリシャ神話の中では、乳や蜜、清水とかも湧く杖だったとか。
……今まで、はしゃいでしまっていたのは、こいつを思い出したくなかっただけかもな。ディオニュソスの狂気を。
マニアとか、マイナスという言葉の語源となった、驚喜と狂気を引き起こす神が纏うオーラを。
女性から狂信的な崇拝を受ける神……そして、その杖を。
どうしても考えざるをえない……もしかすると……いや、もしかしなくても、スプライトやユタンちゃんとの同伴契約は、この杖が引き起こしたものなんじゃないかと。
俺自身ではなく、こいつが原因かもしれないと思うと、どうにも気が滅入ってくるんだ。




