84話 もうちっちゃくないもん!
しばらくすると、親爺さんが薄緑色のマントと薄茶色の靴を抱えて戻ってきた。
「これは昔、儂が世話になったダークエルフが使っとったものじゃ。店を出すのならと、当時譲り受けてのぉ。最初の頃は長らく非売品として店先に飾っちょったやつじゃ。いい機会じゃ。嬢ちゃんに似合いそうじゃから譲ろう。どうじゃ? 良い品じゃぞ」
「そんな思い出の品を売っていただくわけには」
「もういいんじゃ。道具は使われてなんぼじゃからのぉ。気にいらんのなら、仕方ないが」
「いえ、そんな……スプライトはどうだ? 俺はおまえに似合うと思うけど」
「えっ、ありがとう。素敵な色だと思う。靴? マント? よくわかんないけど、必要なら、これが欲しい」
「じゃあ、決まりだな。この二つ、おいくらですか?」
店主には「ただで持っていけ」と言われたが、さすがにそれだと商売にならないだろうと説得するも、なかなか「うん」と言ってもらえず、耳打ちで「女には大枚はたいて買ってやったものを渡した方が格好がつくから」と言いくるめて、やっとのことで納得してもらえた。
それでも、おそらくかなり割り引いてくれた価格だったと思う。
相場というものを知らないだけに何とも言えないが、ここはありがたく、ご厚意を受けることにした。
と、ここで意外なことが判明した。
マントが長すぎたのだ。
スプライトが小さかったのだ。
「もうちっちゃくないもん!」
そりゃあ、元から比べると確かに大きくなったし、見事なものをお持ちであることは認めるけど……。
いや、論点がずれた。そうじゃなくて、背がちょっと低めなのだ。
あまりにも完璧なプロポーションだったがために、今まで全く気が付かなかった……。
いやいや、そもそも、これまでの比較の対象が、小さなユタンちゃんであったり、でかぶつのドルン&ゲルンであったりと、極端な背丈の者たちだけが横に並んでいたために、目の錯覚を起こしていたのかもしれない。
ただ俺的には最高だ。ぱーぺきなプロポーションなのに、ちょうどちっさい。うん、まちがいなく俺の理想と言える。はぁ……。
大人の年齢なのに、幼児体型とかじゃないぞ。背は低めなのに、もろ大人のぼんきゅっぽんな女性だっていうところが、俺のどストライクなんだ。はぁ……いい。
過去には頭の中でどうにか理想の女性を思い描こうとはしていたものの、とてもじゃないがこの世には存在しえないと諦めかけていたくらいの理想型……はあ、はぁ、はぁ言いすぎて、なんか口乾く。
「なら、いいけど……」
──結局、スプライトの背丈に合わせて、親爺さんにマントの手直しを頼むと、手早いながらも、見事に修正を施してくれた。
さすがはドワーフ職人と言えよう。
「のぉ、ちょっと気になっとったんじゃが、お前さんって、見た目通りの人族なのかのぉ?」
「えっ!? もしかして、人に見えてませんか?」
「あぁ、やはりな。人に化けとったか。いやいや、人族にしか見えんよ……見えんが、妖精を二人も連れちょる人族なんておらんし、妖精でもそう多くはないからのぉ。すぐ、ばれるぞい」
「いやいや、別に化けてないですって。本当に人族なんでって……あれっ!? でも、『多くはない』って、ことは、妖精には重婚も有りってことなんですか?」
「いやいや、そういう話ではなくってのぉ。なんちゅうか、人族の神は一人じゃろ?」
あぁ、そういえば、教会はアーキアだか、なんだかの一神教だったっけな。
「あれっ!? そうなると、なんでこんな神々の名前がほいほい出てくるんだろ? ……」
「不思議がっとるようじゃな。どれ、説明してやろう。儂らドワーフは土妖精ノームと人との混血種でのぉ。その昔、人のいい農民やら、鉱山労働者たちと意気投合して、酒を酌み交わす内に酔って、契約した末に、できちまった子どもの子孫ってわけじゃな。呑兵衛同士の混血が進んじまったから、今のドワーフは無類の酒好きとの評判になってるちゅうわけじゃよ。おろっ……なんの話じゃったかのぉ? ……」
「えっ!? いや、たぶんだけど、神々の話をしようとしてたんじゃないんですか?」
おいおい、呆けてんのか? 結構年食った爺さんだったりするの?!
「おおっ、そうじゃった、そうじゃった。アーキア以前の神々の言い伝えが残っとるのはのぉ。妖精とその系譜筋だけじゃ。人族にその神々の話をすると……」
「やばい、と」
「そうじゃ。くれぐれも不用心に口にしたりするんじゃないぞぇ。それにしても、人族のくせに、よくこの店が見つけられたのぉ」
「あぁ、そのことなら。ジェミニブティックの人に道順を教わってきたから、すぐ分かりましたよ」
「いや、そうじゃなくてのぉ。この店はクリークビルにあるにはあるが、人族相手の商売はしておらんのじゃよ」
「えっ?! じゃあ、人族は武器とかって、どうしているんですか?」
「そんなこと、儂ゃ知らんよ。いや、そうじゃなくてのぉ。この店の周りには隠蔽の結界が張ってあってのぉ、本来なら人族の意識に上らんはずなんじゃが……」
あぁ、それで、よく見つけられたなという話か……まあ、それは、シーリーコートを装備してた影響か、二人の妖精と契約している影響だろうけどな。
あれっ!? ちょっと待てよ。それじゃあ、あのジェミニって、何者?
ドワーフの主人に訊ねてみても、「そんなけったいな奴等など、儂ゃ知らん」と言ってるし……やっぱり人じゃないんじゃねえか!?
うっ、でも、正体は知りたくねえ……うん、もう関わらないようにしよっと。
最後に三人で礼を述べて、店を後にした。




