82話 俺がって、ことですか?
防具を取り扱っているという武器屋は、裏通りにあるそうだ。
クリークビルの町中を中央で十の字に交差して走っている大通り以外の道を歩くのは、初めてな気がする。
よく知らない町ということもあって、これまでできるだけ大きな道だけで移動していたからな。
でも、ドルンだか、ゲルンだか、どっちがどっちだか分からなかったが、奴らが言うには、この町の治安は全く問題ないらしい。
いや、当てにならんな。あんな奴ら、どこを歩いたって、絶対に安全に決まってる。連中の側以上に危険な場所などこの世に存在するはずがないのだから。
あれっ!? そう思うと、裏通りに入るのも平気だ。全然平気。へっちゃらだ。
まあ、奴らが言ってたとおり、柄の悪い連中に絡まれるということもなく、目的の武器屋の前まで迷わず、すぐに到着することができた。
うん、一応、感謝しておこう。うっ、なんか寒気が……。ここはあんなにも海が青くて、暖かい地方のはずなのに。
もう考えるのは止そう。それよりもだ。
確かに武器を扱う店ということもあって、表通りの華やかな店構えとは、だいぶ雰囲気が異なっている。
そういえば、前の世界でも、武器を扱っているような店に入ったことなんて無かったな。
思えば、随分と長い間、平和な地域で平和な時代を過ごせていたもんだ。
歴史を振り返ってみても、運が良かったとしか言いようがないもの。
まあ、この世界の戦争とかの状況は知らんけど、自然環境はずっと過酷そうだ。
地球に現存する最大級の熊よりも遙かに巨大で獰猛そうな野生動物がすぐそばで生息しているわけだしな。
そんな強烈な野生動物すら、軽くあしらっていたアリエルが、厄介だと評した魔物がいる世界だものよ。
まだ魔物と遭遇していないのが幸運と言えるが、魔防士に登録した以上、いつかは相対しなければならない。
というか、でないと、いずれ金欠になってしまうしな。
スプライトもユタンちゃんも妖精ではあるけれど、肉体を持つ身だけに、そうした魔物に襲われたら、ただでは済まないだろう。
野生動物のパワフルさを考えると、防具程度でどうこうなるとも思えないのだが、それでも、そうしたちょっとしたことが生死を分かつ分岐点になる可能性は否定できない。
彼女たちを矢面に立たせるつもりなんて更々ないが、この危険に満ち溢れる世界で生きていく以上、ある程度のリスクは想定して、事前に対処しておくのが賢明なはずだ。
良い防具が見つかればいいが……。
そう思って、武器屋の重厚な扉を開けて、店内に足を踏み入れる。
扉の取っ手がなんか随分と低い位置に付いてて、少々開けにくかった。
おっ、ここの店主は至って普通だ──外見はちょっとむさい髭もじゃのおっさんだが、雰囲気的な面では至って正常そうなのがいい。
この町では、結構、癖のある商売人ばかり見ていたせいか、なんかそれだけで、ほっとする。
カウンターの向こうで、真剣な表情で、革製の剣の鞘にワックスを塗り込んで手入れをしている親爺に声をかけた。
「すみません。ちょっと防具を探しているんですけど……」
話しかけた俺に向けて、視線を上げた親爺の目が俺の全身を舐め回す。
またゲイの類かと警戒したのだが、どうやら、そんな雰囲気でもなさそうだ。
「祝福○△◇招きじゃな。それは」
厚みがある重たい声の中に、高音が混ざったような変な響きが耳をつく。ん?! なんか変だ。ところどころ聞き取れない。
「え、なんですか? 祝福?! 招き?!」
「祝福された招きと言ったんじゃ! 妖精の友という意味じゃな」
親爺が言い終えた瞬間、「祝福された招き」と聞こえていたはずの言葉が【シーリーコート】というフレーズに切り替わった感じがした。
「シーリーコートですか?」
「そうじゃ。元々は善良な妖精を意味する言葉なんじゃが、妖精に招き入れてもらえた者のみが祝福される、つまり、人族には妖精の友と解釈されて、そう呼ばれるようになったみたいじゃのぉ」
「俺がって、ことですか?」
「あん?! ……おう、そうかそうか! いやいや、お主が身につけている防具がシーリーコートと呼ばれている稀少品だということじゃよ。まあ、そんだけのものを与えられている時点で、よほど妖精に好かれておるのはわかる。じゃから、お主もシーリーコートに違いないがの。ほっほっほぉ」
えっ、聖樹様に戴いたこの装備って、やっぱり特別だったのか!
しっかし、なんでそんな高価そうなものを……あれ?! エルフにとってはごく普通の品だったりするのだろうか?
「このシーリーコートって、エルフにとってはごく当たり前の品なんですか?」
「お主、それをどこで手に入れたのじゃ?」
【妖精の森】の聖樹様と縁があって、頂いた餞別の品だと告げると、じっくり見せてくれまいかと頼まれた。
まあ、減るもんでもなし。
なにか分かれば、教えてもらうという条件付きで見せることになった。無料鑑定というわけだ。
単に防具の専門家として、興味があるだけのようだが、こちらにとっては好都合でしかない。
今は、その鑑定待ち──
その間、店に飾られている商品を拝見させてもらっている。
よほど珍しいものなのか、それはそれは慎重に丁寧に、魔法陣が刻印された台の上に載せて、解析にかけてくれてるみたいだ。
ゲームなんかの防具のスペックみたいに、かなり詳細なデータが得られるかもしれない。なんかわくわくすっぞ。




