77話 あいつ……もうっ、強引なんだからぁ!
〔妖精スプライト side〕
あたしは風妖精シルフ。
いつだって勝手気ままに生きてきた。
妖精はみんな、土地や事物に囚われている。
真面目ぶって、それを誇りにしているような妖精は、せいぜいエルフくらい。
数多の妖精の中にあって、何ものにも縛られない自由な妖精なのよ、シルフは。
……でも、それは嘘……あたしたちだって、逃れられない制約はある。
半妖精は別。あの子たちは仕事があるから……ううん、それも違う……あの子たちだって、仕事に集中することで逃げているだけ……。
そう、みんな……怖がっている。
妖精なら誰でも、心の奥底で……不安で、不安で、没頭している……楽しいことだけに……考えたくないから……狂っていくの……狂っているの……どんどん……どんどん……。
あたしも、そうだった……ついこの間までは……あいつに出逢うまでは。
こんなにものを考えるシルフなんて……きっと、変……自分でも笑っちゃうくらいに。
あれはいつものように澄み渡る青空を、春風の勢いに乗せて、風任せに旅をしているときだった。
ちょうど世界樹の方向に風が吹いていたから、真面目くさったモルガーナをからかってやろうと……それが間違いだった……ううん、違う。最終的には正解だったんだ! いや、でも、ここでは明らかに失敗だった。
まさか! と思ったときには遅かった。あたしが撃ち落とされるなんて……まだ世界樹の防空システムが生きていたなんて──
──あれっ!? いつからこうしてたんだろう? 気がついたときには、傍らに独りのウッドエルフがいた。
この子……なんか……変……なにかは……分からないけど……。
それでも、悪いやつじゃないことぐらいは分かった。どうやら、あたしを助けてくれたみたいだしね。
お礼に、契約してあげた──ちょっとの間くらいなら、いいわよって。
ほんとに不思議な子だったレイちゃん……まだ肉体を動かし始めたばかりの妖精みたいに。
あたしには……なんであんな不自由なものに入るのか全く分からなかったけど。
だから、契約した後も、繋がりはできるだけ、できるだけ抑えていた……肉体形質なんて……欲しくない。怖いし、死にたくないし……そんなことをしなくても、元々どこへでも行くことができるから……そう、シルフのあたしは。
しばらくすると、任務、任務とぶつぶつ言い出した……それっ、怖い! 怖いから止めて……もう、やめてったらっ!!
──そして、ある日……あたしは呼び出された……あいつの前に。
最初、とろそうな見た目にすっかり油断していた。
目を細めて、じっとこっちを睨んできたから、偶に街道沿いの茂みの中で見かける、柄の悪い人族の同類かと思っちゃった。
でも、あたしの蔑みを込めた独り言にも、いちいち丁寧に反応してくるような変なやつ。
そもそも、なんで契約もしてないのに、あたしの声が聞こえるのよ? って、ずいぶんびっくりしたもんね。
あいつに言われて初めて気が付いたけど、なんか薄いやつ……でも、濃ゆいのが止め処なく溢れ出してくる感じの。
うふふ、前だったら、こうやって……すぐにからかってやれたのに……今はだめ……なんか変……あたし。
そうそう! 変といえば、いつも変なことばかり考えてるのよね、あいつ……でも、そこが……ふふふ、面白いの。
他のどこを探したって、どこにも存在しないくらいのバカ馬鹿しさ……うふふ……あはは、って! 思い出し笑いで、こんなに笑わせないでよ。
ほんと、あの人ったらっ、くだらないことしか思いつかなくて。好きよ、そういうとこ……だって、あたし、風妖精だもん!
ダダ漏れだった思考にも最初は笑えたけど……なにもかも漏れ出してきているのよね。
その身体、どこか変じゃないの?! 平気なの? 心配になるから、ちゃんとなさい。
あはは、あたしがちゃんとなさい、だって!? ふふ、おかしい。
あぁ、そうだったわ! あいつと最初に出逢ったときの話だったぁ。うふふ。
あいつ、最初からぐいぐい来るの。引きずり込まれて、全身の服を引きちぎられちゃうほど……あれぇ!? 違ったかなぁ。あの頃は破れる服なんて着てなかったかしら……忘れちゃったぁ。てへっ。
えーっ、だってぇ……あのときだって、突っ込み入れたいなんて言われちゃったし。
な、なに言ってんのかしら!? ま、真名なんて知らないけどぉ、喋ってなんかないけどぉ……忘れてよね。そういうことは……忘れていいのよ、忘れなさい!
でも、本当に凄かったなぁ……あいつ……もうっ、強引なんだからぁ! うふふ。
あんたがそこまでするのなら。うん、付いていってあげても、いいんだからね!
そう思って決心してたのに……あいつ、いなくなった……がびん!
どうなってんのよぉ……いったい、どういうつもりよぉぉーーーっ!
今、思い出しても、頭に来る! 腹が立つ。
そういえば、その前にもあいつ……あたしの一番気にしてることをあっさり言い当ててきたし。
まさかスプライトが下位妖精全体を指す言葉だなんて、上位妖精であるあたしが知るわけないでしょっ……くっ、一生の不覚ね。
ぐぬぬぬぬっ……ああ、怒りが、怒りがぶり返してきたぁ。
わけ分かんないことも訊いてきたし。
おやって、なによ?!
生まれるわけないじゃない。
妖精なんて、みんな起きてくるに決まってるじゃない! 元からここにいるんだから。
あれっ!? あたし達って、どうしてここにいるんだっけ?!
えっと、なんだっけ?! ……あぁ、そうそう、あたしとレイちゃんで文字を読めるようにしてあげたときだって、核心を突いてきて、あたし達の心を見事に抉ってきたしぃ……。
あいつがバカみたいな火魔法をぶっ放したときだって、すかさず、あたしの悪戯かと疑ってきた。あいつめぇ!
あはは、今思い出しても笑える……そんな罰当たりなこと言ってるから、衛兵なんかに押さえ込まれたのよ。
そういえば、まだあのときには、衛兵達にあたしの声が聞こえてはいなかったな。
レイちゃんと協力して魔法を弱める方法を試行錯誤したけど、魔力の相乗効果のせいで、どうしても満足いく答えが得られなかった。
そんな中、あいつは馬鹿みたいな振りして精霊へ話しかけたと思ったら、あっさり自分で解決してしまった。
あれほど見事な魔法制御は視たことも聴いたこともない。
あいつにあんなにも優しくされている精霊に対して、嫉妬心さえも芽生えたもの。
極め付きは、エルフに会いにいくときのあの楽しそうにしているあいつよ、あ、い、つ! なりたてほやほやの聖樹ごときに、うつつを抜かして!!
聖樹の頼まれ事なんかに、ほいほいと従った挙げ句、虹色の園でもとんでもなくありえないことをしでかしたかと思ったら、あの赤い人族まで引き連れて帰ってくるし。
挙げ句の果てには、あたしがちょっと故郷へ確認しに帰ってるうちに、いなくなっちゃってるし。
もう、レイちゃんったら、ああいったことは、はっきりと伝えてくれないと……確かにあのときは、『後でね』って言ったきり飛び出していっちゃったから、あたしのせいでもあるわけだけど……。
エルフの郷に戻ってから、それを聞いて、すぐに飛び出して追いついてみたら、唖然とした……だって、あの赤い人族と一緒にいたから。
あの人族、なんか苦手……赤い連中は昔から嫌い。火属性だから……いや、それだけじゃないのは分かっている……あれは敵……間違いなく、難敵……。




