74話 初めてライブで堪能しちゃった!
それじゃあ、俺も腹拵えしてくるかね。
『スプライトはどうする? 俺の近くで料理を見たり、匂い嗅いだりする?』
『当然でしょ! ベーコンの視聴だけじゃ物足りないし』
ふーん。そういうもんか?! ……全く意味が分からんけど。
ユタンちゃんは? って、リュックの中にいくつか入っていた熊肉の塊を取り出しては、なんか真剣な顔で、夢中になって並べてるみたいだ。
ちょっと声を掛けるのも、憚りがある雰囲気が……。
まあこれなら、放っといても大丈夫そうかな?
一応、「並べ終わっても、ここで待っててね」とユタンちゃんに告げてから、スプライトと連れ立って、食堂に向かう。
本日の献立は、タイムリーにも鉄板焼きステーキでした。
テーブルに届いたあっつあっつの料理──肉から溢れ出た脂が鉄のプレート上で、ぷちぷちと弾けて、食欲をそそる音を立てている。
スプライトに目をやると、『ごくっ!』っと、音がしそうなほどの勢いで唾を呑み込んだのが分かった。
『食べたいなら、もう一つ頼んでやるぞ!』
『……』
なんの返事もない……料理が奏でる音に集中しているようだ。
あんまりじっと眺めていると、シッシッと追い払うような、静かにしろと言ってるようなオーラをスプライトが纏い始めた。うん、これ以上構うのは止めておく。
さて、俺も食べようかね。
「いただきます!」
一応、まだ音がしているところはスプライトが音色を楽しんでいるみたいだ。なので、少し冷めて音がしなくなったところから食べていく。
あっ! 駄目だったらしい……スプライトが呆然としてる?!
そうか! 湯気が出てる絵面も堪能してたのか?!
これって、結構、難しいな。
じゃあ、湯気が出なくなって、絵的に地味めなところから、食っていけばいい? いいらしい。あはは、分かったよ。
鉄板の上で焼けた肉は、いつまでも肉汁が染み出してきて、じゅうじゅう美味しそうな音を奏でる。
脂が躍るように跳ねると、また香ばしい匂いが漂ってきたりするから、いつなんどきも油断できないんだ。
そうして食欲がそそられる気持ちは分かるよ。
それにしても、妖精にとって、今回は良い料理に当たったものだ。
もしかすると、スプライトにとっては、部屋の中での静かな食事よりも、アウトドアでのダイナミックな食事の方が好みに合うかもしれないな。
夕食のビジュアルとサウンドを十分味わって、愉悦に浸るスプライトも、なかなかに魅力的だ。
『初めてライブで食事を堪能しちゃった!』
『はぁ?! 今までと一緒じゃないのか?』
『だから視聴だって言ったじゃない!』
なんだ? また、翻訳機能がおかしくなってるのか?!
いや、それは後で考えればいいか。
今はユタンちゃんを部屋に一人で残してきたことだし、さっさと戻るとしよう。
スプライトは満腹になって、眠くなったのか、俺の頭の上に舞い降り、じっとしている。
おいおい、俺の頭は鳥の巣じゃねえぞ。ほんとに禿げてねえんだろうな?!
そんなに居心地いいの?
聖樹様にも薄いって……いや、あれは違ったな。
しかし、乗り物感覚かよ、いいご身分で。あはは、まあ、いいけど。
ただ、落とさないように気をつけていると、別に重さを感じているわけでもないのに、余計な力が入ってくるのか、なんだか妙に首が凝るんだよ。
それに、なんかちょっと怠い……。
やっとのことで、部屋の前まで辿り着く。
扉を開けると、クローゼットの扉が全開になっていて、お肉屋さんが開店していた。
目の前には色鮮やかな世界が広がっている。
熊肉の妙味を余すところなく表現した傑作だ。
野趣溢れる筋肉質な造りを活かした見事な配置に、光と影のコントラストが深みを与えている。
空気の流れすらも操るかのごとく、匂いすら形づくるかのように、クローゼットという半閉鎖空間を利用した肉の重なりの芸術。
もう自分でも、なに言ってんだか分からない……。
いや、でも、あんなただの燻製肉を並べただけで、どうしてこんな風になった?!
なんだか超高級肉しか入っていない熟成庫から、「選びに選び抜かれた至高の逸品の数々をご用意しました」みたいな感じにしか見えないんですけど。
俺たちが飯食ってる間に、リュックに残っていた熊肉ベーコンをユタンちゃんが並べただけのはずなのに……。
あっ、ちょっと待てよ! 明日の朝になったら、パステルカラーに塗り分けられてるかもしれない。それだけは注意しておくか。
親じゃないけど、親として、親らしく子どもに言って聞かせておくべきことはしっかりと……とはいえ、結婚すらしたことないから、その辺はよく分からんけど。
「ユタンちゃん、よくできました!」
おお、自慢の一品ですか? ぶんぶんと頷いてから、えっへんって感じで胸を張り、全身でやり遂げた感出しまくっちゃって!
「でも、色は塗っちゃだめだからね。食べ物だから」
あはは、そんな愕然としなくても。
「これで十分美味しそうだから、お願いだからここまでにしておいてね。今度、なにか色を塗る物を用意してあげるから、それまで待っててね」
納得してくれたユタンちゃんのために、寝床を用意してあげなくては。
出窓の床板に、ユタンちゃんの敷布団用として、新品のタオル数枚を重ね、更に端の部分を少し折り返して、枕代わりになるようにしておく。
ユタンちゃんをそこの上に乗せてあげて、もう二枚の下ろしたてのハンカチを掛けて、掛け布団代わりに使ってもらおう。
どちらもユタンちゃんがパステルカラーに染めたかわいいタオルとハンカチだから大丈夫かな?
「おやすみ」と告げて、俺も床に就いた。
はあ、なんだか今日は疲れたよ、パトラッ▽ュ。ぼくはもう眠いんだ。




