73話 いや、金払うのは俺なんだけど
リュタンちゃんを抱えて、宿屋に戻ると、唖然とした表情で出迎えられた。
だが、さすがはプロ。瞬時にいつもの営業スマイルに戻っていたのに感心させられる。
そんな宿屋の主人に、この子を一緒の部屋に泊めたいと伝えて、追加料金がいくらになるかを尋ねると……それに対する返答が予想外だった──「妖精様から宿泊代金を貰い受けることなどできませんから」と固辞されてしまったのだ。
いや、金払うのは俺なんだけど……。まあ、それならそれで、いいや。
部屋に戻ると、もう夕飯時だ。
そういえば、妖精さん方は、いったい何をお召し上がりになるのだろうか?
『スプライト、食事の方はどうしてるの?』
『食事風景を視て聴くの』
『ふ~ん』
さすがは妖精さん、お食べにはなりませんか。
ダイエットしている風でもなさそうだし、妖精全般の話なのかな?
「リュタンちゃんは?」
「レティアン」
えっ?! レティアンって、なに? あん……おぉ、餡か!?
『半妖精はレティ餡とかいう食べ物を食べるのか? スプライト』
『ばかねぇ、そいつの真名でしょ! それって』
おぉ、あれかぁ! 契約者にしか明かさないという例の──真の名前という。
かわいらしくリュタンちゃんが頷く。
「レティアンちゃん!」
「だめ」
えっ、なんか発音違った?! イントネーション?! ……どこが駄目だったのかな?
『そうじゃないわよ! 妖精の真名をたやすく口にするなってことよ……それにしても、ダダ漏れが酷すぎ──』
スプライト曰く、魔法線を介して契約者と話す場合、通常であれば、他者に内容が伝わることはないそうだ。
でも、今現在、俺が二人の妖精と契約しているせいで、本来は一対一での専用回線であるはずの魔法線が、契約者の俺を介して、三人の共通回線のようになってしまっている状態らしい……俺の心がタダ漏れのせいで。
本当は真名も主人と二人きりのときに念話で教えるべきことらしいが──『あたしを第一夫人として理解していると解釈していいのかな? うん、うん。分かってるじゃないこの子!』と、なぜか上機嫌になっていた。
まあ、普段は呼んじゃいけない名前だということは理解した。
『じゃあ、今までどおり、リュタンちゃんでいいのか?』
『あんたねぇ~。それって、半妖精の種族名じゃない! いくらなんでも、それで呼び続けるのは、かわいそすぎ。通り名で呼びなさいよ。通り名で』
ああ、そういえば、そうだったな。雑貨屋の店主が「リュタン」と呼び続けてたから、いつの間にやら名前だと思い違いしてたよ。うっかりしてたな。
つうか、あいつ、通り名すら教えてもらえてなかったのか?! なんて……哀れすぎる。
「リュタンちゃん、通り名教えてくれる?」
「ユタン」
ふふふ、かっわっいー! リュタンのユタンちゃんかぁ。
「じゃあ、これからはユタンちゃんって呼ぶね」
うんと首だけで頷く姿も……またなんとも。
あれ!? もしかして、店主のやつ。ユタンちゃんがせっかく「ユタン」って、教えてくれてたのに、妖精名のリュタンと勘違いして、呼び続けてたから相手にしてもらえなかったんじゃ!?
いや、それなら俺も同じか? 単にやつに興味がなかっただけか。憐れな。
ははは、雑貨に興味があっただけなのかもな。
となると、ユタンちゃんが興味持ちそうなもの、なんか見つけておかないとな。
ん!? いや、そうじゃなかった。今はユタンちゃんの食べ物の話してるんだった。
「ところで、ユタンちゃんは、なにを食べるの?」
「べーこん」
えっ、ベーコン!? 燻製の?! 違うか! 今度はなんだ?
『スプライト、ベーコンってなんだ?』
『はぁ~あぁ? バカねえ、あんたがずっと担いでたやつでしょうが……』
担いでたって、リュック? いや、中に入ってる熊肉か!
リュックの中から熊肉の塊を取り出すと……じぃーっと音がするような熱い視線を感じる。
振り向くと、そこには口のダムから涎が蓄えきれずに決壊し、溢れ出していたユタンちゃんの姿が。
えっ!? そんなに好物なの?
物凄くお腹が減ってるようだったから、食べやすいようにナイフで薄く削いで切り分けると、ぐぅーっと、なにやらかわいらしいお腹の音がこちらまで聞こえてくる。
手のひらに乗せて差し出してあげると、俺の指ごとしゃぶりつく勢いで食いついてきた。
両手で落ちないように掴んで、はむはむと懸命に食べる姿は小動物っぽくて……愛らしい! なんという癒やしか。
なんだかリスか、ハムスターに餌付けしている気分になってくる。
よくよく訊いてみれば、一日に十回も食事をするのだとか。結構な大食漢と思ったけど、身体のサイズがサイズだけに一回にベーコン一枚で満腹になるみたい。
熊じゃなきゃ、やだってこともなさそうだから、そこは安心だ。
コアラのようにユーカリしか食べないとかだと、安定して食べ物を提供するのも難しくなるからね。
そこは、なによりだ。




