72話 そっかぁ。はえちゃったかぁ
リュタンちゃんに触ろうとする順番待ちをきちんと整理できているせいか、店内にはそれほど客はいない。
それにしても、ここから見ていても、どうやって避けているのかまるでわからないほど見事に、リュタンちゃんはするっと躱していく。
ははは、確かに触れないんだな。
おっ、俺がいるのに気が付いたのか、リュタンちゃんの方からこちらに、てくてく歩いてきてくれてるよぅ。
まあ、なんて愛らしい!
視線の高さをできるだけ合わせるように、俺はしゃがんで待つ……ふふふ、至福のひととき。
それでも、まだ見上げてくる感じになった円らな瞳があどけない!
さて、どうだろ? 撫でさせてくれるのかねえ。
うほっ! やっぱ、極上の撫で心地……なんなんすか、この感触は?
「あれ?! こんな耳あったっけ?」
「はえた」
「えっ、ほんと?」
これまた、かわいく頷くリュタンちゃん。
そっかぁ。はえちゃったかぁ。今、確かにぴょこっと、起き上った感じだったもんな。
ハムスターみたいな耳で、リュタンちゃんに似合ってて、すんごくかわいい。
んっ! ま、まさか!? これって……例の……伝説の……あの、ケモミミかぁっ!!
「す、凄いぞ! リュタンちゃん」
「すごい?」
「うんうん」
あれっ?! ケモミミって、確か……伴侶と同じくらい妖精に信頼された証じゃなかったっけ?
だ、誰ですか? うちのリュタンちゃんに手を出した愚か者は。殺しちゃいますよ。
うん!? リュタンちゃん、なんでこの俺を指差してんの?
『ふんっ! あんたが原因だからでしょ』
「おぉぅ、びっくりした!」
なんだ!? スプライトかぁ。いけねっ! こいつと喋るときには、念話にしなきゃな。
『ところで、原因って、なんのこと?』
『同伴契約に決まってるじゃない! あんたがお相手の』
『嘘っ!?』
『ふんっ! この妖精誑し』
なに怒ってんだよ? まあ、今はそれどころじゃないか。
『えっ、これ、どうすれば?』
「いっしょ」
えっ、なんで思念を読めるの?
『魔法契約の効果よ。それに、あんたの思念がダダ漏れなのは、前からでしょ』
『へぇ~、えっ、一緒って、俺に付いてくるってこと?』
かわいく頷くリュタンちゃんに、またほっこり……いや、そんな場合じゃないか?! どうしよう?
店主には何も言わずに、ただ出ていけばいいか? 俺が抱えずに出ていけば、盗んだとはみなされないだろうし。
元はといえば、あいつが「触ってけ」って言ったのが原因なんだし。
『リュタンちゃんは、独りでお外に出られるの?』
また、かわいく頷くリュタンちゃん。
じゃあ、大丈夫か。自分の意思で後付いてくる分には、誘拐とかにはならんだろうし、それを見せつければ、納得するしかないだろ……しないだろうな、絶対。
でも、しょうがないじゃない。心で結ばれちゃったんだもの。愛は誰にも引き裂けないものなの!
いや、ふざけてても、埒が明かないよな。
男は度胸。しらばっくれるか! ははは……全然、男らしくねえ。
『じゃあ、リュタンちゃん。ここに残ってもいいんだからね。もしも、おじさんと一緒に居たかったら、おじさんの後を付いてくるんだよ』
後は振り返らずに、ゆっくり出入口へと向かう。
一応、出るとき、リュタンちゃんが扉に挟まれたりしないよう、こっそり風魔法で扉が閉まらないように押さえておく。
光魔法と水魔法を駆使して、即席で鏡を作り、後ろの様子を確認しながら、表に出た。
「ぎゃーっ! リュタン、どこへ行く? あいつになんか付いていっちゃだめだぁ!!」
抱えようとした店主の手をするっと躱して、なにごとも無かったように、俺の後を付いてくるリュタンちゃん……かわゆす。
並んでいた客たちも一斉に触れようとするが、そこは肩透かしのプロ──持ち前の魅力で相手をめろめろにして判断力を奪いつつ、紙一重で躱す、躱す……偶に俺の方を窺いつつも、そうやって相手の注意も逸らして、すり抜ける。また躱す。蝶のように舞わずとも、ごくごく普通に躱す。
あっ! 網で捕まえようとしているやつが!! と思ったら、別のお客たちに取り押さえられて、あっという間に袋叩きに遭っていた。
へえ、ファン同士のルールを守らない奴には容赦しないらしい。うん、結構、結構。
どうやらファン連中も触ったり、捕まえたりするのも諦めたようだな。
もうそろそろ、いいだろう。だっこしても。そんだば、よっこいしょっと。
「あはは……よくがんばったね。リュタンちゃん」
「ん?」
ははは、リュタンちゃんにとっては、造作もないことだったようですよ。
ホセ・メ○ドーサ並みの動体視力と予測能力、そして身体制御……末恐ろしい。
お持ち帰りするのはいいんだけど、リュタンちゃんに何してもらおうかな?
『いやいや、そんなに睨むなよ、スプライト。そうじゃないぞ! いかがわしいことじゃないって』
『じゃあ、なんなのよ?』
スプライトに、あの雑貨屋でやっていたリュタンちゃんのお仕事ぶりの素晴らしさを詳細にとくとくと説明してやった……最後の方は呆れて、相槌すら打たなくなってたけど。
そうなんですよ。お仕事の話。
う~む、リュタンちゃんの興味が湧きそうなものをおいおい探していくしかないかな。
さてと、おうちに帰りましょっ、ね~!




