70話 だったら飛べばいいじゃない?
あぁーあ、今、空を飛べたら、精霊さんなんて捕まえ放題なんだけどなぁ。
『だったら飛べばいいじゃない?』
「えっ、こっちの世界にも空飛ぶ乗り物ってあるんですか? ……って、おまえ!? えっ、いつから?! てっか、なんでここにいんの?」
誰かに話しかけられたと思って聞き返し、振り返ってみれば、そこには風妖精シルフがいた……いや、まあ、スプライトなんだけどね。
『飛べるよ』
えっと、念話って、こんな感じだっけ?
『そりゃ、おまえは飛べるだろうけど、俺は人間なんだぞ。飛べないの。それともなにか? 風妖精と契約すると、空も飛べるようになるのか?』
『ふん、飛べるわけないじゃない。でも、ぶっ飛ばすことはできるよ』
こいつ、俺をぶっ飛ばす気だったの?!
『そうじゃなくて』
あれっ?! まだ心を読まれちゃうの?
『あいかわらず、念話、下手ね。そんなことより、飛べるよ。たぶんいけるはず』
おいおい、たぶんでやって、飛行に失敗したら、死んじゃうから……いや、大丈夫か!? 今の俺なら。
これは念話にならずに隠せた! あれっ!? どっち? スプライトさん。
スプライトはといえば、なにも言わずに少し遠くの海上付近にいる精霊さんのところに向かっていってしまったようだ。
しかし、風妖精だけあって、飛ぶの速いなぁ。あっ、戻ってきた。
瞬く間に戻ってきたスプライトの傍らには、同じように宙に浮かんだ緑色に輝く精霊さんがいた。風の精霊さんということかな?
『おっ! ありがとう、スプライト。そっか、連れてきてくれたわけか』
『いやいや、これからこれから。まずはその子との繋がりはどう?』
えっ、あぁ、繋がりかぁ。どうなんだろう?! 今までは無理矢理連れてきたわけじゃないからなぁ……あっ! うん、平気。全然問題なさそうだ。
おおぅ! 今度は……風の守護結界がプラスされていく。
ははは、水の守護結界と合わさって、更に爽やかさが増した感じがする。
あれ!? もしかして、俺が思ってた以上に、この辺の気温って、意外と高くて、暑いのかもしれない。
ありがたや、ありがたや。
『もぉうっ! そろそろ、いい?』
『うん?! なんの話だっけ?』
『飛びたいんでしょ?』
『ああ、そうでした、そうでした』
でもな。一応、用は足りちゃったんだよね。飛べれば、確かに便利ではあるけれども。
『だったら、あたしと契約して!』
『えっ!? でも、おまえはレイノーヤさんの契約妖精なんじゃ?』
『あれは切れちゃった。だから大丈夫』
いやいや、それって、全然大丈夫じゃないでしょ!
むしろ、やばくな~い。レイノーヤさん、怒ってないかな?!
あぁ、例のあれか! 他者の魔法契約を断ち切るほどの、俺の男としての強烈な魅力?
いやいや、冗談はさておき、他人に迷惑かけるのは、よろしくないなぁ。
『いやなの? あたしとの契約』
『いや、そうじゃないけど……』
『あたしには遊びで近づいてきたの?』
『おまえ、またそんなこと言い出して……』
『ふふふ……』
その笑い、怖いから。また社会的に抹殺しようと考えてるでしょ!? もう分かったから。
う~ん……ここは降参するしかないかぁ。里に戻る機会があったら、レイノーヤさんに謝っとこ。
まあ、妖精ならいいか、俺より先に死ぬことはないだろうし……連れにしても……。
『じゃあ、お願いしようかな。んで、どうすればいいんだ?』
『それじゃあ……って、あれ!? もう契約できてるっ! なんで?』
いや、知らんよ、そんなこと。
なんか随分と混乱しているみたいだけど、俺は何もしてないからね。
『普通じゃない! ほんとに何したの? あたしに』
『ふふふ……それが我が力、おやじの魅力だぁーーーっ!』って、いやほんと、なんでだろうね?
『人族のおやじにそんな力がぁーーーっ! って、そんなわけあるかぁ!! でも、まっ、いっか』
おいおい、それでいいんかよ? まあ、その辺の軽い乗りは助かるけど。
そもそも、契約しようとしてたわけだしな。魔法契約の手間が省けた感じか? いや、俺的には魔法契約を一度どんな感じか見てみたかったんだけど……。
結局、原因なんて考えても分からんだろう……どうせまた、俺の霊魂やら精神体やらが濃密とかどうとかいうわけの分からん話なんだろうし。
『それじゃあ、空を飛ぶよ! 身体の周りに大気の層を纏うようにイメージして……うん、できてるできてる……そこから鳥に生えてる翼にイメージを変えて! ……いいよいいよ……そしたら目いっぱい羽ばたけ、それっ!!』
ん! こうか?
「お、おぉぉぅぅーっ」
たっけえーっ、こっえーっ、かっけぇーっ! やっべぇーっ、かーっ! 語彙力、一瞬で持って行かれたあぁぁぁ。
瞬く間に遙か上空まで舞い上がった──まるで迎撃ミサイルで打ち出されたかのように。
ぐっ、凄まじい空気抵抗で、顔が……顔が歪む。
そう思った瞬間、それまでも顔の前にあった薄い空気の幕のような結界が、途端に強度を増し、前からやってくる風を押し返してくれた。
「あー、ぁ~、ぁあ、あー」
あはは、それでもまだ、口の中に風が入ってきて、声が変わって、おもしれぇーっ。
おっと! そんな場合じゃなかった。スプライトはどこだ?
すぐ側を飛んでいたスプライトを見つけ、茶目っ気たっぷりに声をかける。
『さすがは風妖精! この俺様の速さについて来れるとは!!』
『なにバカなこと言ってんの? あたしとその精霊のお陰で飛んでるくせに!』
ははは、そうでしたそうでした。これって、もしかして、風妖精と風精霊のコラボ魔法? ってことは、この世界でも空を飛べる人間は俺だけか!?
「きゃっほぉーっ! ひゃっはぁーっ!!」
気分はもう最高潮。
ギュイーン、ギュイーンと、音が出そうなほどのバレルロールをかまし、大空の滑空を楽しむ。
もう後方へ風を噴出するように調整済みなので、実際にジェット噴射みたいな勢いになってるわけだ。
『あんたの念話だか、会話だかほんと適当ね。心の中、ダダ漏れじゃん』
『いやいや、これは、思わず叫んじゃったり、遊んでただけだから。それよか、これって、いつでも飛べるの?』
『さあ、その精霊の力が尽きれば、自然に落ちるんじゃない?』
『そうじゃねえよ。いつでも使えるのかって……えっ!? 嘘っ?! 落ちるの?』
まじか!? いや、そっかぁ、風精霊の魔力容量次第なのか。だったら、遊びはもうこのくらいにしておこう。落ちたら、怖いし。
そうだ! それに本来の目的である精霊さんに接触せねば。
精霊が浮遊している地帯を突っ切って、手当たり次第に精霊さんと接触したい。
そう思って海に向けて下降し、今度は海面すれすれを滑るように疾走する。
いた、いた! やや左へ旋回して、まずは一つゲット。次は、あっちだ。
その後は直進で一直線上にいる精霊さんに次次と接触して、加護を得ていく。
──よし! これで全属性、コンプリートだ。
これだけの数の精霊さんに一緒にいてもらえれば、当分は精霊魔法を節約しなくても済む。これなら試行的な魔法実験も行える。
ふふふ、顔が緩むのをどうにも抑え切れない。
こんな浮かれているときは、とかく事故に遭うもんだ。そうならない内に、今日のところは、さっさと帰るとしよう。




