67話 これ、つまらないものですが
さてと、そろそろアリエルも起き出す時間かな?
挨拶もなしに出発しちまうこともないだろうけど、念のため、先に廊下に出て待っていよう。
しかし、なんだかストーカーみたいだな。
我ながら気持ちわりーな。
今更だけど、アリエルは時計とか持ってたのかな? それにしても、なにかしら示し合わせておけばよかったな。
廊下で待ってると気持ち悪がられそうだから、やっぱり先に食堂へ行って、ゆっくり朝飯食べながら待つとしよう。
──粗方、朝食が済んだ頃、アリエルが食堂にやってきた。
「おはようさん」
「おはよう。今日は珍しく早いんだな」
あまり寝てないことがばれるのも恥ずかしいので、念のため、部屋を出る前に、しっかりと精霊水で顔を洗ってきたから、大丈夫なはずだ。
それにしても、アリエルもまだまだ眠そうな顔してるな。
そんなんで、大丈夫なの? 落馬したりしないでよ! あーた。
俺はお茶を飲みながら、偶に会話を交えつつ、アリエルが食事を終えるのをそれとなく待つ。
「アリエルさん、だめですよ。淑女たるもの、そんなに急いで食べたら……んっもう!」
「いったい誰の物真似だよ? それ」
アリエルのお母さん役をしてくれていたと昨日判明した仮想シスターを演じてみたのだけれども、当のアリエルはお気に召さなかったようだ。
まあ、そのシスターには一度も会ったこともないし、名前以外、詳しい話を一切聞いてないので、あくまでも俺の勝手な想像だけでしかないわけだから、アリエルには全く伝わらないのだろうけど……とにかく暇だったので。
「いつ頃、出発するつもりなんだ?」
「部屋に荷物を取りに戻って、部屋の鍵を返したらすぐ、だな」
ふ~ん、そうか。なら、荷物を下でまた開けないで済むように、今、こいつを渡しておいた方がいいな。
「これ、つまらないものですが」
「つまらないもの?」
「あれっ!? この言葉は通じないの? んじゃ、餞別なんで、受け取っておくんなまし」
「おっ、なんだよ?! これ。すげーかわいい袋じゃんか」
やっぱり、リュタンちゃんのセンスは抜群か。女の子の心に刺さる感じ?
なんか袋に中身が負けてる気が……。
「ごめん。期待してるところ悪いけど、中はただの魔力の籠もった水を詰めたボトルだから……一応、俺の魔素で生成したのを目いっぱい込めといたやつだけど」
「おぉっ、なんか凄そうだな! 魔物に投げつければいいのか? ありがとな」
いやぁーっ、投げ捨てないで!
「あの、一応、回復薬のはずだから、飲んでください。……嫌だったら、傷とかにでも振りかけて使って……捨ててもいいから、せめて俺が見てないところで捨てて。お願いだから……うるうる」
「へえ、飲んだり、振りかけて使うんだな。うん、分かった。いや、捨てねえし……また、そうやって小芝居して、おちょくりやがって!」
違うのアリエルさん、これは寂しさの裏返しなの! そんな面倒くさい生き物なの、わたくしって!!
おっと、時間がないか? そうそう遊んでばかりもいられないっと。
「本当に世話になったな。正直助かったよ。ここまでおまえが居てくれて」
「ふっ、ばかやろう! それはお互い様だろ? あたしも、いろいろと勉強になった。ありがとな」
目に溜まった涙がレンズになって、アリエルたんが百倍かわいく見える!
「なんかまた失礼なこと考えてたろ?!」
相変わらず、なんて勘のいいやつ! またしてもか!?
もしかして、毎回、百パーの確率で勘づかれてやしないか?
「それじゃ、そろそろ……」
「うん」
あぁ、アリエルが部屋に戻ってしまった。
俺は一人、冷めたお茶の入ったカップを両手に包み込み、アリエルとの出会いを思い出していた。
ははは……最初は殺されかけたっけな。それにしては仲良くなった方か。
──取り留めのないことが浮かんでは消え、しばらくすると、アリエルが階段を下りてきた。
俺は立ち上がって、宿屋の鍵を返したアリエルの後を追って、外に出る。
アリエルが居ない。
きょろきょろと辺りを見回していると、辺りからどこか懐かしいような感じがする稲藁のやさしい匂いが漂ってきた。
馬の嘶きに気づき、振り向く。
宿屋の裏手の方から、アリエルが馬の手綱を引いて戻ってきた。
よかった。まだ出発していなかった。
「元気でな!」
「じゃあな」
アリエルは最後の挨拶を交わすと、颯爽と馬に跨がって疾走し、門を……あっ、門の前で門衛に止められた!
うん、なるほど。町の門は下馬した状態でゆっくりと潜らないといけないらしい。
勉強になったぞ!! アリエル。
最後までいろいろ教えてくれてありがとう。今回は反面教師だったけど。
門の外に出たアリエルは、今度こそ、本当に矢のような勢いで馬を駆って行ってしまった。
あぁ……結局、また一人になっちまったな。




