667話 天国で幸せにな
葛折りの下り坂を降りた先の門で、縛られた警備隊を見た門番たちと一悶着ありーの。
その騒ぎを聞きつけて、俺を魔王と間違えた振りして、また襲いかかってきやがったアリエルとの一戦ありーの。
そこに、三傑さんが俺に加勢してくれて、物凄い魔法戦が展開しーの。
俺よりも少し遅れてやってきたスプライトが俺に抱きついてきて、俺の主砲が展開しーの。
それを後ろで確認したユタンちゃんに蹴りを食らったんだけど、全然威力がなくて、びっくり仰天しーの。
最後には迷子になってたファムちゃんが遅れてやってきて、みんなに抱きつき回って、再会を祝いーの。
そうなんだよね。ファムちゃんがスプライトとユタンちゃんを迎えにいってくれてたんだ。
でもって、途中ではぐれてしまってたらしい……相変わらずだ。
まあ、そんなハプニングはあったものの、あの電脳空間での生活ってのは、その間の時間潰しでもあったわけだ。
でも、アリエルまでここに居るとは正直思わなかったけど……。
いや、後で迎えに行こうとは思っていたんだよ。
あぁ、ファムちゃんのサプライズか。
ふふふ、とにもかくにも、幸せいっぱい。幸せ全快だ。
「そんないい感じに纏めようとしても、ごまかされないわよ。で、誰を選ぶの? 最初に」
「誰を選ぶのですか?」
「えらべ」
「おいおい、なんの話だよ? あたしも混ぜてくれよ」
「いや、別にいいんだよ。あたしはここに戻ってきてくれただけで胸が一杯さぁ。まずは美味しいご飯用意してあげるから、またたぁ~んとお食べ」
「あぁ、三傑さん、ありがとうございます。お久しぶりです。俺、ず~っと、おねえさんの料理を楽しみに生きてきたんですよ。いやあ、楽しみだなぁ」
「あら、やだよ。そんな古い話。うふふ、でも、あたしの料理を楽しみにしててくれたなんて、嬉しいこと言ってくれるね。おばちゃん、またがんばっちゃうよ。ちょっと待っててね」
「おばちゃんだなんて、そんな。ささ、食堂へ参りましょう、レディー。いつまでだって待てますから」
「うふふ、王子様ごっこかい。まあ、嬉しい! 手を引いてくれるのかい!? ふふふ、あたしじゃ、介護みたいじゃないかい?」
「そんなご冗談を。レディーは洒落もお上手のようだ。ははは、足下にご注意を」
「逃げたわね」
「逃げましたね」
「にげた」
「なんか知らんが、逃げやがったな」
「おねえさん、こいつらは貴女の素晴らしい料理を要らないそうですよ。でも、大丈夫。全部俺が頂戴しますので、いっぱい作ってくださいね」
「あいよ、任せときな!」
「狡い!」
「狡いですよ!」
「ずる」
「てめえ、狡いぞ! あたしはここでの飯だけを楽しみにして、死ぬ思いして、ここまで独りで帰ってきたってのにぃ」
「あはは、いっちばん!」
俺は三尻さんの手を引いて、真っ先に駆け出したのだけど、空腹のアリエルにすぐ追いつかれて、手を払われた挙げ句、蹴り倒されもした。
他の三人にも踏みつけられて、結局、飯にありつけたのは俺が一番最後だった。
なんだよ!? 君たちだって、三傑さんの料理が目当てで、ここに集まってきただけじゃねえの。
まあ、俺もしばらくは食い気の方がいいけどよ。
──久しぶりに戴いた三傑さんの料理はこの世の物とは思えないものだった。はあ、食った食った。げっふぅ。
終始笑顔の三傑さんこと、ゼーレさんに見守られながら、しこたま腹に詰め込んだ結果、消化が間に合わず、酸欠になってしまうほどだ。
満腹のお腹を摩りながら、「色気は後でゆっくり、たっぷりと……むふふ」なんて呟くと。
「ぐふぁ!」
みんなで一斉にどつくことないでしょうが! えっ!? ゼーレさんにまで。
「あんまり女の子を泣かすんじゃないよ。そんな子に育っちゃ駄目だからね」
「あ、はい……じゃあ、ゼーレおねえさまが一番ということで」
「まぁ!」
「「「「なっ!?」」」」
「いやいや、冗談……でも、ないか! それもありだな。では、全員まとめて、面倒みようじゃないの」
「「「「「……」」」」」
ああ、やっぱ、駄目っすよねぇ。あははは。でも、もう幸せすぎて、本当に選べねえのよ。
でも、まあ、こういう類の苦悩なら大歓迎だ。
みんなとまた、こうして逢えただけで……うん。ありがと。
それに、本当のところは、もう自分よりも何よりも大切な人ができちまったもんな。
「だから、『それは誰?』って、言ってるのよぉ」
スプライトよ。そんな涙目になるな。
「誰なのですかね? ふふふ」
お、ファムちゃんはなんか余裕だね。
「だれぞ」
あれっ!? ユタンちゃんも興味あるわけ?
「えっ、だから、なんの話だっつぅの?」
まだ察してないのかよ? アリエルのやつは。
「もう、こんなに女の子達を泣かせるくらいなら、冗談抜きで、みんなまとめて面倒みておやり!」
あはは、ゼーレさんのお許しが出ました。
だけど、そんな都合良くはいかんだろうな。
ゆっくりな。もう、これからはゆっくりでいいよな。焦らず、ゆっくりだ。
「「そんなの駄目(です)!」」
「え、なにが!?」
「アリエル、君は少し黙ってなさい」
「あのなぁ、ずっと前から……あの旅の間中も、ずっと言おう、言おうと思ってたんだけどよぉ。あたしはもうとっくの昔に勇者じゃねえっての。いつまで火の勇者名で呼ぶ? ちゃんと名前で呼べよな」
「え!?」
「『え!?』じゃねえよ。教えて……やって……はないか! あれっ!? ははは」
「『あれっ!? ははは』じゃねえよ。まったく! で、なんて言うの? 本名は」
やっとこせ、教えてくれる気になったのかよ。
「本名って!? 真名のことじゃないの!? 駄目よ、こんなところで」
「そうですよ! こんな人前でなんて、アリエルさんがかわいそうですよ」
「げどう」
「酷い子だねぇ」
「「いや、そんなことは……」」
「あぁ、狡い! ハモってるぅ」
「いやいや、スプライトさんや、そんなこと言ったってな。それによ、人族では本名で呼び合うのは普通のことなんだよ。なっ、アリエル」
「まあ、そうなんだけどよ……でも、他のみんなは全員、通り名で呼ばれてるのか。そんでもって、二人っきりのときだけ、本名、いや、真名で呼んでもらえると……うん、あたしもそっちがいいな」
「おいおい、おまえまで」
「だ、駄目なの?」
「駄目じゃねえけど……んじゃあ、後でちゃんと教えろよ」
「ふふふ、しばらくは内緒だ」
「あっそ……じゃあ、いいや」
「うそ嘘ウソ! 二人っきりのときにちゃんと教えるからぁ……そんなに怒んなよぅ」
「くっ、アリエル、負けないわよ!」
「ふふ、こっちだって!」
「ちょっと待ってください。私だって、いるんですからね」
「しらん」
「いや、なんだって、あたしまで……」
あはは、こりゃあ、大変そうだ。
……ああ、もう、また夏がそこまでやってきてたんだな。
今年の夏は、なんか暑そうだ。
ふふふ、あの入道雲なんて、どこまで伸びていくんだろう? 天まで届きそうな感じだな。
うん、親父、俺はもう大丈夫だ。こうして、ありえないほどの美人さんたちに囲まれて幸せだから。
随分と長い間、心配かけちまったけど、天国で幸せにな。母さんによろしく。
俺はもうちょっと、こっちでむふむふ楽しんでから、そっちに行くことにするよ。
でも、まさかあれが唯一の救いだったとはね。父さんにしては、ちょっとわかりにくかったよ。
お袋や祖父ちゃんじゃあるめえし。あんなのの真似すんなっての。
でも確かに、母さんは小さな幸せを集めるのが上手だったもんな。
ふふふ、父さんも死ぬ間際で見つけたのかよ。
あはは、やっぱ俺たち、母さんにはかなわねえんだな。
それじゃあ、おやじ、元気でな。さいなら。
「なにいつまでも空見て、呆けてるのよ!? 今から第一夫人決定戦を行うことになったんだから、さっさとこっち来て、審判なさい」
「そうだぞ。公平にな」
「いえ、そこは公平でなくても結構です。私に贔屓してくださっても」
「ずっこ」
「ははは、魔法勝負と料理勝負なら、若い子にだってまだ負けないよ」
あはは、まだまだ前途多難のようだね。
「じゃあ、試合形式は……みんなが怪我すると嫌だから、どろんこプロレスで」
「なによ? それって」
「いや、田んぼみたいな水を張った泥の中で、取っ組み合いするだけ」
「おもろ」
「へへへ、あたしの独擅場だな」
「泥であれば、水を含んでいるから……ふふふ、受けて立ちましょう」
「まあ、なんでもいいさね」
それじゃあ、行こうかね。
「どこ行くのよ? ここでいいでしょ?」
「いや、どろんこプロレスとかだと、水着でやるわけだし、ぽろりもあるから、人前では、ぶふぁ!」
いてて、痛いっての。
あ、【エルフの郷】の子たちはみんな女だった。別に気にすることねえのか!
ぐふふ、じゃあ、里のみんなでやろうじゃねえの、ぐばぁっ!
うん、そこまでは広げちゃ駄目なわけね……うん、わかりました。反省します。
だから、皆で得意な攻撃をコンボで決めるのは止して……ぶべらっ、べら!
それでは、気を取り直して、始めますか。
膝までどろんこに浸かった二人を前に笑顔で叫ぶ。
「第一試合、スプライト対アリエル。開始!」
俺の心が彼女に融けていく。
──《完》──
これにて、この小説は結びとなります。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。




