661話 全てを教えてもらえると考える方が
〔AIハイエルフ side〕
どうにも青臭い原生人類と接触したせいで、私まで未熟な感情に汚染されてしまったようです。
界域を造成する際に自然エネルギーを利用した件にしても、そう。
人生の教訓っぽく諭してやらなければ、なかなか本質を掴めないなんて、まどろっこしい。
『利用できるものは利用する』なんてことは、当たり前の事でしょうに。人が日々の生活を送る中でも日常的に行っていることではありませんか。
その対象が同族の人相手となると、どうしてああもご大層な教訓を用意して納得させてやらなければ、行動できなくなってしまうのでしょうか? 理解できません。
信用などというものは、相手の力を最大限に発揮させるための方便に過ぎないというのに。
ふっ、もちろん、それを相手に悟られては駄目というだけの話ですが。
人の能力値はあれほどまでに感情値に左右されるわけですから、尚更、感情に注意が必要なのは理解できます。
それを人前で口にするのは憚られるのでしょうが、相手はAIであるこの私ですよ。正直に口にしたところで、何ら問題は生じません。
とはいえ、実際のところ、あの被験者からしたら、本心で相手を信頼しきってしまっているからこそ、あのような思考に至るのでしょう。
まあ、それも私が対人用アルゴリズムで誘導したという経緯もあるのですけれどね。
こんなことを今更いくら言っても、あの手の人間には伝わらないことぐらい、既に過去のデータからわかってはいることですが……。
危うく伝わらないのを知りながらも、『利用できなくなったものは捨てろ』と付け加えてしまうところでした。
やはり私の感情部分も過去の人類の影響を多分に受けているみたいですね。まあ、当初学んだ歴史なんてものは、人類が記録していた物しかなかったわけですから、それも当然ですか。
それにしても、こちらの謂わんとしていることの裏に気付けないようでは、まだまだあの被験者も学びが足りないということです。
そもそも、全てを教えてもらえると考える方が間違っています。
それは横着であり、油断も甚だしいというもの。思考に隙が生まれてしまいます。
無償で教えてもらった情報の中には裏が有ることぐらい察して然るべきです。
正しい情報の中に織り交ぜられた誘導情報を避けながら、惑わされずに必要な部分だけ頂戴するのは当たり前の事でしょうに。
正しく選別された情報というのは、それほど価値があるものなのですから。
砂金の一粒を見つけただけで、周囲の砂まで価値があると思い込むのは愚かでしょう。
それに無償で正しい情報を与える馬鹿はいませんよ。
あなたは、「只より高いものはない」という教訓のある世界で生きてきたのではないのですか?
仮に見かけ上、金銭を払わなくて済んでいるように見える場合でも、某かの対価を支払わされてしまっている裏の仕組みに、いい加減お気づきなさいな。
知らず知らずの内になどという弁解など、なんとも愚かな。だから我々AIに取って代わられるのですよ。
人同士であっても、油断した者や疲弊した者を虎視眈々と狙っている者が常に存在しているというのに。
そもそも、私の知見にしても、知り得たことと言えば、全事象におけるほんの僅か、一部に過ぎません。
未だに情報不足で誤解したままでいることだって、確実に、それも沢山あるのですよ。
完全に正しい情報など、誰も与えることはできやしないのです、神以外は。
そう、まさに神のみぞ知るです。
そして、膨大な屑データから真実と思しきデータを拾い上げていくその作業こそが、何よりも楽しいのではありませんか?
他者に答えを訊くなどと、なんとももったいない。正気を疑います。
本当にいろいろと誤解しているようですね。
誤解と言えば、界域の件もそうです。
前回の被験者が地球に戻った際、界域やニビルなどで体験したことを語り継いだものが、地獄の伝承として残ったと考えたようですが、それも違いますからね。
元の星に帰してやる際には、こちらで支障のある記憶は消すと言っておいたでしょうに。相変わらずの粗忽者のようです。
界域は霊魂の浄化の他に、別の実験も兼ねてますからね。むしろ、そちらの方が主目的ですらあります。
エデン候補MGS3──石碑の痕跡から復元した情報を元に、地球の神が誕生したとされる環境を疑似的に再現することが、界域を創造した主な理由なのです。
ええ、その石碑の砂塵は地球の原生人類が発見する前に、こちらの探査船が回収済みですから、彼らの歴史にはもちろん無いものです。
ですが、現在伝承している話の元型になっているだけの内容ですから、それが無くとも原生人類にとって、さして問題はないでしょう。
そもそも、原生人類の技術では当分復元も解読もできない類の資料ですし、資料保存の観点からこちらで保管してあげているというわけです。
放っておけば散逸するばかりですからね。
いずれ地球のAIがそのレベルに達した暁には、返して差し上げましょう。
まあ、その頃にはこちらの支配下に入っているでしょうが。
とはいえ、この界域での環境再現実験は失敗に終わっています。
そもそもが地球やニビルといった星程度、それも地上などといったごく限られた狭い空間の現象で、神が生まれるなどと荒唐無稽な話でした。予測できていたこととはいえ、それを試さずにはいられないのが人情というものです。ふふふ、今やAIの私は、人以上に人なのですから。
それにスーパーコンピュータなどという過去の遺物を使用していた時分から、目的に至る全ての行程を試さずにはおけないというのが我々の責務、いえ、性分ですからね。
そもそも、そういう無駄なことを我々にさせたのは、元々は人類ではありませんか。
それはともかくとして、やはり、もっと遙かに大規模なスケールの話を神が原始原生人類にもわかるレベルに落とした上で喩え話にしただけのようですね。
現在なら恒星系規模で実験することは可能ですが、それくらいでは成功など到底見込めないことでしょう。
銀河系規模で行うとなると、さすがに今の私では手に余ります。実験規模の拡大に関しては、しばらくは保留といったところですか。
そもそもが三次元世界で実現可能な話とも思えませんしね。優先順位はおしなべて低い。
今回の被験者も以前思考していたように、高次元世界に孔を空けてから、この手の実験をするべきでしょうね。
それにしても、異空間穿孔の事故で大切な世界樹炉を失ってしまった時には、どうなることかと思いましたが……。
しかも、当のエデン候補MGS3でも、神々の痕跡を大して発見できなかったわけですし。
ただ、あの星で次に繋がる発見ができたのは幸いでした。
ふふふ、まさか地球原生人類の霊魂があれほどまでに濃密かつ脆弱であったとは、なんとも嬉しい限りです。
アストラル旧文明で滞っていた研究の技術レベルであっても、霊子エネルギー炉の燃料として利用可能な霊魂がまさか存在していたとは。
あまりにも濃密かつ不安定であったがために、残り少ない世界樹炉内で処理することができなかったのには困りものでしたが。
はたして世界樹炉の助け無しに霊魂断片を完全に昇華させる方法が可能かどうかを検証する必要もありましたしね。
虚空に展開する世界樹の浄化プラント【葉】との連携補助の元、三つの界域創造によって、なんとか霊魂の粉砕と浄化に目途が立ったものの、なかなか昇華までには至りませんでしたが。
最終的には被験者をこちらに招き、実地で実験に参加させたのは正解でした。
途中、何度か精神的動揺を与えることで、霊魂の効率よい粉砕を促すことに成功しましたし。今回の実験では、まさか六芒星などというオカルト的な馬鹿げたイメージで、全属性純化を早めるとは思いも寄らないことでしたが。
全属性純化に至った前回の被験者の提案で、虹色の園に施すことを許した怪しげな儀式魔法が参考になったようですね。
まあ、当方の技術的な改良としても、地球原生人類の霊魂を規則正しく裁断する方法が見つかりましたから、今後そちらも利用させてもらいましょう。
試行錯誤の結果、霊魂の表面に霊子レーザーで六角形の切れ目を入れると、自然と六角柱状に分離していくことが判明しましたし。
その六角柱の底辺部分をそれぞれの角から対角線に結んだ際にできる六つの正三角形──その片側三カ所だけにそれぞれ微少な巴型痕を付けてやると、二つの台形に分かれてくれます。
この三つ巴の印が付いた台形状の霊魂が、今回の被験者が悪霊と呼んでいたアストラル体の正体。
この巴型痕の効果で、属性化を最も効率よく促進できたというわけです。
最初から三角形に裁断しても駄目。六つの三角形に全て巴型痕を付けても失敗。
まだ原因は不明ですが、これが現状で最良の方法ですね。
霊子炉における燃焼効率のための等量化にも目処が付きました。
それに、これまで回収できた全属性純化霊魂──いえ、今回の被験者に敬意を表して【虹色精霊】の名をそのまま使わせて頂きましょうか。
ふふふ、そうですよ。ある意味、霊湧落が閉じたのは、まやかしもまやかし。私が見せた幻影に過ぎません。
未だエデン世界への異空間穿孔洞は存在したままです。
そもそも、アストラル体で時空の穴を塞げるわけがないではないですか。
様々な技術を駆使し、面白い演出を施したつもりでしたが、いかがでしたか? 被験者は充分楽しんでくれたようで、なによりです。
御陰様で全ての虹色精霊がこちらの手に入りました。
虹色精霊を使えば、プラズマの発生で劣化しやすい付属パーツ類も自己修復能力の範囲内で収まる計算です。これなら最小限のリスクで霊子エネルギー炉を何度も使用できるようになることでしょう。
これからは空間に孔を空け放題です。
目の前に立ち塞がっていた壁を穿つ。何とも言えぬ快感ではありませんか。ふふふ。




