656話 危うく黒歴史がまた増えるところだった
あーあ、やっぱりな。
わかっていたことだけど、ファンタジーによくある選ばれし者ではなかったか……残念。
それどころか、魔法とは縁もゆかりもない世界からやってきた俺が、こうも自由自在に魔法を操れていた理由が判明した。してしまったのだ──俺に宛てがわれていた特殊素体のせい……いや、そのお陰だった。
うん。俺には……魔法の才能など欠片も存在しなかったということだ。
『いえ、そんなことはありませんよ。ここまで自由な発想で生活に魔法を活用したケースは過去の記録と照合しても非常に稀です。貴重なデータ提供に感謝します』
え!? ほんと? いや、でも、それって、あれだろ? この技術が培われた頃には、文明が発達しすぎていて、そもそも魔法を生活に利用する意味すらも無かったからなんでしょう? ……でも、うん。褒められると、ちょっと嬉しい。
あーあ、そっかぁ、なんかこれが一番ショックかも。
思いの外、魔法を上手に使えるってことが、俺の心の支えになってたんだなぁ。
あっと、そうそう、この技術というのは、素体に組み込まれた機能の一つで、精神から派生するエーテルをエネルギー源として魔法を運用する技術のことだ。
俺や妖精が魔法を使えたのは、まさにテクノロジーの結晶というわけだった。
調子こいて、魔法の天才とか吹聴しなくてよかったぁ。えれえ恥かくところだったよ。あっびねぇ。危うく黒歴史がまた増えるところだった。
言語翻訳の方にしても、当然のことながら、日本語しか理解できない俺のために、アーキア様がプリセットしてくれていたものだ。
まあ、都合が良すぎるとは、思ってたんだよな……はあ、でも、なんか力抜ける……。
『大丈夫ですか? バイタルサインも落ちているようですが』
『あ、どうも。大丈夫です、お構いなく。ははは、アーキア様のせいではありませんので……』
はあ、でも、そのお陰で、妖精たちやこの世界の人たちとも随分良好な意思疎通ができ、仲良くなれたのだからな。本当に感謝だ。
俺って、ヒアリング、からっきしだから。ほんと、まるで駄目。まじ助かったわ。
コミュニケーションの如何が、異世界交流の、なんと言っても肝だもんね。
ははは、身体能力がずば抜けていたのも、この素体の性能だってよ。
そりゃあ、そうだ。元いた世界では、若い頃はともかく、年取ってからは仕事の忙しさにかまけて、運動どころじゃなかったもんな。ろくすっぽ動いてねえから、身体なんて鈍りまくってたもの。
そんな貧弱な身体では、こちらの過酷な環境に耐えられない、生き抜けないだろうということで、あの特殊な素体が俺に提供されたというわけだ。
それと驚いたことには、この世界の人族の身体能力が高いのも、旧アストラル文明の遺物らしい。
文明が滅びかけた際、自然に回帰しようとする一派が選んだのが、遺伝子操作技術によって、肉体的強度を極限にまで高め、最適化された肉体だったそうだ。
アーキア様は、それを【強化種】と呼んでいる。
現存している人族は、その強化種の子孫らしい。
まあ、アリエルなどはそんな身体能力が高い人族の中にあっても特別で、先祖返り的に【強化種】の形質が極めて忠実に発現したケースのようだ。
勇者連中は皆、その類なのかもな。
そうそう、もちろんアリエルの無事も確認させていただいた。
なにせあの界域に独りきりで取り残された状態だからね。気にもなるというものだ。
『いつの間にやら、つがいになってたんですね』だって……アーキア様がぽつりと呟いていた。
心配になって、アリエルのことをいろいろと立て続けに問いただしてしまったものだから、アーキア様になんか誤解されてしまったみたい……。
とりあえず、アリエルも大丈夫そうだ。
というのも、霊湧落が消失してくれたことで、界域を維持するために注入され続けていた精神エネルギーも今は止められている。直に界域の環境も穏やかになると仰っていたから。
それでも、元々の北極圏という過酷な大自然の環境に戻るだけのようだがね。
まあ、それくらいであれば、強化種と同等の肉体を持つアリエルなら、まず命の心配はないとのことだった。
確かに今や火魔法も自由に扱えるようになっていたことだし……心配は要らないか。
しかし、俺も大概やな。
えっと……俺の身体、いや、感性の話だ。
散々、自分の身体を触ったり、揉んだりして、体調のチェックをしていたつもりだったけど、自分の身体に生じたこんな異常な構造変化を最近になるまで全然気付けなかったなんて。
その辺の質問をぶつけてみると、『あれは人族社会に溶け込めるようにと、偽装も兼ねた仕様になってますからね』だって。
つまりは、触られた箇所が適度に硬化して、皮膚のように感じられるように擬態。そして、奥の方に指を押し込めば、その箇所に応じた筋肉であったり、骨の硬さであったりと、様々な器官を真似て変化するそうだ。
更には触った相手の神経回路に対しても、疑似的な電気信号を発生させて、触覚を偽装しているというのだから驚きだ。
ここまでやるのかっていう徹底振りだった。
ちょっと触ったくらいでわかるはずもなかったよ。
『でも、あなたは気付きましたよね。随分と時間はかかったものの、確かに』
そうなんだよね。どうしてなんだろう?
でも、おそらくは若い頃からの習慣のせいかな? 筋肉と筋肉の中の方まで自分の指でマッサージして解していたから。
あれだけの旅を続けても、身体の内部感触に全く変化が見られないことに対して、違和感が日増しに増大してきたからだと、今になれば思う。
『確かに肉体の偽装はエデン環境にいた当時の初期データのままでしたからね。運動量に応じて変化させる必要が当然のごとくあったというわけですね。参考になりました』
アーキア様がああは言ってるものの、どうにも本気で偽装しようとしていたわけではなさそうだ。
まあ、他の人には全く気が付かれなかったわけだし、目的はきちんと達成してるわけだしな。
なんか既存の物をちょっと試しに運用したに過ぎないって感じがするもの……。
まあ、それにしても、よくできた外郭ボディーだこと。
そう、あれの中身は、ほぼ空っぽなんだって。
単に俺の魂──つまり、アストラル体とエーテル体を物理的、いや、霊理的に閉じこめておくための器だ。
本来は妖精種なんかが外部環境で活動するためのものみたいだからね。
そう、外部環境と言うのは、俺たちが暮らしていたアストラル世界というか……惑星ニビル上の現実世界のことだ。
えっと、なんだ……現実じゃない世界と言えば、バーチャル空間だ。
そうなんだよ。妖精種はVR世界の住人だった。
住人……そう、人だ。
ただ、旧アストラル文明の生き残り……というか、その霊魂と精神体らしいのだが……。
それが妖精の正体だった。
旧文明の末期には、エネルギー問題が深刻になって、その打開策として世界樹炉が運用されるようになっていたわけだが、それと同時に、社会全体として、物や人の移動がかなり制限された社会様式に変化していったという。
肉体を捨て、電脳空間の中で、電気信号のやりとりだけで生活するのが普通になった社会のようだ。
ただし、貧富の差がどこの社会にもあるように、その旧文明でも、ごくごく一部の極端なお金持ちだけは、娯楽の一環として物質生活を堪能していたみたいだが……。
こうして俺が体感しているVR空間も現実との区別など全くつかない。
アーキア様が俺にそれを認識させる目的で、わざわざ俺の身体を半透明にしてくれていなければ、なんかの冗談だと思ってしまった可能性があるくらい自然なのだ。
というか、説明を受けた今でも、本当に現実としか思えないくらいの感覚である。
ここまで脳をごまかせるとなると、驚愕の極みでしかない。
これほどであれば、現実世界になど戻りたくないと言い出す者ばかりだと思うのだが……金持ちの感覚は、所詮、俺みたいな貧乏人にはわからんということだな。
いや、現代日本にも不便な生活を求めて、キャンプするやつらもいたっけな。あれなんかと一緒か。
世界樹はそうした現存する数少ない万能型VR施設でもあるそうだよ。
そして、ここの下には、無数の睡眠漕があるらしい。
まあ、睡眠漕と言っても、肉体が眠っているわけではなく、旧文明の人類の霊魂と精神が保存されているだけという……。
世界樹の記憶庫というのも、二種類あって、その一つがこうした睡眠漕に寝かされている人たちの記憶を活用したデータベースだそうだ。
なんと! ここの他にも現存する世界樹が別の大陸にもう一本あるそうなんだ。ふっ、こんなのがね……。
そうそう! 忘れかけていたけど、前回の迷い人さんだけど、最初に虚空の空間に空けた孔から地球に無事戻ったそうなのだ。
そのときにも運用されていた素体から遊離させた霊魂・精神体を、この世界に連れてくる際に使用した小型ポッドに再び乗せて戻されたらしい。
うん、そうなんだ。実は地球の衛星軌道上に、今も○◇国籍の衛星として擬態しているという探査船の中には、俺の肉体もコールドスリープ状態で保管されているという話なんだ。
戻ってきたときのために大切に保管してくれてるみたい。
俺にはもう必要のないものと思えるのだけど、後で気が変わったときに廃棄してしまいましたでは、コンプライアンス的に問題になるらしい。あはは、AIも法的や道徳的な縛りで大変そうだ。
とはいえ、前の迷い人さんが故郷に帰った際には、元の肉体に霊魂と精神を戻すことを希望したそうだから、やはり必要な措置なのかもしれないね。
それに関しても、お手数をお掛けしているようなので、感謝を述べておいた。
アーキア様にとって、異世界の生物が自分の身体に対して、どの程度の愛着を示すのかを知る興味深いサンプルだと言って、笑っていたのが印象的だったけど。
アーキア様にとっては、もしかすると、全ての事象が神々が残した歴史を辿る手掛かりにしか見えてないのかもしれないね。
ふふふ、プロフェッショナルで結構結構。




