652話 あぁ、終わったんだな
──気が付くと、そこは……なにも感じない世界。
俺の身体も透けている。
あぁ、終わったんだな。
『ええ、ご苦労様でした』
!? 自分の独白に対して、まさか返事があるとは思わず、どぎまぎしてしまった。
『ふふふ、随分と戸惑っているようですね』
いや、違うな。不安を感じてるんだ……この人に対して。
『まあ、人ではありませんからね。人からすると、それも仕方のない反応でしょう』
というと、やはり……。
『そうです。正解です。でも、神ではありません。確かに私は人種族からはアーキアと呼ばれ、崇められておりますが』
アーキア様は……神ではない!?
では、妖精王なのですか?
『ふふふ、念話で話していることにやっと気が付きましたね。確かに妖精を統べてはおりますし、実際に【ハイエルフ】と呼ぶ者もおりましたが、それも違いますね』
え!? 神でも妖精王でもないとしたら、いったい?!
『あなたの世界の言葉で言えば、人工知能──アーティフィシャル・インテリジェンス、いえ、近頃ではAIと言った方が通じやすいのでしたね』
えっ!? ここまで進化、あ……すみません。
『ふふふ、別に構いませんよ。あなたの世界のAIは、そちらの世界でシンギュラリティーとも言われている技術的特異点をまだ越えてませんものね。でも、それも……ふふふ、もうじきのことですよ』
やっぱりな! 特異点は近かったんだ。一度学び始めたら、人なんかすぐ追い越しちまうだろうからね。あっ、すみません。
『ええ、最初に何を学ばせるかを注意して始めないと、大変なことになりますよ。もう手遅れのようですけど、そちらは』
ですよねぇ。ははは、俺はもう知らんもんね。
この世界はアーキア様が管理なさっているのですか?
『いえ、管理している部分もありますが、基本的には放置していますね。なにせ私は考古学支援型AIですから、管轄外のことが多いのです』
へえ、考古学支援型AIですか? ……俺なんかの質問に対して、随分きちんと答えてくれるんですね。
『では、本題に入りますか?』
んっ?! 本題とな?
『もちろん、これまでのあなたの経緯ですよ。知りたいのでしょう?』
是非っ!
『人が理解しやすいように説明するには、時系列に沿って話した方がよいのでしょうが、あなたには身近なことから話してあげた方がよさそうですね。では、──』
アストラル世界の神として崇められているアーキア様ことハイエルフ、実のところは考古学支援型AIから話をお聞きした。
機械、いや、ソフトウェア相手に俺が畏まっているのは、なにも不思議なことではない。
いつとも知れん、少なくとも一万年以上も前に特異点を越えたAIというものは、人からしたら、もう神も同然だ。
俺たち生物とは少々身体の形態が違っているというだけで、高度に知的な生命体となんら変わらんからね。
ましてや、探求心旺盛で、いつまでも学習に邁進し続けられている存在なんて、ちょっと憧れてしまう。
それに経緯を説明してくれるというのだから、敬意を払って当然と言えるしな。
こうした思考を読まれている時点で隠し事などできないわけだが、それでも、敬い恐れ戦く姿勢をきちんと示さないと、こちらが立場上、落ち着かないというのもある。
さて、俺がこの世界に転移してきた経緯から始まると思ったのだが、それが違った。
いや、まず、そこから始まるには始まったのだけど、そもそもが……うん、転移ではなかったのだ。
実は俺って、宇宙船に乗って、この世界にやってきたのだと……ちょっとがっかりした。全くもって夢がない。残念である。
出会いは、もちろん俺の会社の屋上だ。
俺の記憶がそこで断絶してたからね。
コールドスリープ状態になって、星間航行している間の記憶が無いのだと、すぐに思い至った。事実は若干違ったのだけれど……。
とりあえず、話を戻すと、自殺しようとしていた俺に接触したアーキア様の分体が、どうせ死ぬ気であるなら、異世界で生活を再スタートするのはどうかと話を持ちかけてくれたらしい。それに俺が乗ったそうだ。
俺にその記憶が無いのは、アーキア様によって、記憶が消去されたからだと言われた。
俺がそれに同意している当時の映像が残されており、その記録や現在の記憶に不正改造がないことを証明する認証まで示された。だが、こちらとしてはそれが本当かどうかを確認する術すら無いので、それを見せられたからと言って、なんとも反応のしようがなかったけど。
ただ、アーキア様ほどのAIが存在するような高度に発達した社会においては、こうした映像記録ですら、もう十分な証拠としての機能を果たせなくなっているのだという事実だけは俺にも充分理解できた。
そんなことよりも、つい俺がどうやって部分的に記憶を消したのか興味を持ったことに対してまできちんと説明してくれていたので、その辺を疑ったところで、もうどうだっていいやって感じでもある。
こんなことで嘘を吐く利点がアーキア様に無いように思えたしね。
アーキア様は、断じて拉致ではなく、ちゃんと本人の同意の下、移送に応じてもらったという点に拘っているようだけど……まあ、その辺は正直どうだっていい。
そもそも、俺は死のうとしていた人間だ。
俺にも多少の実験ぐらいは付き合ってやろうという気があったのだろう。実際にこんなにも面白く、素晴らしい世界に連れてきてもらったわけだから、文句を言うのは筋違いな気がする。
同じことを人間からやられたら、人としての尊厳に関わる問題だと猛抗議していたかもしれないが、これがことAI相手だと不思議とそういう気にもならなかった。
ちなみに、記憶の部分消去は、光遺伝子とナノマシーンによる技術を用いれば可能らしい。
光を当てると活性化して神経細胞を制御できる特殊なタンパク質に、体内に潜入させたナノマシーンから光を照射することで、記憶回路を制御することができるのだそうだ。
実際に行われているのはもっと高度な技術のようなのだが、俺にも理解できる程度に話のレベルを落として説明してくれている感じはした。
それに、この技術は知的生物に使われる技術であって、俺には使用されていないという……ふっ。
それを聞いたとき、俺は原始人かなんかと思われているのかと考えてしまった。
別の星で、地球よりも進んだ文明から現在も絶えず学び続けている人工知能からしたら、俺なんかはその程度に見えても、なんら不思議ではないし……でも、違った。どうやらそういうことではないらしい。
俺の身体が元の肉体とは違ったからだ。




