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65話 堪能しようじゃ、あーりませんか!

 せっかくの最後の夜ということで、アリエルを豪華な食事に連れ出すことにした。


 あくまでも二人の服装でも入れてもらえる程度の豪華さだけどね。


 まあ、その中でも、この町で今評判の美味しい料理を出すお店を宿の受付で訊いたわけだ。


 主要な店のほとんどが、この大通り沿いにあるらしい。


 その中でも町の中心に近づくほど、治安が良くて、安全だからと、高級店が集中しているのだとか。


 町の中心部にある内壁の内側は貴族しか入ることができない街区などもあるらしいのだが、その内壁の外側にある店であれば、どこもドレスコードなどは無く、どんな服装であっても入店できるそうだ。


 やはり内壁に近いほど、高くて旨い料理店が多く、その中でも比較的リーズナブルな鉄板料理の店を勧められた。


 それでも、この地方には珍しい赤い煉瓦れんがづくりの建物に入った洒落しゃれた店らしい。


 アリエルと相談し、お互いに自分の持ってる服の中で一番正装に近いものを着ていくことにする。


 今回の食事はアリエルへのお礼も兼ねているので、店におもむくにあたって、御者ぎょしゃ付きの馬車を用意してもらった。もちろん、俺持ちで。


 馬車の中で終始緊張気味だったアリエルの横顔を楽しむことができたので、もう充分、元は取れた。


 その馬車が目的地らしき店の前に止まると、御者が馬車から降りるためのステップを用意してくれていた。


 エスコートの真似事をするかのように、俺が先行して、アリエルに手を貸しながら、転ばないように気を配っている演技をしてみる──実際には、どんな不安定な体勢からでも立て直せる体幹バランス抜群のアリエルにはつゆほども必要のないことだけど、なにごとも雰囲気が大事だしな。


 それにマナーとか、エチケットとかをきちんと学んだことなどないから、適当に外面そとづらだけを整えたに過ぎないけどね。


「足下にご注意ください。お嬢さん」と、紳士的に優しげな声も掛けつつ、貴婦人を護衛するナイトのごとく、店の入口まで案内していく。


 扉を開けたまま、アリエル嬢が中へ入るのを助ける。


「いらっしゃいませ」とボーイがお辞儀をしてきたので、「一番奥の良い部屋を」と伝えると、「うちにはカウンター席しかないんで、こちらにどうぞ」と、心なしか、すげなく案内された気がする。


 おっと、いかん! 雰囲気が悪くなる。


 店員の兄ちゃんに貴族ごっこしてただけだからと謝っておいた。そんな微苦笑すんなっての。


 でも、アリエルの椅子を引いて、腰掛けるのをサポートするのはおこたらない。


 カウンター席のみと言っても、場末感は微塵みじんもなく、目の前にある鉄板の上で、銘柄めいがら牛なんかの高級肉や伊勢海老いせえびなんかを焼いてくれるようなスタイルの店だった。


 紹介してくれた宿の受付の人に対して、『なんだよ! カウンターしかねえのかよ』と、心の奥底で一瞬だけ毒突いて、ごめんなさい。


 うん、やはり君の仕事は素晴らしかった。


 アリエルに好きなものを尋ねても、よく分からないというものだから、調理人にお任せで、本日お勧めの美味おいしそうなものから順にとお願いしておいた。


 さて、飲み物は何があるのかな?


 メニューが読めないので、店員さんに訊いてみると、赤ワイン、白ワイン、ビール、焼酎しょうちゅう、日本酒があるらしい。


「日本酒!?」って、思わず聞き返しちゃったら、「この辺では珍しいけど、米を発酵はっこうさせたお酒なんですよ」と丁寧に教えてくれた。まさに清酒せいしゅのようだ。


 言語翻訳が……いや、俺自身が普段から清酒と呼ぶよりも、日本酒と呼ぶことの方が多かったせいかな?


 しかし、米あるのかよ、と思って訊いたら、この地方ではお酒にするような種類の米は作っていないんだとか。あいにく、食用には長粒種ちょうりゅうまいの米しかないらしい。


 まあ、後でのお楽しみということで。


 今は俺の好みよりも、アリエルへの奉仕が優先だ。


 肉料理には、口の中に残ったあぶらを流して、リセットしてくれる炭酸系のビールか、焼酎なんかが合う。それに、ソース次第では、赤ワインもかな。


 海鮮料理には、海の香りと喧嘩けんかしない清酒か、白ワイン辺りを合わせるのがいいよなぁ。


 今、目の前で焼き出したのがホタテみたいだから、まずは清酒を注文する。アリエルの分の注文も任せてもらった。


 先に飲んじゃおうかね。


「「乾杯!」」


 二人でグラスを合わせて、こっそり恋人気分を味わう。


 いいよね? 妄想もうそうなんだし、少しぐらいは。


 おっ、料理のお出ましだ。新鮮な海のさちだけに早いな。


 おぉ、なんて良い匂い! いその香りと、それとはちょっと違ったどこかフルーティーな馥郁ふくいくたる香り、その中にあって、こうばしさを伴った薫香くんこうのハーモニーとでも言うのか。


 いや、無理だ。あはは、美食家でもない俺には言葉では表現しきれそうにない。


 一口食べたら、もう大変。アリエルがね。


 ははは、おまえ。ほっぺたと目ん玉、落っこちそうだぞ。


「いや、俺のことはいいから、じっくりと堪能たんのうおし。話は後でも、できるわけだからな」


 せっかく目の前で焼いてくれてるんだから、素材の味を最高潮に引き出す温度を逃すことなく、堪能しようじゃ、あーりませんか!


「なあ、その高級肉にはこの焼酎の方が合うと思うぞ」


「いや、この酒も相当旨いぞ!」


 まあ、いいか。好きなものを飲み食いすれば。


 うん、幸せそうに味わってくれてるようで、連れてきてよかったな。


「「また、来よう|(来たい)な! あっ、ははははは」」


 思わず出てしまったつぶやきに、アリエルのふとした呟きが重なるたのしい夜だった。


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