649話 おそらく肝はそこじゃない
エーテルが魔素とはねぇ。
絶えず変化し続ける心情とか、止めどなく湧き出づる感情とかで構成されるエーテル体か。
そんなものが魔法とか魔術のエネルギー源になっていたとは。
使い切っても、一晩経てば、元通りに補充されているなんて、なんともエコな感じじゃないの。
本当のクリーンエネルギーだ。
ていうか、これまで俺が精霊の魔素を使い切る作業をしていたのって、もしかして、霊や魂が固執している拘りというか、魂の未練みたいなのを昇華させていたということなのか!?
魂から邪念を取り除く儀式とでも言えばいいのか……。
あぁ、そうか。世界樹がこの世界の霊魂を浄化しているっていうのは、そういうことなのか。
鎮魂なんて御大層に言うもんだから、もっとこう宗教的で荘厳な感じかと。人なんかには到底理解できない感じのようなものを想像して、聞き流すように、深く考えないようにしてたけど、意外と科学的……でもないか……でも、まあ、理解の範疇にはぎり収まった感はあるな。ちょっとは安心できる。
そうか、霊魂の浄化って、アストラル体からエーテルを完全に消費しきって、まっさらな状態に戻す作業のことなのか。
霊魂と精神との間にどんな関係性があるか、興味深いテーマではあるけど、それはともかくとして、霊魂が器として機能している感じなのかもな。
燃料タンクである霊魂に精神エネルギーであるエーテルが溜まる感じで、それが凝り固まったものがエーテル体っていう解釈でいいのかな?
霊魂自体が精神エネルギー発生装置みたいな仕組みなのかもしれないけど、その辺を深く考えるのは後でいいや。
ということは、だ。霊魂が破損したというのは、この精神エネルギーの保存容器に穴が空いて漏れ出した状態と考えるべきか、それとも、精神エネルギー発生装置が壊れて、正常に機能しなくなったと考えるべきか……。
なんかこうして考えると、どっちも微妙に違う感じがするのは、なんでだ?
エネルギーの器の方だと、ガソリンみたいな液体燃料とは違って、エーテル体はもっと粘性が強くて容器自体にこびりついたイメージだからかな。
それに、破片となった悪霊にも、精神エネルギー発生装置としての機能が保たれているせいかもな。
精霊の方のエーテルは使い切りだったことは間違いないけど……。
霊魂に穴が空いても、機能は保たれている……本当にそうか? 相手は魂だぞ。
……いやいや、こんな真剣に考えてるときにまで、くだらん駄洒落を無意識に差し挟むのは……この癖なんとかならんの? まあ、いいや、続けよう。
そうなんだ。魂が傷ついて、穴が空いた状態で平気なわけがない。
人の根源に関わるものなんだろう? 魂ってやつは。
相当辛い状況に……陥って……。
……あぁ、そういう、そういうことか……。
壊れていたんだ。二十年前のあのときから……。
そうだった。なんで今まで気が付かなかったんだろ?
いや、それだけ嫌な出来事だったんだろうな。考えると、どうしても辛くなってしまうから、心の奥底に記憶を仕舞い込んで……考えないようにと。
アリエルのお陰で吹っ切れたと思ってたけど、まだ完全には向き合い切れていなかったのかも。
そうか。これはあのときの心の傷か……魂にまで刻まれてしまった傷だったんだな。
それにしたって、この世界の人からしたら、人騒がせな話だ。
どこにでもある話なのに、俺の心が弱かったせいで、世界の危機とか、笑える……いや、笑えないんだけど。
でも……となると、答えは見えてきたな。
それができるかどうかは自信ないけど。
「ここは一丁、アリエルにもう一肌脱いでもらおうかね」
「て、てめえ、なに考えてやがんだよ?! 真剣に考えてるかと思って、黙ってたのに。我慢して静かにしてやってたのに。あ、あたしを裸にしてどうするつもりだよ? いや、言うな! あんたの考えてることなんかお見通しだかんな。このえっち! どすけべ野郎」
あんれぇーっ!? なんでこんな肝心なときに言語翻訳さんは仕事をしてくれないわけ?
つうか、これって、双方の概念のすり合わせなんだよな? さては……。
「もしかして、アリエル、おまえ。俺の顔見て、えっちな想像でもしてなかったか?」
「な!? す、するわけないだろう! そんなこと……あ、あんたじゃあるまいし」
「ほんとかぁ?」
「な、なんでそんなこと言い出すんだよ!? 突然」
「いや、俺たちの間に成立している言語翻訳の仕組みがな、ちょっと気になってよ」
「そ、そうか……」
あの視線を微妙に逸らした赤い顔からすると、なんかしらは妄想してたな。ふふふ、わかりやすいやつ。素直ないい子じゃ。
「とりあえず、さっきの誤解を解いておくけどよ。一肌脱ぐっていうのは文字どおり裸になるって意味じゃなくて……」
「あ! そういう意味か」
「なんだよ!? まだ説明してねえぞ」
「え!? いや、言ってる意味わかったぞ。たった今」
「え!? そうなのか? なんか別の意味で不安になってくるな、そういうの。いったいどんな仕組みなんだ? この言語翻訳って」
「知るかっ! あたしがそんな小難しいこと」
「ああ、別におまえに訊いてねえよ」
「てめっ!」
「まあまあ、ごめんって。じゃあ、一肌脱いでもらおうか?」
「ん!? なんで? あたしの服のボタンに手を」
「いや、脱いでもらおうと……ぶっ!」
「なにしやがるんだ! えっち」
まだなにもしてないうちから、膝蹴り食らわすなっての……あいたたた。
「冗談だって」
「嘘だね。あたしに隙があったら、そのまま脱がしてただろう?」
「あはは、まあね」
「な!? こ、この変質者! ど変態!!」
う~ん、話が進まねえ。ああ、俺のせいか。俺のせいね。俺のせいだわ。あはは。
でも、なんかこういうのが楽しいんだよね。それにこのちょっとしたやりとりも必要なことだ、たぶん。
さて、どう説明しようかな? 俺の頭の中でも、まだ考えがまとまりきってない感があるんだけど。
でも、きっとそういうことなんだよな。
まあ、具体的な手順の方はこうだ。
アリエルと合体するだけ。
いや、これじゃあ、いくらなんでも説明を端折りすぎだな。
それに、また張り倒されそうだ。
別にえっちの話じゃなくて、合体魔法を試してみようということなのさ。
虚空には、今まで俺が昇華させ続けてきた浄化された精霊が浮遊しているはずだ。
その浄化精霊をアリエルと協力して、地上に引き戻す。
そして、そのアストラル体をもって、霊湧落の穴を塞ぐ。
普通にしたら、霊湧落から吹き出す流れで、穴を塞ぐことはできないだろうけど、全属性魔法の【アストラル・スパイダーウェブ】で周りから覆ってやって、状態を安定させる。
作業的には非常に簡単な作業だ。
でも、おそらく肝はそこじゃない。
俺一人の魔素で魔法を行使するのではなくて、アリエルの協力の下、魔力を同期共鳴させて、魔法を行使することが肝要なはず……うん、まさに合体魔法だ。
「よし、決まった。手伝え、アリエル。合体魔法だ」
「え!? いったい、なんの話だよ? またえっちなことじゃ……」
ああ、そうだった。アリエルにはまだなにも説明してなかった。元気出てきたついでに、スプライトたちと一緒だったときの癖がでちまったな。頭で考えるだけじゃなくて、こいつにはちゃんと口に出して説明してやんねえと。
「合体とは、まぐわうことで……おっと違った」
またややこしくなるから、ここは脱線しないようにっと──
結局のところ、ちゃんと説明して、アリエルにも納得してもらえた。
アリエルの反応は、「もうできそうなことから手当たり次第やってみようぜ」という返事だったけどな。
さあ、いってみようじゃないか! セック……いや、合体魔法を。
さあ、いっちゃってもいいぞ、アリエル。
できちゃっても困るけど、アリエルもやってみようと言ってくれてることだしね。




