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64話 あの染み、なんか変な顔に見えるぅ

 夕暮れの中、宿に戻ると、「お連れさんはもう部屋にお戻りですよ」と、受付の人が教えてくれた。


「あいつの部屋って、俺の向かいの部屋ですか?」


「いえ、お隣の……手前側のお部屋になります」


 アリエルがどの部屋なのか知らなかったので、ついでにたずねてみると、受付の人が機転を利かせて、部屋の配置で教えてくれた。


 うん、俺が数字を認識できないことをちゃんと分かってらっしゃる。確かに部屋番号聞いても分からんからね。頭の回転の速い仕事人で助かるよ。


 客の様子をしっかりと観察して、それに対応できるのは、プロフェッショナルの証だね。


 教えてもらった通り、階段を上って、アリエルの部屋の前に立つと、中に人がいる気配を確かに感じた。


 それで、ノックしようとしたのだが、途端に扉が内側に開いて、こぶしくうを切った。


「なにがしてぇんだよ。あんた?」


「いや、おまえがいきなり開けるもんだから……」


 あきれた感じで拳と顔を眺めてきたアリエルに言い訳した後、話を切り出す。


「少し、話がしたいんだけど」


「じゃあ、中に入れよ」


 つかんだままだったドアノブから手を離して、アリエルは脇に退いてくれた。


「お、お邪魔します」


 なんか緊張する。若い女の子の部屋って……いや、ただの宿屋かぁ。


 あ、なんかいい匂い。あはは、やっぱアリエルも女の子なんだな。


 でもさぁ、ここ、結構狭い部屋だよ。ベッドに並んで腰掛けるの!? いいの? それって。


 おじさん、どきどきしちゃ……あ、そうね、そうだよね。いや、つうか、なんでおまえの部屋だけ椅子いすがあんだよ?


 椅子を反対向きにまたぐような格好で座ったアリエル──背もたれに両肘りょうひじをつき、両手の手の平にあごを乗せたまま、「それで?」とこちらを見てくる。


 ぐっ、なに? その技は。おじさんの心臓を鷲掴わしづかみにするつもりか!?


 確かにベッドで横に二人並んでお話するのも良いけれど……うん、これはこれで良い、です。


 いや、そんなににらまなくても。話します。話しますよ、今から。


「まず、これな。今まで、ありがとな」


 さっきのえせファンシーショップで買っておいたハンカチを取り出して、アリエルに差し出す。


「なんだよ、これ?」


「まあ、今までの礼だ。安物だけど、おまえに似合うと思って……いや、なんていうか、その、おまえが金を受け取ってくれないから……」


「あ……ありがとう」


 ほっ、まぁ、なんとか受け取ってくれたな。うん、それだけで、なによりだ。


 おっと、そうだった! 忘れない内に、借りていた【共鳴鈴きょうめいりん】を返さないとな。


 自分の左手の指から指輪の形をした共鳴鈴を取り外し、ちょっとした悪戯心いたずらごころで、おごそかにアリエルの左手を取って、薬指にめてあげた。


「なっ、なにしやがるんだぁ!? てめぇーーっ!!」


 ゴキッと、人の顔からしちゃいけない音が聞こえたと思った途端、辺りが暗転した。


「──────────あれ?! ────ここ、どこだ? ──う~ん、見慣れない天井? ……あのみ、なんか変な顔に見えるぅ」


「えっ!? どこどこ? ……こえーよ! あんたなぁ、そんなこというなよ。あたし、今日ここで寝るんだかんな」


 えっ、誰? 女の子!? なんで? 一緒に寝てるの?!


 辺りを見回すと、椅子に座ったまま、身体をらせて、天井にある何かを探すように、目をらしている女の子が。


 なんだ!? あぁ、アリエルかぁ。いや、それにしても、良い眺め……椅子を跨いだ格好で、なまめかしく上体を仰け反らせて、不安そうに親指の爪を軽くんだおびえた表情がたまらん。腰回り、柔らかそうだなぁ。うん、最高傑作けっさく


 あっ、いかん! 思い出した!! さっきもこんな……。


 ゴォゥ……って、おまえ。今、凄まじい音させて、耳の横を拳が通り過ぎていったぞっ!


 なぜその体勢で、そこまでの拳が放てる? こいつ、相当体幹も強いな。


 世界を取れる右ストレートだぜ! とっつぁん。


「ごめん! アリエル、許してゴフッ!!」


「おぉ、そうだったな。指輪返してくれただけだったのか! あはは、忘れてたわ。わりーわりー。でも、あんたも悪い。あんままぎらわしいことすんなっての」


 いや、無かったことにしてくれるのはありがたいんだけど、後少し早く……腹にりがり込む前に、気が付いてくれよ。


 しっかし、なんでこいつには俺の考えが筒抜けなの!? 人族は念話できないはずじゃ?! それも、勇者スキルだったりするの?


 まあ、派手な割に大して痛くもないんだけど……。


 でも、普通の人なら、おそらく三回は死んでるからね。


「それはそうと……あ、れ?! なんだっけ? 訊こうとしたこと忘れたぁ」


「なんだよ!? おっさん。もうけてるのか? 若いのは見た目だけかよぉ」


 あんれーえ? ……まあ、思い出したらでいいか。


「ああ、そうだった。あたしも話があるんだ」


 そう切り出された内容は、ごくごく当然の……呆気あっけない別れ話だった。


 いや、ごめんなさい。うん、お別れの話でした。


 アリエルに教会本部から呼び出しがかかっているんだとさ。


 そろそろ最前線に戻って、教会の用意した新たなメンツと共に活動を開始しなければならないそうだ。


 まあ、勇者さまだからな。


 もう、これでお別れか……もう二度と会うこともできないかもしれないな。


 なにせ、勇者さま、だからな。


 元々、俺みたいなパンピーが気軽に話ができるような人じゃなかったんだよな……きっと。


 勇者さまだから。


 今後、なんかの機会で再び会うようなことがあって、こちらから声をかけたら、無視される……もし、そんなことあったら、絶対泣くな。


 はあ、勇者さまかよ。


 いや、ここは笑顔で送り出さないと。


「ごめんな。しんみりしちまって。なんかさびしくなるな。身体に気をつけろよ」


「おう! あんたも元気でな」


「おまえこそ、絶対に死ぬなよ。怪我けがも……いや、怪我はしょうがないか……大怪我だけはしないように気をつけてくれよな」


「ああ、あんたみたいに不死身じゃないからな。うん、気をつけるよ。あたしだって自分が一番かわいいしな」


「いろいろと世話になりっ放しで、すまなかったな」


「あはは、いいってことよ!」


「宿題忘れるなよ」


「あん!? なんだ、宿題って?」


「歯をみがけよ!」


「は?! ……」


「ハンカチ持ったか?」


「……」


「ちり紙、持った?」


「あんたはシスターゲントか、っつうの!」


 たまにはふざけてみるもんだな。


 へえ、おまえにもお母さん的な存在がいたんだ。うん、なんか、ちょっと安心した。ふふふ、いいことが知れたよ。



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