60話 なんだか謎解きでもさせられてる気分
食事を終えると、アリエルはどうやら報告に行かなければならないらしく、クリークビルにある教会の支部へ出かけていった。
一人取り残された俺はといえば、特に何もすることがないので、とりあえず部屋に荷物でも置いて、落ち着きたい気分だ。
宿の奥にある階段を上がって二階に向かう。
宿の受付で渡された鍵には、おそらく部屋番号と思われる数字らしき文様が刻まれたプレートが付いていた。
部屋番号は口頭で告げられていたということもあって、それが23なのは分かっているのだけど、文字と同様、数字の判別もできないことに、今更ながら気が付いたのだ。うっかりしていた。
なので、鍵のプレートの文様を元に、扉に取り付けられたプレートの文様と見比べつつ、文様の形が一致する部屋を探しながら、廊下を進んでいく。
お、あった! おそらく、ここだ。
扉に近づいて、中の気配を探ってみるが、室内から人が居るような物音は一切きこえてこない。
外出しているか、もしかしたら寝ている可能性もなくはないが、たぶん、ここで間違いないと思う。
もし部屋でのんびりしているときに、いきなり鍵穴をがちゃがちゃとされたら、誰だって驚くだろうからね。一応の確認として。
念のため、静かに鍵穴へ鍵を差し込んで、ゆっくり回してみる。
カシャンと鍵が解除されたとき特有の金属音がして、鍵にかかっていた抵抗も軽くなった。
うん、やはり間違いなかったようだ。
う~む、部屋に辿り着くだけのことで、なんだか謎解きでもさせられてる気分になったな。
推理小説とかは苦手なので、勘弁してもらいたいところなんだが。
扉を開けると目に入ってくるのは、まさしくビジネスホテルみたいに、奥へ細長いシンプルな造りの薄暗い部屋だった。
室内には、これまた簡素な造りのクローゼットとベッドが一つずつあるだけ。
それでも出窓があるだけ……まあ、ましか。
まずは窓を開けようと、窓際へ近づいてみると、網戸らしきものが取り付けられていた。
外扉は外開き、網戸は内開きのどちらも観音扉の構造だ。
この辺りはかなり自然が豊かな地域だけに、確かに網戸があるのは正直ありがたい。
しっかりとした木製の外扉を全開にして、虫が入り込まないうちに、網戸の部分をきちんと閉じた。
少し暖かめではあるが、それでも部屋の中に入り込んでくる新鮮な海風が、爽やかで心地好い。
窓の外には、仲の良さそうな親子連れの姿が……笑顔を湛えた少年の頭の上には父親の大きな手が乗せられていた。
……ふぅ、なんだかんだで、久方ぶりの一人だ。
とりあえず、重たいリュックを下ろした。
脱いだマントをクローゼットに掛け、装備類なんかも外して、中に仕舞っておいた。
ベッドに腰掛けて、少し寛ぐ。
静かな場所であるだけに、やっと落ち着いて、物思いに耽ることができる。
これからのことを色々と決めておかなければならない。
当面の生活資金は調達できたものの、これは一時の臨時収入に過ぎないので、ざっくりとであっても、収支の見積もりを立てておきたいところでもある。
それにはまず、情報収集が必要だ。
一点目として、生活に必要な衣食住に関する経費の調査。
二点目がそれを賄うことができる収入の手段に関する調査。
三点目が本題でもある、この周辺における精霊の調査だ。
他にも気になる点はあるのだが、今は何も知らない状況でもあるし、そこは追い追いで良い。
こうして、少し検討しようとしただけでも、さすがに今は情報が足りなすぎて、碌に考えることすらできないのが困り物なんだ。
あぁ、失敗したな。アリエルと旅をしている間に、もう少し話を訊いておくべきだったな。
何でも質問できて、気軽に答えてくれるありがたい存在……に今更ながら気が付いた。
「あたしは便利屋じゃねえぞ」と言って膨れるアリエルが目に浮かぶけどな。
仕方ない。少し外の様子でも見て回ろうか。
この辺りの治安であったり、この宿の防犯性がどの程度なのか分からないのがまた困る。
とにもかくにも、情報不足だ。
たとえ盗まれたとしても、さして惜しくない燻製肉やら、当面必要のないものは、嵩張るから部屋に置いていこう。若干、不用心ではあるものの、絶対に邪魔になるのは目に見えているので。
仮に鍵穴から部屋の中を覗かれたときでも、部屋の中に貴重品を置きっ放しにしていないと思わせるように、念のため、クローゼットの中以外には物を置かないように注意しよう。
町中だし、本当は武器である杖なんかは置いていきたいところなんだけど、ベルトに差せる程度の小振りの杖だからな……。
武器って、RPGなんかでは高価なことが多いし、これも貴重品の内として持っていくことにしよう。
同じく防具も高価なんだろうけど、マントを脱いだ格好だと、町中ではちょっと恥ずかしいので、目立つやつは仕舞っておくことにした。
一階に降りて、宿の受付で訊くと、宿泊期間中は自分で鍵を管理する形式だそうだ。
部屋の中での盗難なんかも、一切関知しないらしい。あくまでも自己責任のようだ。まあ、そうだろうね。
さて、まずは必要経費の調査からと思って、宿と同じ目抜き通り沿いの商店を眺めながら歩いているのだが、さすがに露天商の類などは無く、しっかりとした構えの店ばかりが並んでいた。
う~ん、看板の文字も読めないし、たとえ店の中に入ったとしても、商品タグも読めない。値札があったとしても数字すら読めない。
適当に中に入って、直接訊いてしまえばいいのだろうが、値段だけ訊いて「ああそうですか」と、何も買わずに出るには、なんとも敷居が高そうな雰囲気の店ばかりなんだ。
最近、日本では個人商店に入る機会が少なくなってたから、余計にな。まいったね、こりゃ。
仕方ない。必要経費の調査の方は後回しにして、収入の方から調べてみようか。




