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59話 結構単純で、判別もしやすくて

 アリエルを見失ったら大変だ。急いで金貨をリュックに仕舞い、後を追った。


 ん!? 飲み屋にでも入るのかと思っていたら、アリエルは門付近にある宿屋へ入っていく。


 俺も後を追って入ると、アリエルは受付で宿泊の手続きをしているようだ。


「あれ?! やっぱり身体で払わせる気になっぶっ! ふぁ」


 最後まで言い切る前に、ぶっ飛ばされていたんだろう。


 気がつくと、通りへ舞い戻っていた。途中、もんどり打って転がってきたような気も……。


 うん、セクハラだめ、絶対!


 考えるだけに留めて、やっぱり女の前で口にしていいことじゃなかった……異世界にやってきて、かわい子ちゃんと一緒で舞い上がっていたせいだと許してほしい。


 いや、これも駄目そうだな……。


 一通りほこりを払い落としてから、改めて宿の入口をくぐり直した。


「さっさとおまえも部屋に……別の部屋に……泊まる手続き済ませろよ」


 分かってますって、別々の部屋なことぐらい。


 へえ、でも、宿泊者に対して昼飯の割引があるとはね。


 孤児院に仕送りもしていると言っていたくらいだものな、さすがに経済観念がしっかりしていらっしゃる。


 ふふふ、良い奥さんにもなれそうだ。


 だったら、お礼の金だって、受け取ってくれても、とは思うのだけど、そこは勇者の矜持きょうじが許さないのか、とも思い直した。


 ……あらまぁ、んじゃ、さっきは失礼なこと言っちゃったのかな? 金で全てを解決しようとしているなんて思われたかも……いや、そう思われても仕方ねえか。ははは、駄目だな、ほんと俺って。


 宿の受付で二日分の宿賃をたずねると、朝飯付きの二泊で一万千五百シェル──本来、朝飯付きで一泊六千シェルなのだそうだが、連泊ならシーツの交換無しで、五百シェル割引になっていると説明された。


 金貨二枚を支払うと、釣り銭として、硬貨四枚を手渡される。


 少し小さめではあるが穴の開いた白銀色に輝く硬貨が一枚、それと僅かに黒ずんだ銀色で穴の開いたやや大きめな硬貨一枚と同じ色で中くらいの大きさの硬貨三枚だった。


 薬草を換金した際も思ったのだが、硬貨ばかりでちょっとしたお金をしまう場所に困ってしまう。


 服にもポケットはあるのだが、やはり、小銭入れなんかも必要かもな。


 全てが硬貨なので、なかなかに重いのだ。


 とりあえず、釣り銭をしまって、アリエルの待つ食堂のテーブルへと向かう。


 宿の店主の話だと、「料理は毎日日替わりで、一種類のみですが、その分、量も多いですし、すぐに用意ができます」と自慢げだった。


「前金制で、給仕に部屋の鍵を見せてくれないと、割引は利きませんから、ご注意を」とも言ってたっけな。


 アリエルは、既に注文を済ませたようで、席に座って、頬杖ほおづえをついていた。


 俺も対面の席につき、食前酒に良さそうな軽めの酒をアリエルの分も含めて注文してから、先ほどの釣り銭を取り出して、手の平に乗せて思案する。


 さて、どれを出したものか。


 代金合計は千三百シェル──昼飯一人分が通常は五百シェルのところを宿泊者割引で三百シェルに。酒が割引なしの正規料金で二杯で千シェルだ。


 そんな俺の様子をじれったいと思ったのか、店員は硬貨二枚を引っつまむと、さっと別の硬貨を二枚返してきて、「まいど!」と言い放って、厨房ちゅうぼうに戻っていった。


『おやっ!?』とは思ったのだが、アリエルに目をやっても、『なんか問題あるのか?!』といった表情でこちらを見ているので、釣り銭に間違いはなさそうだ。


 店員が持っていったのは、少し小さめではあるが穴の開いた白銀色に輝く硬貨とわずかに黒ずんだ銀色で中くらいの大きさの硬貨だった。


 輝いている方が五千シェル硬貨かと勘違いしていたが、どうやら黒ずんでいる銀色の硬貨の方が高額貨幣だったらしい。


「あ、そっか! わりい、わりい。ふふふ、もしかして、こっちのお金を初めて見たのか?」


 アリエルは笑いながら、謝って……いや、からかってきた。


 改めて確認してもらうと、残っている方の僅かに黒ずんだ銀色で穴の開いた大きめな硬貨が五千シェル硬貨で合ってるそうだ。


 おっ……てことは、このくすんだ銀色なのは、銀がびた色ってことか。


 すると、白銀色に輝く方は、むしろ五十円や百円硬貨なんかと同じ白銅製なのかな?!


 アリエルに訊いてはみたが、そんなことは知らんらしい。


 その代わり、穴が開いてる硬貨は全て五が付く硬貨──五シェル、五十シェル、五百シェル、五千シェルだと教えてくれた。


「あと、大きさを見れば、大きい方が価値が上だぞ。こんなの一度見れば、覚えるって……あっ、ごめん。計算の方ができなかったとか?」


「いやいや、このくらいの計算は問題ないから。おまえこそ、計算できるんだな」


「あん!? それ、どういう意味だよ?」


 剣呑けんのんな雰囲気をかもし出してきたので、なぐられる前にアリエルに謝っておいた。


 この世界の教育事情が分からなかっただけで他意はないとも言い逃れした。


 アリエルによれば、孤児院といえども、修道女は単に世話をするだけでなく、礼儀作法も教えるし、教育にも手を抜かないそうだ。


 孤児院で育てられた子どもというのは、教会の教えを説いた聖典を読みこなす必要がある関係上、一定水準の教育を受け、道徳観念も高いと、貴族や商家からの評価も好評で、引き取り手数多(あまた)とのことだ。


 こうした優秀な子どもを優先的に引き取りたいという思いから、どうしても教会を経ず、隠れて孤児院への直接的な寄付が増える。


 まあ、それゆえに、教会に予算を削減されても、なんとか孤児院の運営ができているという話だった。


 いや、もしかすると、逆なのかもな。そうした寄付の存在を察知しているからこそ、教会は予算を削減してくるというわけだ。


 まあ、邪推からその寄付額を相当大きく見積もっているのかもしれないけどね。


 話はれたが、アリエルが計算できるのも、こうした宗教関係の教育の賜物たまものであるようだ。


 この世界では聖典を初め、全ての書物、絵本が手書きである。そのため、本は非常に高価で、一般家庭には手が届かない。


 それゆえ、一般家庭の子どもはなかなか教育の機会に恵まれず、教育レベルはおしなべて低いそうだ。


 そういうこともあって、一般家庭からの孤児院への風当たりがどこよりもきついと、アリエルはふてくされていた。


 教会の下部組織で慈善事業を担当する修道院は、炊き出しなどを通して、貧しい人たちの頼みの綱になっている。


 こうした物質面だけでなく、そこで働く修道女なんかは、おしなべて穏やかで優しいため、心のり所にもなっているそうだ。


 だが、修道院の世話になるほど貧しくはない家庭にとっては、自分たちよりも高い教育を受けられて、やとい先も安定している孤児へのやっかみというのは……。


 魔物が蔓延はびこっているせいで、治安が乱れたり、景気が悪くなったりと、不安定な情勢下では、どうしても弱いところにしわ寄せが来るのは世の常とも言えるけどな。


 食事が粗方あらかた済んだ後、アリエルに残りの細かい硬貨を見せてもらった。


 金額が一桁の1シェル、5シェル硬貨は二つとも、五円玉のような黄銅色で、真鍮しんちゅう製みたいな見た目だ。


 金額二桁のはどちらも十円玉のような赤銅色しゃくどういろで、青銅貨せいどうかだな。


 三桁の100シェル、500シェル硬貨のどちらも、やはり白銅貨かも。


 桁数が同じ硬貨同士は金属素材が同じであり、硬貨に穴が開いていると五の金額、金額が大きくなるに従って、少しずつ大きな硬貨になっていることを確かに確認できた。


 うん、これならもう大丈夫。


 結構単純で、判別もしやすくて助かったよ。



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