表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/667

58話 そうだよな。足りないよね……実際

 薬草を売却したことで、なかなかの額の金が手に入ったわけだが、まずは借りていたものを返さなければならない。


 アリエルに先ほど町に入る際に立て替えてもらった額はもちろんのこと、それまでに受けた恩義──ここまでの道案内、護衛、冒険の指南などに対する諸々もろもろの謝礼だ。


 とはいえ、町での滞在は何かと金銭を必要とするだけに、再び素寒貧すかんぴんに舞い戻るわけにもいかない。少しは手元に残させてもらって、アリエルには金貨百枚を差し出そうと思う。


 そもそも、ここら辺の貨幣価値がどの程度であるかが全く分からない状態である。だが、入郡審査税として支払った額を、記憶にあるビザ手数料なんかとの比較から推定するに、とりあえず、大まかではあるけれど、シェルと円との間に、さほどの差はないと判断することにしたのだ。


 ざっくりしすぎで、かなり信憑性しんぴょうせいに乏しい判断なのは、自分でも重々承知しているけど。


 なにしろ、この世界で金銭を支払った経験が先ほどの一度限りなもので、参考になるものが他にないから、現状では仕方がない。


 金貨一枚──一万シェルを、日本円換算で一万円相当と仮定する。金貨百枚を謝礼として渡せば、ここまで三日間の旅だったから、日割りすると、一日当たり約三十三万円になる計算だ。


 ただ、この額が少ないということも重々承知している。


 というのも、以前、講演イベントを企画中の会社の同期と分煙ルームで一緒になった時、「『誰でもいいから有名人で』って言われたけどね。こんな予算じゃ二線級の人しか呼べないわよ」なんて愚痴ぐちを散々、聞かされていたから。


「余程のコネでもない限り、一回の講演料が三十万円程度じゃ、ちょっと名の売れた人だと、なかなか来てもらえないわ」とも言っていた気がする。


 少し前までアリエルには色を付けて返そうなんて思っていたのに、よくよく考えてみたら、それどころの話ではなかった。


 だって、勇者というのは、この世界でも稀有けうで貴重な人材だ。


 地球であれば、そう、米国大統領クラスの有名人なんじゃないだろうか?


 歴代の大統領経験者を講演に呼ぶには、一回当たり数千万円から数億円の講演料が発生するという話を聞いたことがある。


 それなのに、そんなギャラの高い重要人物を丸三日間も貸し切り状態だったわけだから、本来なら相当な額を要求されてもおかしくはない。


 そう考えると、百万円ぽっちじゃあ、全く足りていないというわけだ。


 とはいえ、今の手持ちでは、これが限界でもある。


 そう考えてのこの額の提示だったのだが……アリエルに怒鳴られた。


 まあ、そうだよな。足りないよね……実際。


 元の世界ではマスメディアの影響で、あのような膨大な額のギャラになったのだとしても、けた二つ以上の金額差だと、さすがにこの世界でも通用しないだろう。


 今は口約束になってしまうところがなんとも申し訳ないが、金が出来次第、追い追い返していくことを了承してもらうしかないわけだが……。


 まあ、アリエルのことだから、すぐに借金を返せないからといって、まさか「あんたが奴隷落ちして、身体で払えよ」なんてことは言わないはずだ。


 いや、待てよ。そうだった。詐欺師さぎしなんかは、最初の頃はとにかく安心させるように優しく近寄ってきて、それで相手が気を許したところを最後にどかんとだますのが奴らの手口だとか!?


 いや、まあ、そもそもが借りを作ってしまった今となっては、もうどうしようもないことなんだが……。


 いやいや、だけど、ここの店主もアリエルの【破魔のネックレス】を見て、本物の勇者と判断したようだから、いくらなんでも考えすぎかな。


 あれ!? なに考えてんだ? アリエルがそんなこと考えてるわけねえのに。


 うん、別の意味で身体で払うのなら、望むところなんだけど……。


 確かに、俺の申し出に対して、「そんなつもりで同行したんじゃない」と言ってくれてはいるが、それでもなぁ。


 勇者の身体能力であれば、俺なんかにゆっくりと付き合わずに、さっさと一人で帰ってくれば、もっと時間を有効に使えたはずなんだ。


 世界を救えるような人材の唯一無二な時間を俺なんかのために浪費させたのは、社会的な損失だと思う。


 社会効率が全てではないとはいえ、どうにも割り切れない。


 彼女にしてみれば、困っている人の一人として、頼りなさげに見えた俺を偶々たまたま助けてくれただけに過ぎないのだろうけど……優しいからな、アリエルは。


 だからといって、俺に命の危険があったわけでもないのに、彼女をこんなにも長い間、拘束こうそくしてしまったのは事実だもの。


 どうせ拘束するなら、違う意味で拘束するのなら、やぶさかでないんだけど……。


 いや、それはともかく、今現在できうる限りの礼ぐらいはしておきたいのだが、どうにもアリエルは「うん」とは言ってくれそうにない。


「それならば、仕方ない! んじゃ、身体で払うしか……」


 腰のベルトを緩める真似をし、冗談めかして言った瞬間、りを食らいました。


 あ、危ねえ……急所を狙ってきやがった……仕留める気だった。


 いや、当たる直前で、ちょっとまとらしてくれたのか?!


『今度やったら、るという意思表示なのか?』と、くだらないことを考えていたら──


 結局、金貨一枚だけを取って、残りは突き返された。


「い、いいから早く飯にするぞっ! 『一杯おごる』って約束だったろ?」なんて、格好良い台詞せりふいて、颯爽さっそうと店の外に出て行くアリエル。


 まあね。今後の生活がどういったものになるか分からないだけに、手元にできるだけ多くの資金を残しておけるのは、正直ありがたい。


 代わりと言ってはなんだけど、これからの旅で修道院や孤児院に対して、何かできることはないか、後で考えてみることにしよう。


「あ、ねえ、待っておくれよ。勇者さまん!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ