57話 へっ?! いや、とんでもない額じゃね?
すぐに辿り着いたその店の、黒めなニスが利いた艶々に輝く木の扉を開けると、カランコロンと金属と木が当たるような少し間の抜けた鈴の音が店内に響く。
室内は雑多な匂いが漂う不思議な空間だった。現代日本では見たこともないようなものが所狭しと並べられている。
奥のカウンターに店の人が立っているのが目に入った。
店内の狭い通路で、身につけたでかいマントが誤って商品を引っかけてしまわないように注意しながら、ゆっくりと歩いていって、店員にひとこと声をかける。
「すみません。買い取りをお願いしたいのですが」
「はいはい、いらっしゃいませ。どのような品物でしょうか? 査定いたしますので、こちらの方にお出し下さい」
カウンターの横を手で示され、目をやると、そこには角が欠け、所々、塗装が剥げて、でこぼこになった作業台が。
店員に勧められるまま、エルフの郷で用意していただいた薬草を一つずつ並べていく。
一つ薬草を出す度に、店員がはっと息を飲むのがわかった。
最後の一つを置くと、「これで終わりか?」と確認するように空になった袋をじっと見た後、並べられた薬草類に熱い視線を注ぎつつも、「お、おぉぅっ」と、驚きと戸惑いに手を震わせたまま、触るのを躊躇っているようだ。
「どうかしました?」
「ど、『どうかしました?』ですって! いやいや、あなたがどうかしてますよ。何ですか?! これらはいったい……いったい、どうやって、こんな貴重な物を手に入れたんですか?」
興奮覚めやらぬ面もちで、逆に問いつめられてしまった。
一応、異世界人であることは伏せて、エルフの郷にて聖樹様のご配慮で頂いたものだと説明を試みた。
「ふん! エルフが人族を受け入れるはずがない」と言って、不審者を見る目でなかなか信用してくれない。
単なる一般人だから信用に欠けるのではと思い至って、アリエルと少し相談してみた。
「一応、公務として、エルフの郷を訪れていたんだから、別に勇者の名を出したって、構わねえぞ」とアリエルから了承を得たので、「勇者様と一緒だったからかもしれませんね」と、それらしく理由を付け足してみる。
いつ取り出したのか、アリエルの胸元には破魔のネックレスが輝いていた。
俺の視線を追った店員がはっとした後、ネックレス、アリエルの顔、俺の顔へと順繰りに何度も見回してくる。
一瞬、しまったと顔に書いてあるのが分かるほどの表情を浮かべた直後、一転して商売人の笑顔へと変化し、揉み手をしながら、いかにも申し訳なさげに詫びつつ、今度はこちらのご機嫌を伺ってきた。
ふっ、さすがは勇者様の名声だ。それにアリエルもさりげないフォロー、ナイスだった。
想像するに、交易路の端にある町なので、商売敵もそれほどおらず、そもそも競争自体が無いために、商人の質があまり高くないのかもしれない。
商品の出所なんかを疑うにしても、もっと売り手に悟らせないようにしなくちゃ商機を逃すことにもなりかねないのにな。
いや、盗品だと主張して買い叩くつもりだったのかもしれないけど……。
それに、こうした辺境の地だと、どうしても売り先が限られてくるから、それを見越して侮られているのかもな。
なんにしても、商売下手には違いない。
ただ、こちらとしても、それでも売らざるを得ないという己の境遇が恨めしいのだが……。
それでも、機先を征するジャブとして、「他にも高く買い取ってくれそうなところってあったよな? なんなら次の町にでも持っていくか」と、アリエルに訊ねるそぶりを見せておく。
あわあわと慌てだした店員……いや、見た目が結構な年のようだから、ここの店主なのか?
「お客さまぁ。相応の色を付けさせていただきますから、是非とも当方にお売り下さい!」
まあ、懇願されなくても、こちらは売るしかないんだけどね。それでも、渋る様子は見せておく。
つうか、まじで気に入らんし……。
自分の仕事を全うする気概がない無責任なやつには、どうしても腹を立ててしまう。
店主のまずい対応に対して不満を抱く以上に、そんな些細なことで、毎回腹に据えかねてしまう自分の狭量さを再認識する度、苛々が募ってくる悪循環だ。
もう何に怒りを覚えているのかすら、あやふやになってしまう。
少し心を落ち着けてから、「まあ、じゃあ今回はここでお願いしましょうかね」と告げる。
まだ苛立ちが収まりきらず、言葉の端に出てきてしまった……ふぅ、駄目だな、俺は。
色を付けると言った手前なのか、俺があからさまに不満げだったせいなのか、なかなかの額を提示された。
百二十万シェル……へっ?! いや、とんでもない額じゃね? たかだか薬草、数本で……。
いや、確かに相場を知らないので、何とも言えないところではあるけど……いくらなんでも、な。
とはいえ、アリエルも納得顔で頷いているみたいだし、これでいいのだろう。いや、本当にいいのか?
まあ、所詮、貰い物だから、アリエルにたっぷりと利子を付けて返せる分には都合がいいか。
そう思うことにして、百二十万シェルという大金をせしめた。
百二十枚もの金貨がカウンターに積まれている。
実のところ、エルフの郷では一度も貨幣の遣り取りを見かけなかったんだよね。
ここでやっと、この世界のお金をじっくりと拝むことができるというわけだ。
やはり金貨一枚で、一万シェルで間違いないようだね。
この世界の金貨がどの程度の価値があるのかはまだ不明だが、支払いとして、金貨を大量に渡されたということは、これが最高額通貨であることは、ほぼ間違いなさそうだ。
まあ、この店が普段は高額商品を扱っていない駄菓子屋的な可能性は否定できないけど……。
なんにしても、これでやっと現金を手に入れた。
よっしゃあ! 無一文からの脱却だ。




