56話 二本のストラップが服の中で絡まって
アリエルの案内で、最南端の町【クリークビル】の裏門側に出たようなのだが、残念ながら、この裏門からは町の中に入ることができないらしい。
普段使われることがほとんどない裏門には、警備上の人員が配置されておらず、入場の手続きが行われていないそうだ。
確かにしっかりと閉ざされてしまって、静まりかえっていた。
その周りに目をやれば、そこには町をずーっと取り囲むように外壁が連なっている。
外壁は明らかに異なる時期に造られたのが見て取れる二層の継ぎ接ぎ構造になっていた。
土台に近い下層部分は、かなり歴史を感じさせる古い物のようだが、未だに堅牢さを誇る頑強な造りを維持していた。風化してもなお、まだ深い引っかき傷を残しており、焼け焦げたのか、それとも血が染みついたのかは判別できないが、黒ずんでいるところがいくつも──かつては相当な激戦地であったということがその佇まいから窺い知ることができた。
それに反して、上層部分は比較的新しめで、防衛面よりも明らかに景観面を優先した造りになっていた。きれいな見た目の割に、どこか見劣りしている印象を受け、脆弱感が否めない。不思議なもので、用途に適していない材料や構造であると、こうも安普請に見えてしまうものかと、適材適所の大切さを改めて教えられた気がした。
ただ、この辺の全くもって平和な雰囲気からすると、上層部分の外壁の方が似つかわしいようにも見えるから、なんとも不思議な感じだ。
歴史と現実の双方を感じさせるそんな外壁の様子を眺めながら、比較的明るい東側から壁伝いに回って、表門の方へと向かう。
静かだった裏門側と打って変わって、表門方面に近づくに連れ、次第に人のざわめきが大きくなってくる。
外壁の北東側の角まで辿り着く頃になると、表門の前にできた入場待ちの行列が視界に入ってきた。
一つの列では何かを見せた後、すぐに出入りできているみたいなので、入場許可証的なものがあるようだ。
そんな様子を俺が遠くから眺めていると、アリエルが徐に胸元に手を入れ、弄り出したのが横目に見えた。
なにをやっているのかと訝しげに見ていたら、襟元からネックレスを引っ張り出した。どうやら二本のストラップが服の中で絡まってしまっていたらしい。【破魔のネックレス】と共に、革製のストラップが付いたメダルを取り出し、俺の目の前に掲げてみせてきた。
「こいつが【入郡許可証】だ」
ちょっとだけ、はだけた胸元が色っぽい。
手に取ると、アリエルの体温で少し温かみを感じた──そのメダルには、細かな装飾が施されていた。
アリエルによれば、数字も刻まれているらしい。
メダル自体は鋳造硬貨に見えたので、「簡単に偽造できそうだな」と呟いたら、アリエルはそれを聞き逃さず、不敵な笑みを浮かべながら、すかさず否定してきた。
なんとこのメダルに使用されている金属は、型取り用の粘土に触れると白く変色する性質があるらしい。ならばと、溶かした金属で型を取ろうとしても、その際の加熱で黒く変色してしまう性質もあって、偽造防止に役だっているらしい。
じゃあ、どうやって、このメダルを造っているかと問えば、そこはそれ。一般には公開されていない技術が存在するのだとか。
まあ、これだけでも偽造防止になっているのだが、念のため、通し番号で台帳管理もされているそうだ。
ときたまではあるが、抜き打ちで台帳確認をされることがあるんだと。
「そもそも、金銭目的でこんなメダルなんか偽造したところで、割に合わねえよ」というのが、アリエルの弁だった。
アリエル自身は発行済みの、その入郡許可証を見せれば、すぐに入門できるそうなのだが、俺が異世界人で、生まれて初めての経験だからってことで、新規入郡審査の列に一緒に並んでくれている。
いや、なにね。別に子どもというわけじゃないのだから、こうした手続き自体は大丈夫だと思うのだけど……。
なにせ、この世界の文字やら、数字やらが読めないということもあって、ちょっと自信がね……うん、はっきりと断りきれないところが、なんとも自分でも情けない。
でも、正直、付いてきてもらって良かった。
門の審査官の説明によれば、この【メダリオン】は一定期間ごとに返却もしくは更新する必要があって、初めてこの郡に属する町へ入場する時に、供託金も含んだ入郡審査税を支払わなければならないという。
郡が管轄する全ての町で、この許可証は共通しているそうだ。
入郡許可の期限内に返却すれば、供託金だけは返還してもらえるらしい。
ただし、ここでの支払いは、現金のみ。
物納は受け付けておらず、門外に出張ってきている古物商に買い取ってもらって現金化することはできるらしいのだが、その場合には足下を見られて、かなり買い叩かれるみたいだ。
とりあえず、現在、俺が無一文ということもあって、供託金七千シェルを含めた入郡審査税一万シェルをアリエルに立て替えてもらった。
エルフの郷で頂いた俺の手持ちの薬草なんかは、町の中にある商店で売却した方が正規の値段で買い取ってもらえるとのアリエルのアドバイスを受け、少しの間だけ、借り受けることにしたのだ。「一杯奢れよ」という約束で。
実際、ありがたい申し出だったので、もう少し色を付けて返すつもりではいる。
それはそうと、この国で使用されている貨幣単位は、【シェル】だ。
アリエルに渡された金貨一枚をそのまま受付に手渡すと、全くお釣りを渡してくる様子が無かったので、金貨一枚が一万シェルということらしい。
その場でアリエルも何も言ってこないところをみると、おそらくそうなのだろう。
入郡許可証を受け取った後、重厚な扉が観音開きになっていた門を潜る。その際、観光気分で下から門扉の構造を見上げて、まじまじと観察していたら、門衛から「さっさと入れ!」と急かされてしまった。
周りの人たちにも、にやにやと薄ら笑いされているようなので、よっぽどの田舎者に見えたのかもしれない。
先に門を潜っていたアリエルも少しだけ呆れた表情を浮かべている。
「ごめんな、待たせてしまって」
でも、見るもの全てが目新しい。
目の前に広がる世界には、まるでおとぎの国の住人が住んでいるようなかわいらしい建物が続いていた。
白い漆喰が目に眩しく、それでいて茶色い木製の大きな扉が柔らかな雰囲気を醸し出す。
大きくてよく通る高い声が響いたかと思うと、町の通りを子どもたちが元気よく駆け抜けていった。
再び、建物の方に目をやると、植え込みから伸びる蔓植物が壁伝いに這っている。鮮やかで華やかな緑が白い壁によく映え、その中にあって、一際シックな赤紫色の花がそこにアクセントを与えるように、バランスよく調和していた。
ただ、それにも増して、屋根の形がメルヘンチックなんだ。
横長の灰色の石を無数にいくつも、きれいに積み上げたとんがり屋根。
その屋根には魔術の文字のような一風変わった模様が刻まれていたりもする。
それもなにやら建物ごとに違っているみたいだ。あの文字のような絵は、なんだろうな? どんな意味があるのだろうか?
いや、まずは換金せねば、観光するのは後回しだな。なにせ、今や借金のある身ゆえ。
さすがに町中にもなると、懐が心許ないどころか無一文というのは、どうにも不安に駆られる。
アリエルがかつて利用したことがあるという雑貨屋──目抜き通りに面しているその店まで案内してもらった。




