55話 あたしに惚れるなよぉ。火傷するぜ!
〔勇者アリエル side〕
──エルフの郷を出てから丸二日経って、やっと完全にエルフ様の支配域の外側に出られた。
少し緊張が解れたのを感じる。
こちらは尊敬しているのに、なぜかエルフ様たちには敵愾心のようなものを持たれている気がしてたから……。
鮮やかな青い海が見えてくる。
往路はこの湿地を甘く見ていた。いや、そもそも、このきれいな海に見蕩れて、気が付いていなかったんだ……あの忌々しい小さな吸血鬼どもに集られるまでは。
普通、ブヨが夜に活動するか? 襲うか? 血吸うか? あ、血は吸うのか。いや、でも、おまえらの活動時間はいつもは昼だろうがっ!
お陰であんなところやこんなところまで、痒いのなんのって!
今思い出しただけでも腹が立つ。つうか、また痒みがぶり返してきた。
それにしても、あいつ、遅いなぁ。
「なにしてんだよ? 置いてくぞっ!!」
くそっ、待ってらんねえ! ──『瞬動ヘルメス』
んっ……はぁ……んっ……はぁ……これで……少しは……安心……みず、水を……くっ、はぁー。
しっかし、この水、本当にうめえな……あいつが【精霊水】とか呼んでるやつ。
これって、ほんとにただの水なのか? 体力も回復してねえか?!
さっきの休憩のとき、分けてもらってて良かった。はぁ~っ。
さて、そろそろ晩飯の仕込みでもしとくか。
今日は熊肉と野菜の煮込みの予定だから、味が染みてくるまでいったん冷ますのにも時間かかるし、また火を熾して温め直さなきゃならないしな。
手間さえかければ、断然旨くなるから、いいけど。
鍋の火を止めて、ゆっくりと冷めるのを待つ時間、思わず溜息が出ていた。
なんもかんも無駄足だもん。溜息ぐらい吐かせろや的なことをぼやいていたら、こいつのまさかの爆弾発言──いや、嬉しい方のだけど。
えーっ、ほんとーっ!? まさか?!
エルフ様が本当に妖精だったとは!? だったら、聖樹様は妖精女王とか? えっ、それは違うの?!
ふっひゃあ、ウッドエルフ様の寿命が千年!
えっ!? あはは、エルフ様に至っては九千年って。それはいくらなんでも、さすがに法螺吹きすぎでしょう。
でも、やった! 来た甲斐あった!! うん、十分すぎるくらい元は取れたぁ。
そんなこんなしている内に、料理も完成した。
おっ、味が染みてる、馴染んでる。
よっしゃーっ! 良い出来ぃーっ!! 絶好調。
ふっ、ふ、ふん! 機嫌がいいから、いっぱいよそってあげるよ──さあ、お食べ!!
うん、うん! ほくほく顔、いただきました。
あたしに惚れるなよぉ。火傷するぜ! 火のアリエル様だからな!! ふふふ、なんちって。
……『大天使アリエル様、いつも御加護戴き、ありがとうございます』
おっ、あたしの食器も早速洗ってくれてたのか? 感心感心。
──なんだか上機嫌で、食後のまったりした時間を過ごす。
この辺りは町の反対側で街道らしい街道もないからな。この付近には盗賊の類も寄り付かないはず。
でも、まあ、人里も近くなってきたことだし、気持ち程度は警戒しとくか。
まあ、起きてる必要もねえけど……気配がしたら起きる程度で。
念のため、あいつにも言っとくか?
ん!? なんか近寄ってきているな。小さい……それに、悪意は……感じられない、か。
火の玉?! なんか薄ぼんやりして、はっきりとは輪郭が見えねえけど、ゆっくりとこちらに漂ってきている。
んっ、なんだよ? いきなり。
今はそんな場合じゃ……だから、あたしの得意な魔術なんか訊いてどうすんだよ!? 火の魔術でも教えてほしいのか?
それにしても、こいつ、……嫌なこと……思い出させやがって……。
あれは一回限りなんだよ。
失敗したなぁ、ロボス兄、ごめんよぉ。せっかく、くれたのに……。
火の加護? そりゃあ、誰だって欲しいだろうさ!
でも、さすがに耐火装備整えて、火山目指すのは、時間的にも金銭的にも、ちっときついんだよな。
そんな想像を巡らしていると──なっ、しまったぁ! 油断した!! くっ……あれっ?
あ、この感覚……あぁ、最初に森の中を一緒に歩いたときと同じだ。
暖かくて、心の芯から安心できるような……あれっ!? えっ?!
まさか、それって、つまり、精霊の……火の……精霊の加護なのか?!
まじか? あいつの大人の雰囲気……とか……でなく……。
ふふふ、なぁ~んだぁぁ、あたしはてっきり……ふははは、あはは、そんなわけないよね。なかったんだ……そ、そうだよな……。
危ねぇ、危うくまた勘違いするとこだった。
ふんっ、なんだぁ!? そうか、精霊のせいかよ? びっくりさせやがって。
これで心置きなく、勇者道を邁進できるな。よしっ! がんばるぞ!!




